第八章 生まれ落ちた我が家
作戦開始時刻となり、ISC部隊と自衛隊による掃討作戦が始まった。前線は激しい銃撃戦を行い、無数の【NE】を引き寄せていた。森林での戦闘の為、戦車や装甲車の援護はない。上空からの援護は監視だけになっていた。
そんな中、佑一達の部隊は作戦通り、ISCが提示したルートを通っていた。比較的安全な場所から入り、すぐ近くにある排水施設を利用した。
「ここ通るの?」
「山を歩くよりこっちの方が安全だ。臭いは我慢してくれ」
佑一が最初、次に梨絵、部隊と続く。アンモニアにも似た鼻を刺す刺激臭に部隊の面々は顔をしかめる。酷い臭いだった。
排水施設の通路を抜け、研究所近くで地上に上がる。周囲を確認して出た。研究所は目と鼻の先にある。
「……懐かしいな」
「あそこに行ったことがあるの?」
「前に話した施設があれだ」
「……あそこ、何かやだ」
梨絵は研究所を眺める。親から引き取られ、本格的な研究をされて別の研究所に行った彼女は覚えていない筈だったが、本能はまだ覚えている。
本部からの指令は研究所までのルート確保である。ここまでは作戦通りで、幸いなことに【NE】の襲撃はない。
「三上佑一より本部へ。研究所に到着した。これより研究所に入る。送レ」
『本部より三上佑一、並びに鐘ヶ江高校へ。了解した。終ワリ』
「行くぞ」
研究所へと乗り込む。研究所の周囲には【NE】の姿はなく、素早く出入口へ移動。
中は酷い有様だった。本来は白い床や壁、天井が、血や臓物で汚れていた。時間が経過している為、血が乾いている。機材は無造作に転がり、研究室内部を見えるようにする強化窓硝子などが割られ、そこかしこに撒き散らされていた。
「何これ……酷い」
「死体がない。食い尽くしたか……となれば」
佑一はハンドサインで全方位警戒を指示。生徒達は一斉に銃を構えた。梨絵は深く腰を下ろし、刀を構える。
「来る」
扉を突き破ってきた【NE】は梨絵に襲いかかる。梨絵は抜刀、そのまま刀を横に振るい、【NE】の首を斬り落とした。
それを合図にするかのように、前後から待ち構えていた【NE】が襲いかかった。
「撃て!」
一斉に発砲。銃声が谺し、まるで空気が震える。それを裂くかのように銃弾は飛び交い、【NE】を貫いていく。
「キリがないんだけどっ⁉」
始めは良かったが、次々と出てくる【NE】を見て限りが無いと舌打ちする。これではジリ貧になり、弾がなくなるのは目に見えた。
「梨絵。前方の埒を開けられるか?」
「うん!」
佑一の頼みを聞いた梨絵は力強く頷いた。刀を上段に構え、前へと突っ切る。そのまま【NE】との間合いを詰め、問答無用に斬り伏せていく。
「梨絵が切り開いた。真由続け、前進!」
真由が梨絵の後に続き、他の生徒も続く。佑一と栞が後方の制圧射撃を行い、全員が進んだことを確認して二人も移動する。
撃ちながら移動しているが、追ってくる【NE】の数が多過ぎて意味がなかった。
その時、佑一は壁側にあったレバーを見つけた。『手動式シャッターの動作方法』と書かれた小さな看板が掛かっている。
天井を見て、防火機能を備えた防護シャッターが降りていないことを確認。手動レバーを引いてシャッターを降ろした。突進してきた【NE】の衝撃で凹むが、しばらくは大丈夫だろう。それを見た栞がレバーを引く。予想以上に重く、結局佑一と一緒に引いてシャッターを降ろした。何枚かのシャッターを降ろし、先に進むことにした。
安全を確保しながら研究所内を進む。【NE】は襲ってはくるものの、先程のような大群ではなく、数匹の纏まり程度だった。難なく撃滅し、研究所内を探索する。
人の気配どころか、死体すらなかった。佑一の考え通り、【NE】に捕食されたか寄生されたかのどちらかだろう。
警戒しながら進み、大きな部屋に入った。
「クリア」
「少し休めるな。今のうちに装備の確認を済ませよう」
「交代で警戒に当たらせましょう」
「なら、最初は私が警戒する」
栞は部隊を二組に分けて交代で休ませた。一組は真由を筆頭に入口や周囲の警戒を続け、その間にもう一組が弾薬や装備の再確認を行う。大して行動していないが、緊張と戦闘が続いているせいで予想以上に疲弊していた。
この部屋は佑一にとって見覚えがあった。見回して思い出す。ここは預かりスペースの部屋だ。
「…………」
子供の遊びスペースに無造作で転がっている玩具や絵本。梨絵はそれらを見回し、絵本を拾って捲った。
「どうした?」
「……なんだか…………ううん。なんでもない」
「そうか」
「佑一君。ちょっと」
栞に呼ばれ、佑一は栞の下へ。栞が見つけたのは壁にかけられた研究所の案内図だった。
「研究所って案内板を置く?」
「来客用の案内図だ。ここは部外者も来る」
地上三階、地下二階。地上部分は全て事務室になっており、地下部分が研究・開発となっている。
それを見て、佑一はあることに気付いた。
「外部案内だから、地下は全て書いていない」
「え?」
佑一は二階より下があることを知っている。世間に公表できるものは地下二階までであり、それから下は極秘事項のスペースだ。
「どうする。地下に行く?」
「まずは上を見よう。確保してからでも遅くない」
「わかった。その前に、貴方も少し休んで」
栞からシリアルバーを出され、「食べる?」と聞かれた。あんな光景を見てよく食欲があるなと感心するが、あいにく、佑一も同じだった。食べられる時に食べなければならない。予想以上に体力を使っていた。シリアルバーを貰って食べた。
「梨絵ちゃんも休もう」
「うん」
梨絵は絵本を静かに置き、その場にしゃがんで見回す。何故か懐かしく、安心できる妙な感覚。
何か大切なものを、忘れてしまったかのような感覚だった。
◇
休憩を終え、研究所内の探索を再開。上の階を探索し、全員で地下へと降りる。
赤い非常灯で照らされる廊下で【NE】の襲撃があったが、数匹程度だったので問題なく対処できた。
「三上佑一より本部へ。地下への道を発見し、さらに続いている。送レ」
『本部より三上佑一へ。一般公表では地上三階地下二階だが、研究所の見取り図では地下一〇階まである。地下一〇階はISCが管理する運搬拠点と繋がっている。だが情報では【NE】の収容や監視にも使われていた階だ。地上部隊が運搬拠点を押さえる為に行動中だが、まだ押さえられていない。送レ』
「ここで待っていても仕方ないです。先に進みます。送レ」
『了解した。地下一〇階を進めば地上の運搬拠点とエレベーターで繋がっている。確保せよ。エレベーターは地上と地下を繋ぐだけだ。行き先を決定するとキャンセルできない。使用する場合は気を付けろ。終ワリ』
「先に進もう」
地下探索を再開。各階を探索し、時々襲ってくる【NE】を撃滅する。
佑一は少し異変を感じていた。予想していた【NE】の襲撃が少ない。確かに襲撃はあるが、容易に対処できる程度だ。所々でしか襲ってこない。何かに誘われているかのように、進むごとに現れる。その異変は梨絵や栞も感じたが、今更引き返す訳にはいかない。佑一も同じだ。
やがて案内板には記されていない階数へと降りる。
◇
地下一〇階。非常階段がここで終わっており、この階が研究所の最下層であることは間違いなかった。だがこの階に足を踏み入れた途端、異様な空間が広がっていた。まるで地下トンネルのように天井が高く、先が続いていた。
「何、ここ……?」
「研究材料にされた【NE】の収容や処理、輸送に使われた階だという情報だ。研究所の数百メートル先にISCが管理する輸送拠点がある。拠点を押さえ、ここまでのルートを確保する予定になっている」
「地上部隊はまだ到着していないってことね」
「ああ。警戒を怠らないように」
広く、ただ真っ直ぐの通路を進む。その中間辺りで梨絵が立ち止まった。
「前にいる」
全員が構える。暗い通路の先から音が聞こえ、唸り声が徐々に大きくなってくる。数も多い。
「撃て」
佑一の合図で発砲。視界が悪くとも、当てるのは充分だった。一方的に数匹の【NE】は蜂の巣にされていく。しかし、その後ろから再び【NE】が続く。
銃撃を続けると、梨絵が反応して振り返り、生徒達の間を掻い潜って駆けた。何事かと思った矢先、鞘から刀を振り抜き、背後に接近していた【NE】の胴体を切断した。
「後方にもいるわ。気をつけて!」
栞は素早く部隊に指示を出し、後方への攻撃を開始した。この状況は前回の巡回任務と同じ状況だ。更には【NE】の収容空間でもある。これ以上増えると手に負えなくなる。
「閃光手榴弾はあるか?」
「持ってます!」
「三の合図をしたら一斉に前へ投げるぞ。一、二、三!」
数名の生徒に閃光手榴弾を持たせ、合図を出して投げる。一〇〇万カンデラ以上の閃光と、飛行機よりも大きい一七〇デシベル以上の爆発音が【NE】を襲う。閉所で使えば効果は絶大だが、この広い空間でも【NE】には有効だ。閃光と爆発音に感覚器官を麻痺させられた【NE】は混乱し、その場で蹲ったり飛び跳ねたりしていた。そこに一斉に銃撃を浴びせた。全て殺せなくとも、動けなくすれば通り道は出来る。
「全員前へ走れ。早く!」
「私が先導する。皆急いで!」
真由が先頭を走り、生徒達は続いて走り続ける。
「もういい梨絵。来い!」
佑一の援護で、梨絵が相手をしていた【NE】が倒れる。後方から襲ってくる【NE】を、実質一人でなんとかしてしまった梨絵は血振りをし、【NE】を近寄らせないようにしながら隙を見て後退。【NE】は後を追ってくるが佑一が援護。もう一度、閃光手榴弾で怯ませ、梨絵の後に続いた。
「あった。エレベーター!」
走っていると、地上の運搬拠点とを繋ぐ大きな運搬用のエレベーターがあった。真由がボタンを押すと反応した。
『ドアが開きます。ご注意下さい』
アナウンスが流れ、警報が鳴りながら籠側の扉が開いた。外側の格子状ドアを開き、真由は生徒達を乗せる。栞も到着し、真由と一緒に、佑一と梨絵を援護する。
「二人とも早く!」
「急いで!」
「梨絵、先に行け。栞と真由も乗るんだ!」
梨絵を乗せ、佑一は栞と真由に乗るよう叫ぶ。追ってくる【NE】を目視し、全員がエレベーターに乗ったことを確認した。
佑一も乗ろうとした、その瞬間。
『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!』
耳を劈くかのような金切り声。咆哮。トンネル内が震えるほどの、呪いの雄叫びに一同は身を強張らせた。
ただ、佑一には、待ち焦がれていたものがようやく訪れた祝福の叫びにも聞こえた。
「……なに、今の」
「かまわない方がいいわ。佑一君、早く乗って!」
真由は恐怖で銃のグリップを握り直す。部隊の面々の士気を直すように栞は声を上げた。梨絵が静かに、柄に手を掛けてエレベーターを降りたが、佑一はそれを拒んだ。
「梨絵、これを持っていけ」
佑一は野崎から渡された一つの小型アルミケースを梨絵に渡した。
「ごめんな」
「え?」
きょとんとしている梨絵を優しく押してエレベーターに乗せると、格子状のドアを閉めて上に向かうボタンを押した。
「何してんの⁉」
警報が鳴り、真由は慌てて開くボタンを押す。しかしボタンは反応せず、『ドアが閉まります。ご注意下さい』というアナウンスが流れる。
「指揮権を移します。隊長は古武栞、副隊長は伊崎真由へ。引き継ぎお願いします」
「佑一君、どうしてっ⁉」
「これ以上、俺の我が儘に付き合わせられない」
悲しそうな、満足しているような表情を見て、確信した栞は怒った。
「貴方、初めからそのつもりだったの⁉ 最初から、ずうっと!」
最後の最後で裏切られたかような思いをさせられ、栞は佑一の胸ぐらを掴んで頬を引っぱたいてやりたくなった。もうその手は届かない。
「佑一。佑一っ!」
振り返った佑一の表情はいつものように優しい笑顔だった。意味がわからない梨絵は叫び続ける。佑一は顔を戻し、籠側の扉が閉まってエレベーターがゆっくり上昇する。
佑一は追ってきた数匹の【NE】を撃ち殺し、マガジンを交換。
アルミケースから薬品を取り出す。ある程度の衝撃にも耐えられる容器に入れられており、すぐ取り出せるよう増強剤と沈痛抑制剤を別のポーチに入れた。
ここまで来た本来の理由に、梨絵を含んだ彼女達を巻き込むつもりはない。
自分の母親に会い来た。無関係な人間を巻き込むつもりはない。故に、佑一は一人になった。
最初から一人だった。悠介と美佳もいなくなってしまった。今までずっと一人だった。今更、なにも思うことはなかった。
孤独故に、彼は武器を構えた。
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