第四章 硝煙と血潮。時々家族 1

 部隊招集の正式通達が自衛隊から鐘ヶ江高校に送られたのは、藤村から連絡を受け取った三日後。哨戒任務に参加することとなった。

 部隊は校長室に呼ばれ、門倉と寺井から説明を受けた。

 そこに佑一はいたが、梨絵の姿はない。あくまで自衛隊からの招集任務とだけ説明した。任務は翌日。平日である為に授業は公欠扱いとし、集合時間と場所を伝え、準備をするよう指示された。戸惑っていた生徒達は言われるがまま頷き、校長室を出た。

「これから皆で準備しましょう」

 微妙な雰囲気になりつつあった生徒達を宥めるように、栞が提案した。

「色々と聞くこともあるだろうから……三上先生からアドバイス貰いましょうか」

「あ。それ賛成です」

 栞の更なる提案に、同じく選抜された真由が便乗して手を挙げた。

 他の生徒は流されるまま、結局は栞の提案に乗る形になってしまった。

「とりあえず、場所を移そうか」

 佑一は場所を移し、自分の事務室に生徒達を呼んで、どういう状況なのか佑一から簡単に説明した。質疑応答を行い、一通りの質問に答えた。

 装備などはいつも警護任務で行う装備を指定し、整備を怠らないよう注意をして解散とした。

「で、今回のこれはどういうことか説明してほしいのだけど?」

「そうよ。いきなりでびっくりしたじゃない」

 解散を告げたのに、栞と真由は事務室に残って佑一を問い詰めた。

「説明は寺井先生と校長がした」

「あの子も含めた上で?」

 梨絵のことだった。

「結局、梨絵ちゃんとまともに訓練できてない。それなのに任務で一緒に行動する。皆、なにもわからなくて不安になっている」

 任務時と同じ顔つきになっている栞を見て、事の重大さに佑一はようやく気付いた。

 真由が口を開く。

「梨絵のことは知ってる。だけど……やっぱり怖い。古武さんが言った通り、怖い。梨絵の模擬戦も見てたし。表情を変えないであれをするって、なにも言えなくなる。皆、梨絵を怖がってる」

 想像するのは容易だった。梨絵の容姿は佑一でさえ異様と捉え、思わず敵と認識してしまうだろう。実際、彼女は異様であり異質であり異常である。訓練に参加することなく、連携などとるつもりもなく、ただ聖書を読んでいるだけ。コミュニケーションをとることはおろか、話すことさえできない始末。更に、梨絵が模擬戦でしでかした傷害事件もある。

 皆、梨絵の存在が怖いのだ。

「……説明した通りだ。話すことはない」

「そんな無責任な」

 真由が声を上げたが、栞が止めた。佑一は大抵、なんでも話す。他愛ないことでも話してくれた。そんな彼が言葉を濁したということは、言えないことがあるということ。煽って口を滑らせる人でもなく、余計に皆を怖がらせることもなかった。

 それに、一瞬だけ佑一の表情が曇ったのを見逃さなかった。とても悲しそうな顔だったので、問い詰めることをやめた。

「ごめん。無理なこと聞いちゃって。明日の引率、よろしくね」

 そう笑って、栞は半ば強引に真由を連れて事務室を出ていった。

 一人になった佑一は溜め息を漏らし、椅子に腰を下ろした。

 今まで任務を共にしてきた者の多くは、経験と実力がある者達だった。だが今回は違う。銃を握って、守りたいと思っている、ただ普通の女子高生。プロフェッショナルを目指していた者達とは違うのだ。

 初めから間違っていたことに落胆する。初歩的なミス。こんな馬鹿な過ちを犯す為に自分は来た訳ではない。

 ──しっかりしろ。

 立ち上がった佑一は、明日の準備をする為に帰宅する。その表情から、悲しさは消えていた。


                 ◇


 翌日の早朝。目を覚ました佑一はいつも通り筋力トレーニングをして、シャワーを浴び、朝食を済ませる。準備していた装備を確認。荷物を持って部屋を出た。

 向かったのは集合場所となっている鐘ヶ江高校。既に寺井が待っていたが、迷彩服を着た自衛隊員も一緒にいて、仲良さそうに談笑していた。生徒達も集まり、集合予定の時間より早く集まった。梨絵は現地で集合する。

「注目」

 寺井の号令で生徒達の姿勢がピシッと伸びた。

「今回は三上君も参加する。里林さんは後で合流する。移動は自衛隊の方々にお願いした。荷物を持ってトラックで移動し、作戦行動に入る。それじゃ、引率する三上君から簡単な挨拶でもしてもらおうか」

「え」

「挨拶どうぞ」

 急に振られた佑一は、渋々と前に出て寺井の横に並んだ。

 こうやって見てみると、生徒達が不安を抱えていることがわかる。

「おはようございます。今日の任務について、皆さんが不安を抱いていることは重々承知しています」

 何を今更、と言いたげに真由は目を細める。栞は表情を変えなかった。

「安心してくださいと言っても、不安なことには変わりません。……ただ、皆さんに何かあった時──いいえ。何かある前に、自分が皆さんを守ります。それだけは信じてください。

 そう言い放った佑一の瞳に嘘はなかった。本当に彼女達を守り通す。

 昨日とは違う佑一に栞は安心した。欲を言うなら、昨日それを言ってほしかった。

「当然です」

 呆れたように真由は言う。

「私達から離れないでちゃんと守ってくださいよ、三上先生。皆もそう思うでしょ?」

 淡い溜め息を漏らし、少し笑ってみせた。それを見て他の生徒達も頷き、ようやく笑顔を見せた。苦笑ではあるが、いくらか和んだ。

「全員、荷物を持ってトラックに乗るんだ。乗り心地は悪いが、まぁ、慣れればいける」

 寺井の命令で佑一と生徒達は荷物を持って、自衛隊が用意した31/2トラックに乗り込む。寺井も助手席に乗り、自衛隊員が運転席に座る。佑一達を乗せたトラックは学校を出発した。


                 ◇


 街の中心部から離れ、気付けば山間部にいた。目的地であるサービスエリアに到着。山間部にマザー級と思われる【NE】の目撃情報が出たことにより、自衛隊の仮設本部となっている。

一般人も利用は出来るが、危険ということもあってまばらしかいない。広大な駐車場の半分が自衛隊の車両と施設で埋め尽くされていた。

 トラックを降り、佑一は生徒達を先導して控室に連れて行く。控室と言ってもイベント用集会テントを組み立て、折り畳みのテーブルとイスを並べただけの施設だ。横幕が張られ、外から見えないようにされた急ごしらえの控室で、生徒達は装備を身に着けていく。

「山かぁ。森の中行くのかなぁ」

「靴はいいけど、制服で森の中はちょっとねぇ」

「判別できるようにと言っても、市街と山林での服の違いぐらいはあってもいいのにね」

「虫とかに刺されそう」

 生徒達は慣れた手つきで装備を整え、マガジンに弾薬を詰めていく。チェストリグやレッグポーチの生徒がいれば、タクティカルベストやプレートキャリアで揃える生徒もいた。ヘルメットを被る生徒がいれば、被らない生徒もいる。その中でも軍隊で使うヘルメットを被る生徒がいれば、スポーツ用の軽いヘルメットを被る生徒もいた。こういった点において、鐘ヶ江高校はとても自由だった。大抵は装備を統一するように指示がくるものだが、個人の自由に任せている。

 佑一も準備する中、生徒の一人が「うわぁ」と羨ましそうに声を上げた。

「三上先生の装備、前から見てましたけどすごいお金かかってますよね」

「お。どれどれ」

「ちゃんとしたとこの高いんだよねぇ」

 他の生徒も目を向けた。大抵の生徒がレプリカ製品で済ませるのに対し、佑一のタクティカルベストやマガジンポーチなどは全て純ブランド製である。

「銃も高いのばっかりだし。オプションパーツも」

「M4の数倍するHK416なんて羨ましい」

 HK416DアサルトライフルとHK45T拳銃、ベネリM4ショットガン、タクティカルトマホークを装備している。ただでさえ高い物に加え、内外部をカスタムしていた。

 横から羨ましく見ていた真由が聞く。

「それ、全部買ったの?」

「銃は。サイトや外装パーツもだけど、メーカーからの支給もある。と言っても、使い慣れた物がいいからほとんど使わないんだけど」

「なにそれ。羨ましい。ブルジョワめ。使わないの欲しい」

「欲望に負けてるぞ」

「というか、斧って使う機会ある? 邪魔じゃない?」

「状況による」

 準備が整い、自衛隊と話をしていた寺井が控室に来た。

「一〇分後に作戦行動に入る。準備はいいか?」

「あの、梨絵ちゃんは?」

 栞が聞いた直後、一台のセダンがサービスエリアに入ってきて、佑一達がいる控室の近くに停車した。

 運転席から出てきたのはスーツ姿の野崎だった。そして後部座席から出てきたのは梨絵。トランクを開けてハードケースを取り出す。中には以前見た無機質な刀が入っており、それを腰のベルトに装着した。

「何あれ?」

「ライフル……じゃないよね。どう見ても」

「日本刀っぽくない?」

「え、あれでやるの……?」

 梨絵の姿を見た時、生徒達は緊張を強めた。今から得体の知れない人間と一緒に任務を行うのかという不安。それを感じ、佑一は「大丈夫」と声をかけた。

 合流し、野崎が口を開く。

「遅れてごめんなさい。少し手間取って」

「大丈夫です。問題ありません」

「これで全員ですね」

 佑一は確認し、改めて寺井に報告する。

「鐘ヶ江女子高等学校、三上佑一含む一四名、これより任務を開始します」

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