転移直後
第3話 混乱
2021年(令和3年)1月3日午前0時【東京都千代田区永田町 首相官邸危機管理センター】
日本列島が天空から降り注ぐ白光に包まれて全国民が意識を失った数時間後、日本国政府中枢とも言える首相官邸危機管理センターでは、意識を取り戻した職員が次々と持ち場に駆け付けると、各省庁や全国の自治体と連絡を取るべく、慌ただしく動き回っていた。
「誰でもいい、順番なんていらん!何でも良いから現状の報告を頼む!」
ピンマイクを着けた内閣官房長官の岩崎正宗が、どかっと司令席に座ると声を張り上げた。
直後に怒濤の如く、報告が始まる。
『総務省電波管理局、北海道から沖縄奄美にかけての上空は電離層が極めて不安定。長距離無線、衛星通信、GPS使えません!ただし、地上有線ケーブルは生きています。国際海底ケーブルは断線しており使用不可能』
「通信制限をかけろ!90%だ!」
『経産省、日本国内の原発は全て異常無し!』
「直ぐに地元自治体に連絡しろ!」
「環境省!全国各地のモニタリングポストに異常値!」
「詳しく頼む」
「全都道府県において放射線量が基準超過!首都圏は通常の200倍!」
「中露の核ミサイルが空中で爆発したのか!?」
「市ヶ谷からは核爆発観測せずとの報告!」
「再度Jアラート発令だ!全国民に屋内又はシェルターへの緊急避難指示!」
「総務省は民放電波使用権の停止を指示!政府広報を優先させろ!全局はテレビ・ラジオもNHKに統一!」
「ネット回線は通信制限と同等の90%だ!」
「消防と警察は直ちに管轄区域を巡回!放射線異常観測の事実と、住民の屋内避難を徹底させろ!」
『防衛省、空自が百里から偵察機を出しました。米軍も横田と嘉手納から出しています。
日本海の海自イージス艦は米空母「レーガン」、同巡洋艦「ウィルバー」と共に健在。舞鶴への緊急寄港要請あり!辺野古第3海兵師団と旗艦『ブルーリッジ』健在!』
「海兵隊に救援出動を要請しろ。市ヶ谷と連携させるんだ!」
『こちら横須賀自衛艦隊司令部。
東北太平洋沖でオハイオ級原潜から救助要請有、潜水母艦『ちよだ』が急行中』
「アメさんにも知らせてやれ。よし、次頼む」
『こちら空自千歳。札幌上空にロシア軍偵察機が飛来、所属基地消失のため緊急着陸要請!』
「千歳空港に降ろせ!後は市ヶ谷の指示を仰げ!」
『海保巡視船「しきしま」、長崎沖の米国空母「セオドア・ルーズベルト」から那覇軍港への緊急寄港要請受け、誘導中。同じく英国空母クィーン・エリザベスも、佐世保又は那覇軍港への緊急寄港を要請。巡視船あたごが対応中』
「要請を受諾する。後は市ヶ谷の指示を仰げ!」
『国交省府中航空管制センター。日本列島上空を飛行中の国際線旅客機多数から、原因不明の計器故障によるエマージェンシーコール受信!有害な宇宙線により、乗員・乗客多数被爆した模様。連絡途絶した旅客機複数あり』
「なんだと!?」
岩崎は驚いて立ち上がり、他の職員も思わず動きを止めた。
「国籍を問わず、日本列島上空を飛行中の全旅客機を直ちに最寄り空港に降ろせ!」
「各空港は当面封鎖!それと、地域の指定病院に急性放射線被爆患者の受け入れを要請しろ。非常事態法に係る行政指揮権を発動させろ!」
「横浜市鶴見区に旅客機が墜落した模様!炎上中!」
「茨城県、千葉県からも旅客機墜落情報!」
「羽田コントロールから、複数の旅客機がレーダーから消失!」
「消失した旅客機の乗客名簿情報を警視庁と国交省、首都圏自治体に流すんだ!個人情報保護は後回しだ!今は国民の安否確認が最優先だ!」
「全国の自治体、警察、消防に、墜落した旅客機が被爆している可能性があることを至急連絡!自衛隊へ災害派遣を要請させるんだ!」
「環境省は全国モニタリングポスト放射線値を直ぐに此方に報告だ!ただし、自治体への連絡を優先!」
立て続けに岩崎が指示を出す。
危機管理センター職員の動きは既にピークに達していた。
『警視庁、都内の混乱は最小限度。暴動などは発生していません』
『全国の自治体が自主的に避難所を開設中。都内各区も準備をしています。外国人旅行者受け入れも可能。』
『総務省消防庁、神奈川、千葉、茨城で旅客機墜落による住宅地での大規模火災発生報告あり!都内各地で意識不明患者多数の搬送要請が殺到中』
『外務省。米国、英国、EU諸国、オーストラリア、中国、ロシアの駐日大使と駐在武官が首相との緊急協議を求めて来ました!』
「そっちは30分後に首相執務室へ回せ!」
『JAXA、地球観測衛星からの通信ロスト!データ受信出来ません。
また、134基ある衛星の大半と交信不可能。電離層が乱れ、磁場が大きく変動。三鷹の国立天文台、全国各地の天文台から光学観測を行おうとしていますが、苦戦中』
「百里から空自が出ている事を伝えてやれ。市ヶ谷と連携させるんだ」
『信州ニュートリノ研究所、スーパーカミオカンデ緊急停止!』
「文科省に対応させろ!宇宙線の計測は可能な限り計測させろ。もしかしたら、我々が置かれた状況の把握に役立つかもしれん」
今夜もまた、徹夜だな。
先程の報告を「全て」整理、記憶した岩崎は、秘書官の差し出したおしぼりで顔を拭いながら、内閣総理大臣が仮眠している執務室へ向かった。
1時間後、日本政府は日本全土に居留する人々に対して、緊急異常事態を知らせる政府広報を全てのチャンネルで放送した。
ーーー同午前0時15分【東京都千代田区一番町 駐日英国大使館】
英国大使館執務室は深夜にも関わらず、全ての職員が地下核シェルターから出て日本国内にある領事館、日本外務省等との情報収集、確認に追われていた。
「ソールズベリー君、本国との連絡はついたかね?」
上着とネクタイを脱ぎ捨ててワイシャツ姿のケビン駐日大使が一等書記官に訊く。
「いえ、大使。
日本列島外との通信は軍用秘匿衛星回線でも不通となっています。まるで我々だけ、外部から『隔離』されたかのようです」
ソールズベリー一等書記官が答えた。
「ヨーロッパハウスの方はどうかね?」
「EU大使館でも、ブリュッセルとの連絡は途絶しているようです。ジャンヌ大使は、他のヨーロッパ諸国との通信も不通状態と言っています!」
「まさか、本格的にWWⅢ(第三次世界大戦)が始まったのではないのかね?」
「それこそまさかでしょう。そうであれば、今頃我々は
「大使!日本外務省から、長崎沖の空母『クイーン・エリザベス』が佐世保港への緊急入港を求めてきたとの事です!」
駐在武官が報告した。
「極東派遣艦隊は無事だったのか!?」
ケビンが確認する。
「サー、肯定です。随伴の駆逐艦『ヨークシャー』『コーンウオール』補給艦『エディンバラ』も健在!」
「艦隊と直接連絡は取れんのかね?」
「日本防衛省によると、上空の電離層が機能しておらず、有線回線しか使用出来ない様です。
国際海底ケーブルも、対馬沖で断線しており、使用不可能との事です」
「わかった。ナガタチョウに出向いて、イワサキに直談判しかないな!」
ケビン大使は自ら岩崎官房長官へ連絡を入れ始めた。
♰ ♰ ♰
2時間後、永田町の首相官邸でケビンは、同様の申し出をしていたEUのジャンヌ大使と共に澁澤首相と会談し、自国民の保護を要請すると共に、情報収集、領海警備の協力を申し出た。
澁澤首相からは、日本列島が長期間孤立した場合の在日欧州各国人を束ねるコミュニティ形成、自治区創設要請が出されるのだった。
EU離脱で紛糾する本国政局に嫌気がさし、自ら進んで遠く離れた極東へ赴任する事で政界を冷ややかに見ていたケビンにとって、まさか激動の日々が始まる事になろうとはこの時点では予測出来ていなかった。
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ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・岩崎 正宗=日本国内閣官房長官。
・ケビン=駐日英国大使。
・ソールズベリー=駐日英国大使館一等書記官。
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