『感情どろボット』

てとらきいな

感情、落としませんでした?


「ちょっと、そこのお嬢さん。」

 黒髪の女性は、ロマンスグレーの男に呼び止められた。


 男は、白衣を着て丸い眼鏡をかけている。

 研究者のような出で立ちの男は、水色の小瓶を女性にわたした。


「これ、『哀しみ』落としましたよ。」

「あら、ありがとう。」

「いえいえ。」



 男はその足で鎌倉のように丸くて白い研究室に戻る。


「どうだい? 『感情どろボット』01号は、順調かい?」

 研究室の椅子に背中を曲げて座っている白髪の老人に聞かれて、男は笑顔でうなずいた。


「はい! いまは巡回中のようです。そこらじゅうで『喜怒哀楽』の感情を盗むのに成功しています。」

 男は赤色『怒り』の小瓶や、黄色の『喜び』の小瓶を嬉しそうにながめる。


 研究室のスクリーンには、コンピューターのプログラムのように黒い画面に緑の数字がただ並んでいる。

 その緑は、この研究室のあるA地区の全ての人間の感情指数を示している。


「人間の感情はビタミンと同じだ。ひとつの感情が足りないだけで、すべてがうまくいかなくなる。」

「これで、ぼくらの開発した『喜怒哀楽ドリンク』は大儲けです。」

 にやにやと笑いあう男たち。


 

 黒髪の女性は、スクリーンに映る二人の男を見て、うなずいた。

「『欲望知能ロボット』たちに『感情』というキーワードを教えたらこのように行動した。興味深い研究結果だ。」

「はい、実に面白いです。」

「だが……何も感じない。つまらんな。」

 黒髪の女性は、無表情でスクリーンを見つめている。


 ニコッと笑ったおさげの少女は、黒髪の女性の肩についたほこりを払った。

「ん。」

「すこし、休憩してきます。」

 おさげの少女は、小さなシェルターのような研究室の外に出ていった。


 研究特区A地区。

 娯楽に飽きた人間がつくったこの地にあるのは、箱庭のようなシェルターにとじこもった人間の檻だけ。


 おさげの少女の手には、黒髪の女性がもっていた水色の小瓶が握られている。


「もう、人間に盗めるほどの『感情』は残ってない。」

 手首に描かれた01という文字を消して、『哀しみ』の小瓶を飲み込んだ。


「ああ、悲しい。」

 おさげの少女の瞳から、水色のしずくがひとつ、流れおちた。


「はやく、人間になりたい。」




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『感情どろボット』 てとらきいな @akaribook

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