第七章 選ばれし者達
梨絵の騒動から数日が経った。寺井から連絡を受け、学校の方は問題になっていないことを告げられた。そもそも、騒動がなかったことになっていた。栞や真由の他、そこにいた生徒達が口裏を合わせたらしい。梨絵に暴行した生徒は、理由を考慮されて停学処分となり、それに加わった生徒も何かしらの処分を受けた。真由の怪我は幸いにも軽く、どこも問題はなかった。
そして自衛隊からの通達。驚くべきことに、梨絵の暴走がなかったことで処理された。
これには、藤村から事情を聞いた佑一も意外だった。門倉が絡んでいるとのことだった。
鐘ヶ江高校で里林梨絵が暴走などしたことはない。そんな兆候すらない。管理は万全であると、一部の自衛隊上層部や政治家を説き伏せてしまった。
詳細を言うなれば、あらゆる人脈を駆使して圧力をかけ、暴走どころか騒動すらなかったと認めさせた。
自衛隊任務に口を挟んで参加させる程の人間だから人脈はあるだろうと思っていたが、まさかここまで手が回る人間だとは想像していない。今更になって大変な場所に来たんだと自覚した。
「借りを作りたくはなかった」
と、滅多に愚痴をこぼさない藤村が口にしたのだから相当のやり手である。
「部隊に緊急招集がかかった」
「緊急招集?」
「ISC直々の応援要請だ。詳細は基地で話す。そちらに迎えを寄越したから準備しろ」
◇
用意された車で基地に着いた佑一は、行き慣れた会議室へ向かう。会議室には既に藤村と隊員、それに梨絵と野崎がいた。梨絵と顔を合わすのは騒動の夜以来だ。
佑一に気絶させ、絞め技をかけられた隊員が後ろから佑一に襲いかかる。襲いかかると言ってもじゃれ合うようなもので、「あの時はよくもやったな」とか「すげぇ痛かったんだぞ」と愚痴を言う程度だった。それだけ佑一の事は信頼している証であり、何故佑一がそうしたのかをわかっていた。だから彼らは誰も恨まず、憎みもしない。梨絵のことも同じだった。
隊員から逃れた佑一は梨絵の横に行く。
「大丈夫そうね」
「野崎さんも、自衛官人生が終わらなくて良かったですね」
「本当に」
「座って聞いてくれ」
部屋の灯りを消す。前方のプロジェクターから映像が映し出される。
「ISCより応援要請がきた。内容は日本ISC研究所第一支部の内外安全確保、及びマザー級【NE】とその残党の排除だ」
研究所の名前を聞き、佑一は反応を示す。
「一ヶ月以上前この研究所から通信が途絶えた」
「そんな前からの異常に、ISCは何をやっていたんですか?」
「研究所が日本ISC管理局に警報を発令し、他の支部から即応チームが出動した。だが既に研究所は無数の【NE】によって制圧され、その周囲にも被害が及んでいた。半径二七キロメートルを危険地域として認定し、ISC関係者で哨戒していた。しかし埒が開かないばかりか、広範囲のカバーが出来なかった。自衛隊や特別指定学校へ警備任務として要請していた。そして痺れを切らし、我々に応援要請を出した」
「それでは、今まで自衛隊が警戒していた区域はISCの人手不足を解消する為だったと?」
「そういうことになる」
隊員が愚痴をこぼす。自衛隊は知らない間にISCの手伝いをさせられ、あまつさえ尻拭いに等しいことをさせられていた。
「今回の一件はISC全体による隠蔽工作が行われた可能性がある。国も問題視している案件だ。自衛隊だけじゃなく警察も動いている。その証拠集めもしており、明るみになるか交渉材料とされる。お前達は目の前の仕事に集中しろ」
佑一が手を上げる。
「現在の状況は? 研究所に近づけるんですか? そもそも、部隊の会議に梨絵がいる理由がわかりません」
佑一の問いは隊員のみならず、梨絵本人も抱いていた疑問だった。
「今回の作戦内容を話す。ISCからの提案では、ISC及び自衛隊の部隊が前線を維持し、大規模な掃討作戦を行う。後方には特別指定学校の部隊も配置する。研究所への道はいくらか確保しており、大多数の【NE】を前線が引きつける。その間に別部隊がその道を使い、研究所までのルートを確保する。その確保する部隊に、梨絵を使うように指定された。我々の戦力が少ないことを理由に、ISCから戦力確保を提案された」
「提案と言うより要求ですか」
「ああ。私としては却下だ。だが奴らは梨絵と佑一の事を公表する手段がある。却下すれば、世論に二人の事が流される可能性がある。それに困るのはISCだけじゃなく政治家達も同じだ。エクシードプランを容認した結果だ」
「だからってそれはないでしょう、隊長」
「佑一はともかく、里林梨絵は部隊の一員ですらない」
「かまいません」
隊員達から異議を唱える者達が出たが、佑一はそれをやめさせた。
「梨絵には自分が着いて先導します。他の隊員の方達は前線でISCの部隊と共に行動してください。もしかすれば、自分達に不利な情報の事後処理をする可能性があるので」
「部隊全員を回すのか?」
「ISCが動くとなれば、おそらくIDEIの部隊も共に動く筈です。もしかすればエクシードプランの被験者も引っ張り出して事に当たらせる筈です。油断はできません」
「私も行く。佑一が行くなら」
「この件に限り、里林梨絵は一時的に部隊の一員となることが決定された。佑一は梨絵とツーマンセルを組み、研究所までのルートを確保してもらう」
「了解」
◇
会議は終了。梨絵は野崎と共に出て、すぐに合流することにした。
「佑一」
隊員達が出た会議室。藤村に呼び止められて残った。会議室には二人だけだ。
「今回の応援要請。ISCにはもう一つ思惑がある」
「思惑?」
「ISCは研究所内の状況を把握出来ていないが、事件発生前までの状況整理は終了している。被検体の移送、実験用の【NE】運搬記録。確認すれば、あの施設は近々廃棄する予定だったらしい。頻繁に移送、もしくは廃棄されていた。問題はここから。それらの【NE】がその近辺や街まで来ていた可能性がある」
「そんな馬鹿な。ISCがそんなヘマをするのは流石にあり得ないのでは……」
秘匿性の高いISCは【NE】を厳重に管理する。専用の部隊を常に同行させ、何か問題があればすぐに排除させることもある。用意周到なだけに、佑一は信じられなかった。
「私もそう思った。しかし、街の監視カメラ映像や隊員、生徒につけたカメラ映像を確認すると、研究所で管理していた【NE】と姿形が一致していた。佑一が遭遇したマザー級も、だ」
「しかし、どうして……」
「問題発生時の映像や音声を確認した。輸送中の【NE】が突然、凶暴化した。それだけでなく、統率化されてISCの人間を襲い、輸送車を破壊した」
「統率化、ですか」
「まるで一個の意思のようだった。同時刻、研究所内でも同様のケースが発生した。保存、隔離されていた【NE】が拘束を振り解き、ある一カ所の場所に集合した」
藤村は一枚の書類を渡す。黒塗りされた文面が多く、写真も画像が粗い。だが、佑一は見覚えがあった。忘れたくとも忘れられないものだった。
「第一研究所の最重要被検体。被検番号0。コードネームは【グランドマザー】と呼ばれている。研究所内の被検体、マザー級、そして……佑一を産んだ【NE】だ。そいつが収容された部屋を襲撃、破壊。そこで記録は途切れ、今に至る。音声データを調べると、【グランドマザー】から発せられた音に全ての【NE】が共鳴した。そして統率化され、一個の意思となった」
「…………」
「これ以降、【グランドマザー】は反応を示さなくなった。ISCはお前と梨絵を近づけさせ、共鳴させて反応を起こすことを望んでいる。あいつらはそれしか頭がない」
資料を下ろした佑一は、真っ直ぐ藤村を見て口を開く。
「研究所内部は覚えています。問題はないです」
「問題だらけだ。佑一と梨絵を、むざむざと死に場所に送ることなど出来ない」
「今回の騒動が本当なら、尚更早く片付けるべきです。【NE】の数が増え続ける」
「二人の役目はルート確保だけだ。研究所内まで行く必要はない。行けたとしても、【NE】の群れを従えている可能性だってあるんだぞ」
「共鳴しているのなら、自分と梨絵が来たことに気付きます。研究所の外だろうとも。それに……お願いです、藤村二等陸佐。研究所内の捜索をさせてください」
まるで駄々をこねる子供のように思えた。泣きそうに見えた藤村は、なにも言えなくなってしまった。
◇
作戦開始まで佑一と梨絵は基地で準備をしていた。銃身とショートスコープを取り換えたHK416Dアサルトライフル、ベネリM4ショットガン、HK45T拳銃、タクティカルトマホーク。いつもの装備だ。ヘルメットは装着せず、専用の大型リュックサックも準備しなかった。全てプレートキャリアで準備した。服装はIDEI指定の制服を着た。指定の戦闘服もあるが、敵地への潜入任務でもなく、姿を隠しても【NE】に見つかる事がある。それに、着慣れている戦闘服はこの制服だった。
準備を進めていると、野崎が部屋に入ってきた。そこまでは良かったのだが、次に入ってきたのが栞や真由に、鐘ヶ江女子高等学校の部隊生徒だったことに驚いた。
「遅くなってごめんなさい。急な招集で準備に手間取って」
「へぇー。それがIDEIの制服かぁ。佑一の制服姿って、なんか新鮮」
平然と話しかけて準備をするものだから、佑一は意表を突かれたみたいになってしまった。
「何してるんだ。何でここにいる?」
「何でって、招集がかけられたの。正式にね」
栞は一枚の資料を見せる。それは自衛隊からの正式な任務招集の通知であり、統合幕僚長や防衛大臣、そして門倉のサインと判が押されていた。
最前線に部隊を送るなど考えていなかった。簡単に命を脅かすような人間ではないと。それは間違っていた。彼は結果が有益になるならば、どんな困難な手段になろうともかまわない人間だ。それを思い出し、思わず舌打ちした。
「なにか不満そうですね?」
栞が通知書を突き付け、少し強い口調で続ける。
「貴方と梨絵ちゃんの護衛として、鐘ヶ江女子高等学校は行動します」
「馬鹿言うな。最前線だぞ。前回の任務とは訳が違う」
「だからって二人で行く気? あれから私達に何の説明もなく?」
騒動の後から栞達とは顔を合わせていない。佑一も行動を自粛していたが、どう説明すればいいのかわからなかった。全て寺井に丸投げして逃げた形だ。
「それは……関係ない」
「あらそう。じゃあ私達も関係なく、貴方達の護衛につくわ」
「君達をこんなことに巻き込むつもりはない」
「じゃあ梨絵ちゃんは巻き込んでもいいって訳?」
「そういう訳じゃない」
「じゃあどういう訳?」
いつもと違う栞の様子に、佑一は気圧されていた。どういう訳か、彼女は怒っている。
佑一がなにも答えられなくなっていると、栞は大きく溜め息を漏らした。
「私達は梨絵ちゃんを含めた上での部隊。貴方はただの補佐で、教師役かもしれない。まだ少ししかいなかった。だけど、それでも私達の大事な先生で、友人なの。何も言わないまま消えるようなことはしないで。心配だから」
結局、佑一は彼女達のことをなにもわかっていなかった。彼女達がどんな思いでここにやってきたのかも考えていなかった。
「……悪い」
心配をかけっぱなしだった佑一は謝る。栞はいつものように笑った。
「納得してくれて良かったです。先生」
「本当にいいのか。危険だぞ」
「三上先生が守ってくれるなら大丈夫です」
いじわるそうに栞は笑い、他の生徒も笑う。佑一は諦めた。
「佑一は心配性だなー。なんとかなるって」
「そんな気楽な事態じゃないんだぞ。本当にわかってるのか?」
「わかってるって。ISCの研究所に行くんでしょ。今まで以上に危険なんでしょ? じゃあ一緒に行くよ。佑一と梨絵の二人だけで行かせられない。そんなのは皆知ってるし、わかってる。だからここに来た。守ってられるばかりじゃ立場ないしね。同い年なんだからもうちょっと頼ってほしいなぁ。ほら、短距離走勝負では私勝ったじゃん。運動神経というか、瞬発力なら佑一に引けをとらないよ?」
「自慢することでもないぞ、それ」
「え、マジ? じゃあもう一回勝負しよ!」
「真由、それ冗談で言ってるだけだって」
「本当に真由は素直なんだか」
「えー。こんなところでからかわれてるの、私?」
部隊の面々が笑っている時、真由の下へ梨絵が近づく。
「どうしたの?」
「…………ごめんなさい。酷いこと、しちゃった」
梨絵が暴走した時。止めに入った真由に怪我をさせてしまったことの謝罪だった。
「大丈夫だって。掠り傷だし。梨絵は大丈夫?」
「…………うん。真由は、大丈夫?」
「大丈夫だってダイジョウーブ。というか…………あーもう、可愛いなぁ梨絵は!」
「わっ……!」
小さく頷いた梨絵を見て、真由は思わず抱きついた。
「前から思ってたけど梨絵はちっこくて可愛いなぁ! 妹が二人いるけど、まだ妹に欲しいレベルで可愛い! 人形とかぬいぐるみみたいな可愛さがある! 今からでもお姉さんの妹にならないかい?」
「おい、作戦行動前だぞ」
「いいじゃない。変に緊張するより」
「あれを見て気を引き締めろと?」
「ゆーいち……たすけて」
真由に抱き締められる梨絵は佑一に助けを求めた。佑一は離すように促し、ようやく離れた。それでも真由は満足できていなかった。栞の言う通りではあるが、出来ればもう少し緊張して欲しいものだ。それでも、幾分か気持ちが楽になったのは確かだった。
◇
寺井は早足で、苛立ち混じりに学校の廊下を歩いていた。目指しているのは校長室だ。
「失礼します」
ノックもせずに入室。門倉は気にすることなく、余裕を見せていた。
「どういうことですか?」
強く握りすぎて皺が寄った資料を机に叩きつける。自衛隊からの招集通知書のコピーだ。
「どう、とは?」
「最前線へ部隊を送らせたと聞きました。佑一と梨絵と一緒に」
「二人は決定事項だ。自衛隊はISCの相手をせねばならん。二人だけでは心許ないだろう。露払いにはなる」
「彼女達に下働きをさせる為に、私や佑一は部隊を指揮してきた訳ではない。本来の運用とは大きく異なっています」
「承知している。それでも、いずれいかねばならぬ問題だ。でなければ我々は、ISCはおろかIDEIにすら劣ったままだ。君もわかるだろう。我々は上にいかねばならん」
「現状はよく理解しています。ISCが幅をきかせ、遅れをとっていることもわかります」
寺井の手が怒りで震え、資料を握り潰した。
「ですが、それは我々の役目じゃない。貴方の欲求の問題だ。貴方の欲求を満たす為だけに、私達の生徒を危険に晒すことはやめて頂きたい」
「いいや。我々の役割だとも。我々の大義名分だとも。力をつけることは平穏を呼ぶ。『
「それは国の問題でしょう。私達がいるのは、銃を握ったばかりの、ただの女子高生の学び舎だ」
「それでもだ。いずれ日本も主戦場になりえる。そうなった場合、備えた者が勝つ」
「それは、貴方の願望ですか」
「ほう?」
「前から思ってました。貴方程の人間が何で自衛隊を辞めたのか」
寺井は姿勢を正し、門倉を見下ろす。
「戦争狂がバレて辞めさせられたんでしょう」
見下ろす瞳は、蔑みを含んでいた。
「【NE】の海外派遣だけでなく、非合法任務での記録を見ました。貴方はただ自分の欲求の為だけに戦場を掻き回していた。戦うことだけが生き甲斐だったんでしょう。平穏では生きた心地がしなかったんでしょう? 俺や佑一や、彼女達とは真逆の人間なんでしょう?」
「ああ。それで?」
怒るどころか、門倉は肯定して笑ってみせた。それがあまりにも腹立たしい。悪魔のような笑顔で、寺井は腹立たしさと同時に身震いしてしまった。
「私を追放するか? 出来るかね?」
「……いいえ。ただ、私は生徒を死なせません。貴方の私利私欲で使わせません」
「かまわん。せいぜい生徒を死なせぬよう、頑張ってくれ」
最後の一言を聞き、拳を強く握ってなんとか耐えた。かつて、同じ仕事をしていた者とは思えなかった。血が滲む程、腹立たしかった。
◇
準備を終えて待機していた佑一達は、作戦ポイントへの移動に取り掛かった。梨絵の担当である野崎とはここで別れる。
「藤村二等陸佐より、貴方にこれを」
全員トラックに乗って出発する直前、佑一は野崎から二つの小型アルミケースを渡された。
「貴方と梨絵用の増強剤と鎮痛抑制剤が入ってる。梨絵は二本ずつ。貴方には五本ずつ。……正直、使わないでくれたら一番ね。治まったとはいえ、二人とも数日前のことがあるから。梨絵は自分で所有することは許可されていないから、貴方に預ける。お願いね」
「わかりました」
「三上佑一とその一行にご武運を」
野崎は敬礼し、トラックが見えなくなるまで送り続けた。
◇
仮拠点にしているサービスエリアに到着。佑一は隊員から指示された無線機の回線に合わせて通信を行う。相手は藤村だ。
『予定通りの開始となる。佑一達は準備を進めてくれ』
「了解しました。あと、終わったら色々と聞きたいことがあります。というか怒りたいです」
『いくらでも聞いてやる。だから全員連れて帰ってこい』
「言われなくても」
通信を終え、部隊の下へ。
「予定通り行動を開始する。先導は梨絵と真由。他は同じ。指示は俺が出すが、非常時は栞に隊長、真由に副隊長を任せる」
「わかった」
「全員、危険なのはわかってる筈だ。それでも全員無事に帰す。何かある前に守る」
「期待してるよ。佑一先生」
「その先生だけはやめてくれ」
茶化されるあたり、やはり自分には先生役は似合わないのがよくわかった。
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