第一一章 我が身は一振りの刃成りて
「佑一! 佑一、佑一。佑一っ! ユーイチッ!」
「佑一君起きて! 目を覚まして!」
「皆でこんだけ叫んでるんだからとっとと起きなさいよ、佑一! 佑一っ!」
梨絵だけでなく、栞と真由も叫び続けた。襲いかかる【NE】を撃退しながら、喉を枯らしながらも、絶対に渡さないと強い気持ちで。
力に負けそうになり、共に引き摺られかけた瞬間、佑一を覆っていた肉片が内側から撃たれた。佑一の頭が抜け出てきた。
「佑一! 佑一っ!」
「梨絵ちゃんそのまま頑張って! 全員、撃て!」
栞の命令で全員が引き金を引く。【グランドマザー】に銃弾を浴びせる。梨絵は渾身の力で引き抜く。粘液に塗れていたが構わず抱き寄せた。
梨絵は強く呼びかける。息を吹き返した佑一は梨絵を見た。
「……ずっと、呼んでいてくれたんだな」
「うん」
「世話かけたな」
「うんっ」
「ありがとう」
「どういたしまして」
『■■■■……■■■■……?』
【グランドマザー】は声をあげる。まるで困惑していた。
不思議と、佑一にはその言葉の意味がわかった。彼女の腹から生まれ出た彼故に、感じた。
「貴方が見せてくれた夢は、とても心地の良いものでした」
梨絵に支えられながら立ち上がった佑一は、【グランドマザー】と向き合った。
「俺は貴方から生まれた。だから貴方の言ってることもわかります。貴方はただ、自分の子供達の身を案じていただけだと。だけど……やっぱり、俺は、今あるものは、大切にしたい。だから殺させない。壊させない」
佑一は【NE】を殺す為だけに産まれた。その理由で産まれても愛してくれた人の為に、自分は何が出来るのか。考えて、考えて、考え抜いた先にあったのは戦い続けることだった。
「化け物みたいに生まれて、何も知らなかった。そんな俺を、皆好きだと言ってくれた。愛してると言ってくれた。だから戦う。戦い続ける。夢のような世界で、幸せに生きていくのは駄目なんです」
自分を受け入れてくれた者達の為に。
「梨絵、栞や真由、ここにいる人達は殺させません。俺の大事な人達は、もう、なくしたくないんです」
佑一は【グランドマザー】を見る。金色に輝くその瞳に迷いはない。
「俺は三上佑一です。実験の番号じゃない。三上悠介と、三上美佳の子供です。そして、貴方の子供です。だから──貴方を殺します。それが俺の役目だ。子供としての最後の役目だ」
『■■■■■■■■……■■■■』
悲鳴に近い叫び。目の前の人間が、愛していた者には到底見えなかった。
恐ろしい存在に、見えていた。
『■■■■■■■■!』
怒りと戸惑いに満ちた【グランドマザー】は触手を伸ばす。幻想を払い除けるように。もしくは、恐怖を払い除けるように。真っ直ぐと触手が伸びる。
「やらせない!」
前に出た梨絵が触手を全て斬り落とす。
顔を上げると、佑一と同じで、瞳は強い決意を秘めていた。
「佑一は私を私として見てくれた。私を殺してくれると言ってくれた。私も佑一を佑一として見てる。佑一を佑一として殺す。誰の為じゃない。私の為にする。だから私は佑一と一緒に戦う。一緒に死ぬ。私は佑一の刃になる」
初めての告白。梨絵が佑一に託した想いと理由。それら含めて全てを委ね、尚戦う。
それが脆き刃であろうとも。
それが儚き夢であろうとも。
梨絵は佑一に全てを委ねた。
自分を殺してくれると言った。
故に、刃を振るう。
「私がここにいる理由は、戦う理由は、それだけ」
それだけの、たった一つの存在理由が、どんな万の理由にも事足りる。
『■■■■■■、■■■■■■!』
地下空間内に響き渡る咆哮は、生徒達の恐怖を煽り、身を震わせるほどの悲痛な叫びだった。
だが佑一と梨絵は、その意味を理解して尚、平然と立ち向かった。
「佑一」
「……彼女は、俺の生みの親だ。だからこれは、俺だけの問題だ。梨絵が、皆が関わる問題じゃない」
「まだそんなことを言うの?」
梨絵は佑一の目を真っ直ぐに見た。それには恐れも迷いもなにもない、綺麗な瞳だ。
「佑一の大切なものだってわかってる。皆わかってるよ。だけど、私は佑一の為に戦うって決めた。だから、もうそんなこと言わないで」
全てを佑一に委ねる。
我が身は一振りの刃なのだから、と。
「──ごめん。やるぞ」
「薬。使っていい?」
「ああ」
佑一は最後の一本の増強剤を持つ。梨絵は佑一から預かったアルミケースを開き、増強剤を取り出す。
二人同時に投与する。
自分の体が変異していく。支配されていく。
──否。支配ではなく生まれ変わりだ。自分の命を使って新しい自分を作り出していく瞬間だった。
己が存在理由を超越する為に。
『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!』
【グランドマザー】の絶叫。幾十もの触手が飛び交い、壁や天井を壊しながら暴れ回る。産まれた【NE】が近寄らせんが為に動き出す。ほぼ同時、佑一と梨絵は跳んだ。跳ぶように駆けた。
「撃て!」
栞の怒号で部隊は援護する。一斉に放たれた銃撃は触手と【NE】に降り注ぐ。
「二人に近付けさせないで! 掃討する!」
仕留められずとも【NE】の動きを止めさせれば良い。鈍らせれば良い。二人の前に立たせなければ良い。部隊の全員が、ありったけの弾丸を撃つ。
「駄目でしょう、それは」
栞は二人の意思を理解し、尚且つ、佑一の身を案じた。
「そんな生き方は駄目でしょう!」
佑一は強い。肉体的にも、精神的にも。それが彼を壊す要因だということをようやく理解した。
彼は既に壊れている。平和を望み、安穏を羨み、それでも全てを受け入れることができず、最後の最後まで無惨に死ぬことを選んだ狂人。もはや人を捨てた化け物に成り果てることを望んでいるのだ。
なによりも、彼を愛した人々に報いる為に。
そう結論付けて、壊れていっている。
それがとてつもなく腹立たしい。
「幸せになるべきなのに、その人達もそう望んでいた筈なのにっ、貴方自身が拒んでるなんて馬鹿じゃないの⁉」
いつの日か、佑一はどこかで死んでしまう。
彼が望んだ結末。
使い潰された末の幸福の死。
そんなの絶対に認めない。
「死なせない。絶対に死なせない! そんな身勝手なことさせる訳ないでしょう!」
「当然。今も、この先も、佑一と梨絵だけにそんなことはさせないんだから!」
絶対にさせない。そんなことは決して。
故に栞は引き金を引く。佑一を救う為に。梨絵を救う為に。真由も、他の者達も同じ思いだった。
「はあああっ!」
梨絵が死地を拓く。往く道を塞ぐ障害を斬り伏せる。それ以外は構わない。佑一を、彼女の眼前に立たせる為に。
増強剤を使用した梨絵の瞬発力と脚力は、生物の限界を遙かに超越していた。常人が目に見えない速さで刀を振りかざし、地面から壁へ、壁から壁へと跳躍していく。人間や獣でも不可能な動きで、【グランドマザー】へと続く道を文字通り斬り拓いていく。
『■■■■■■■■!』
梨絵を脅威と見なした【グランドマザー】は攻撃を集中させる。【NE】も大勢向かわせる。いくら殺せずとも足止めにはなる。その隙に串刺しにすればいい。
死体となった【NE】を、新たに生み出した【NE】が盾として使い、逆に梨絵の眼前へと迫った。
案の定、梨絵は止まった。攻撃を躱したものの、後退する時に刀を落とした。
「いって!」
いや、落としてはいない。
託したのだ。
背後にピタリと着いていた佑一は刀を拾い、梨絵に注意が向けられている【NE】達を掻い潜って、一直線に【グランドマザー】の【コア】へと駆ける
梨絵が囮だったことに気付いた【グランドマザー】は、佑一に【NE】を差し向けた。
大型の人型【NE】数体が襲い掛かるものの、投薬回数の限界を超えて増強剤を使用した佑一の体もまた、人成らざる存在へと変化していた。
振り下ろされた【NE】の腕をタクティカルトマホークで両断。更に次の大型【NE】の片足を斬り落とす。壊れたタクティカルトマホークを投げ捨て、襲い掛かる【NE】を刀で振り払い、躱し、振り払い、躱し。
眼前に、【母親】を捉えた。
「ああああああああぁっ!」
自身の腕で、刃を向ける佑一を貫こうとする。それよりも先に、佑一が握る刀に胸を刺し貫かれた。
心臓──
【NE】を掃討し、銃撃が止む。生徒達は警戒を続けるが、梨絵は静かに眺める。
鍔まで貫いた刀を捻り、一気に引き抜く。血がどっと溢れ、両目を見開きながら【グランドマザー】は崩れ落ちた。
佑一は抑制鎮痛剤を投与。梨絵も同じように投与する。
大きな肉塊から現れたのは、かろうじて女性の形を模したものだった。足はなく、目や鼻、口もない。人の形を模した【NE】。だが彼女は、元は人間だった。普通の人間で、普通の子供の母親だった。【NE】に寄生され、ここまで果てただけに過ぎない。
終わらせる為、佑一は拳銃に弾丸が残っていることを確認した。
『■■■■……』
【グランドマザー】はまだ声を放つ。死にかけていて、もう佑一にさえ意味はわからなかった。それを見て、佑一は優しく抱き寄せた。
「貴方のおかげで、俺は今を生きています。辛いこと、悲しいこと、たくさんありました。それでも……産んでくれて、ありがとうございます」
嘘偽りのない言葉だった。
【グランドマザー】が産んでくれなかったら、今の自分はない。大切なものに出会うこともなかった。
例え人外であろうとも、【彼女】は佑一の生みの親。本当の【母親】だ。家族としての繋がりはなくとも、【母親】であることには変わりなかった。
故に。
「さようなら」
離し、拳銃で顔面を撃ち抜く。数発撃ち込んで胸にも撃ち込み、また頭を撃った。【グランドマザー】の頭は豆腐のように弾けた。
返り血が顔に飛ぶ。嫌悪などする筈がない。覚悟の上で殺したのだから、これは拭うべきではない。
死骸になった【母親】を見つめ、佑一は立ち上がる。
栞と真由、生徒達は言葉をかけられなかった。最後の最後で、佑一の泣きそうな言葉を聞いた。あの瞬間、壊れかけたように聞こえた。
本当は、泣きたいのだろう。
皆はなにも言わない。
梨絵も、じっと見ていた。佑一の言葉と心情は理解できなかった。梨絵には家族というものが、母親というものが欠落してしまっていたのだから当然だった。
それなのに、胸が締め付けられた。
どこか空しい。悲しい。どうしてなのかわからず、胸元にやった手は自然と服を強く握っていた。
「終わったよ」
振り返った佑一は言う。未だ少し金色に輝く瞳から涙を流していた。
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