第三章 自分はどう見えますか? 2
◇
「すまん」
熊谷と顔を合わせた直後、寺井は頭を下げた。理由はもちろん、佑一が鼻を折ったこと。
「俺の監督不行きだ」
「喧嘩を売ったのはうちが先だ。こちらこそすまない。アイツは調子に乗ることが多々ある。今回の件は良い経験になっただろう。喧嘩を売る相手を考えさせるいい機会だ」
「相変わらず厳しい教官で」
苦笑する寺井に、熊谷は微笑みを見せた。笑えば愛嬌が出て人気も出るだろうに滅多に笑わない。少し勿体ない気がした。
微笑みを消した熊谷は、鐘ヶ江高校の生徒が乗ったバスを眺める。
「それにしても、素晴らしい実力だ。対【NE】部隊の一員だというのも頷ける」
「人材育成任務として彼に来てもらっているよ。今日はありがとう。いい訓練だった」
「今度は鼻を折られないよう気を付けさせる」
冗談混じりに挨拶し、寺井はマイクロバスに歩き出す。
「寺井」
呼び止められ、振り返る。
「門倉さんには気を付けた方がいい。あの人は、なりふり構わずやるぞ」
「わかってるよ」
既に何度もそんな場面を見てきた寺井にとって、その忠告は遅過ぎた。
◇
鐘ヶ江高校に戻り、生徒達が佑一に礼を言ってから帰っていくあたり、彼女達も苛立ちがあった。佑一は寺井に改めて謝罪した。「今後、気を付けるように」と言われただけで済んだ。
寺井は報告書の作成で職員室に行き、佑一も報告書を作成する為に事務室に残った。
仕事する為に残ったが、どういう訳か真由は帰らず事務室に直行した。
「やほー。遊びに来たよー」
「帰れ。仕事の邪魔」
「辛辣!」
「お待たせ」
「あ、古武さん。早いですね」
「栞まで……というか、右手のビニール袋。何だ、それ」
「お弁当。バスの中で手配していたの。支払いは私がしておいたから」
「……随分と準備がいいな」
帰らせようとしたら今度は栞もやって来て、あろうことか学校の近くにある弁当チェーン店の弁当を差し入れにしてきた。きっちり人数分を。
おかげで、三人仲良く昼食をとることになった。
「お先にどうぞ」と栞から弁当を出された。三つとも違う弁当だった。その中で、『旨辛ソースかけ唐揚げ弁当』と銘打たれた弁当があった。なにも考えずに手に取った。それを見て栞と真由が笑った。
「やっぱりそれ選ぶかー」
「言ったでしょ?」
どうやら二人に弄ばれていたらしい。
唐揚げ弁当を食べる佑一に、サラダ付き竜田揚げ弁当の蓋を開けた栞。ハンバーグ弁当を食べていた真由が口を開く。
「皆に声かけたんだよ。さすがに疲れたからパスだったけど、今度は多分来るかな」
「仕事場に全員来たら邪魔だろ」
「楽しそうじゃん」
「そういう問題じゃない。あと、二人は何でここに? まさか本当に弁当食べる為だけ?」
「私は今日の反省会かな」
「涼みに」
「真由は帰れ」
「なんで! この部屋涼しいし、飲み物もお菓子もあるし天国ですよ!」
「飲み物はともかく、お菓子は二人が置いていっただろうに。食べたら帰れ」
「嫌だ。居候する権利を行使する!」
「ぷふっ。見てるだけで楽しい」
仕事の邪魔をしないということでいることを許可した。
最初は真由と栞二人の談笑だったが、飽きたのか真由はソファーの背もたれに体を預けながら佑一に話題を振った。
「いやー。佑一がぶん殴ってくれたおかげで超スッキリしたわー」
「褒められることじゃないぞ」
「私が褒めて進ぜよう。お主、よくやった」
「はいはい。ありがたき幸せです」
「なんか適当だなー」
「自制できてない証拠だ、あれは」
「それは違うと思う」
コーヒーが淹れられた紙コップを持ち、栞は続ける。
「私だって、皆が馬鹿にされて本当に怒っていたから。でも、佑一君がそれを代わった。非難が自分にいくように」
「自分はそんな出来た人間じゃない」
「だとしても、あの時の言葉は皆、ちゃんと覚えてるよ。守る為にここに来た。だけど言えなかった。それを佑一君が言ってくれた。本来なら言うべきことを代弁させてしまった。ごめんなさい」
「いや、謝る必要は……」
「ありがとう」
「私も。ありがとね」
二人の真っ直ぐな瞳が向けられる。淀みのない綺麗な瞳に、佑一は思わず見惚れてしまった。
オレンジジュースを飲んだ真由が口を開く。
「私はさ、二人みたいに中学から特別教育機関にいた訳じゃないんだよね」
「確か運動部が強い中学校よね。男子も女子も」
「本業は陸上の短距離走ですけど、色々掛け持ちしてました。バスケ部とサッカー部に、ソフトボール部のピンチヒッターとか守備固めも」
「凄い体力だな、それ」
「唯一の自慢」
にひひと笑い、わざとらしくピースした。
「まぁ、高校入学で辞めちゃったけどね」
「それは、真由さんが銃を握る理由?」
「地方公務員家庭で、これでも二人の妹いるんですよ。《NE》に襲われたとか、そういうことはないんですけど、今ってほら、いつそうなるかわかんなくて。出来ることしたいなって。佑一の言葉のまんまですけど、家族のこと心配で、守りたくて。だから部活辞めたことは後悔していません。それにほら、今となっては先頭に立つポイントマンに役立ってますし」
「恥ずかしがることない。それは立派なことよ」
「今度からちゃんと言います。そしてムカつく奴がいたら鼻を潰してやります」
「それはやり過ぎ」
笑って、真由は思っていたことを問う。
「そういえばさ、佑一ってよく梨絵に絡むよね」
「なんだ、急に」
「いやさ、無反応なのによく話しかけてるの見るからさ。なに話してるの? まさか口説いてる?」
「馬鹿言え」
梨絵がいる時、佑一は時間の許す限り隣にいた。話しかけても無反応だったが、それでも彼女の隣にいたかった。できれば声を聞きたかったが、敵意を見せないだけ良しとした。
「そうね。真由さんの言う通り、梨絵ちゃんは反応してくれないから。皆はちょっと怖がってるけど」
「まぁ、あれだけ反応を示さないのは流石にきつい」
「でも口説き続けてる、と」
「口説いてない。││小さい頃、一緒にいたことがあった」
「幼馴染ってこと?」
「うそ。マジで?」
「ある施設で一緒にいたぐらいだ。梨絵は覚えてないけど、俺はよく覚えてる。一緒に遊んだ。本を読みあったり、言葉遊びをしたり……本当に、一緒だった。覚えてないのは残念だったけど、会えて嬉しかった」
「そうね。会えないよりは、とてもいいことね」
「今日はもうこれで終わりにしよう。二人とも疲れてるから、早く帰って休んだ方がいい」
「そうね。長居しちゃったわ」
「それじゃあね、佑一。また明日」
「明日も来る気かよ」
「お邪魔しました」
事務室の扉を閉め、栞と真由は廊下を歩いていく。佑一は事務作業を続けた。
◇
事務作業して一時間ばかり経過した頃。一段落したので帰ろうかと考えていた時、携帯電話に着信がきた。相手は藤村だった。
「はい」
『手短に済ます。鐘ヶ江女子高等学校へ哨戒任務の招集が正式に決定した。数日中に通知を出す』
佑一は表情を変えなかった。決まったか、程度としか思っていない。
『前線は自衛隊が。後方に招集した特別指定学校のチームを配置する。前線の殺し損ねや、見つけ損ねた【NE】と出くわす可能性が高い。それと、里林梨絵の部隊参加の許可がようやく出た』
「ありがとうございます」
遅過ぎる許可に舌打ちしそうになったが、我慢して礼を言った。藤村に苛立ちをぶつけても仕方ない。彼も上司と政治家達に挟まれる人物なのだから。
不安要素を含みながら、ようやく部隊としての活動が可能となった。
梨絵と共に、行動できるのだ。
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