第二章 あなたの好きなものは何ですか? 1

 佑一は時間を確認し、ガンケースと大型リュックサックを持って部屋を出る。外に出ると、ダークグレーのSUVが停まっていた。運転しているのは寺井だ。ガンケースとリュックサックを積み、佑一を乗せて出発した。

「すいません。わざわざ車を出してもらって」

「今回は特別だ」

 車を走らせ、到着したのは鐘ヶ江高校の演習場。少しして門倉が、その後に栞が先導して生徒達が来た。

「揃ったようだな」

 確認した門倉は前に出る。それを見て他の者達は姿勢を正した。

「今日集まってもらったのは他でもない。君達一二人と、今日はいないが里林梨絵君。合わせて一三人が、鐘ヶ江女子高等学校初の部隊所属生徒となる。君達の実力と経験は申し分ない故、必ず成果を挙げられると信じている。今後の活躍に期待する」

 門倉は簡素な説明で終え、寺井が説明を始める。

 説明中、門倉が佑一に歩いてきた。

「部隊指導、よろしく頼む。出動する際、君にも同行してもらうことになるだろう」

「わかりました」

 門倉は演習場を去り、佑一と寺井、栞達一二名の生徒が残った。

「知らない人間と言う訳ではないが、簡単に自己紹介しておこうか」

 寺井の提案で生徒達は自己紹介していく。最初に栞が所属学科と学年、名前を言い、好きな物や趣味などを言った。他の生徒もそれに倣い、同じように続ける。

「全員終わったな」

「三上先生がまだですよ」

 栞が言うと、一人の生徒が「そうですよー」と乗っかってきた。

「ちゃんと学校名と所属学科と学年、あと好きな食べ物とか教えてくださいね」

 栞が面白そうにしていて、わざと言っているのはすぐわかった。

 仕方ないと溜め息を漏らし、皆と同じように自己紹介をした。

「陸上自衛隊並びに、IDEI特殊戦闘科高期二年A組に所属の三上佑一です。好きな物は、ちょっと辛い食べ物です」

 佑一の所属学校を聞いて、生徒達はざわついた。

「IDEIだって……」

「【NE】打倒専門の特別教育機関……」

 IDEI(International Designated Educational Institution)は、ISCが定めた国際指定学校のことであり、他の指定学校が【NE】からの防衛を掲げる中で、、【である。それにより国や軍、軍需産業などからスポンサーを多く抱え、レベルの高さは他の指定学校と比べても群を抜いている。

 ほとんどの生徒が前線へ赴くほどの実力を持っており、結果が求められる故にハードルが高い。常に死の危険が付き纏い、それ相応の覚悟が必要だ。

 IDEIはISCにより主要各国に設立を促しており、日本にも存在する。自衛隊との関わりはなかったが、佑一個人は自衛隊所属となり関係を保っている。

「はーい。質問」

 先程乗っかってきた生徒が手を上げる。一七〇センチを超えた身長。スレンダーな体型で、筋肉が良く引き締まっている。肌は少し日に焼けていて、ショートカットの黒髪と相俟って健康的で快活な印象を与えた。

「……えーと、伊崎さんだっけ」

「そうです。普通科二年B組、伊崎いざき真由まゆです」

 真由は続ける。

「ちょっと辛い食べ物で何が好きですか?」

「そこに食いつくの?」

 思わず生徒からツッコミを入れられてしまうほど、場違いな質問で笑ってしまった。周囲も笑っていた。

「いや、先生のこと何も知らないからさ。いい機会だから色々聞いとこうかなって。知らない人から教わるより、知ってる人から教わる方が断然いいし」

「まぁ、同意できる」

「というよりも年同じくらいだから敬語なしでもいいんじゃない?」

「さすがにそれは駄目でしょ」

「いや、伊崎さんの言う通りかな。自分は敬語じゃなくてもいい。それに、先生と呼ばれるのは正直恥ずかしい」

「ほら! じゃあ佑一でいい?」

 脱線してきたところで寺井が手を叩いて割って入った。

「こらこら。一応、今は授業中だぞ。交流を深めるのはいいが、授業中と教師達の前ではちゃんとした呼び方で呼ぶように」

 寺井の言葉に栞は頷く。

「そうね。寺井先生の言う通りよ。その代わり、休憩中や放課後とかは敬語なしにしましょう」

「わかりました」

「ということで、これからよろしくお願いしますね。三上先生」

 栞にそう言われ、先生を強調してからかわれているのがわかった。先が思いやられるが、とりあえず友好的な交流はできそうなことに安堵した。


                ◇


 新設された部隊の顔合わせを終え、昼前に解散となった。

 佑一は寺井の運転で街まで行き、寺井の奢りで昼食をご馳走になった。食事を済ませて再び演習場へ。自分の銃を整備していると、指定された時間に車が集まってきた。それは鐘ヶ江高校の特別教科授業を担当する教師達だ。教師達は皆、自前の銃を降ろし、慣れた手つきで整備を始めた。そこに門倉も現れた。

「空いた時間となればこの日ぐらいしか用意できなくてな」

「問題ありません。ただ、後の予定もありますので」

「把握している。手早く終わらせるつもりだ」

 演習場に来た理由。それは教師達が佑一の実力を確かめる為だった。前日の夜に試験を行うことを寺井から電話で聞き、送迎するから準備するようにと言われていた。

 この場を設けた理由は単純明快。佑一の実力を知る為だ。

 準備を進める中、門倉は教師達に知られないよう佑一の耳に顔を近づけた。

「近接格闘の模擬戦闘。吐かせてもいいが骨は折るな」

 低いその言葉を聞き、佑一は理解した。門倉は教師達が勝てるとは微塵も思っていない。

「逆に折られるかもしれませんよ」

「つまらん冗談はよせ。君のことはよく知っている。どう足掻いても勝てんのは知っている。君の立場が上だということを思い知らせる為の機会なのだ」

 つまり、門倉はわざわざ教師達を痛い目に合わせる為だけにこの場を用意した。佑一の立場が上であることを確認させる為だけに。

 ──捨て駒扱いか。

 門倉のやり方に、佑一の目つきは自然と鋭くなる。彼の本質は非情なのだろう。

 何故、鐘ヶ江高校が指定学校として生き残れたのか、少しだけわかった気がした。

「わかりました。遠慮なくやらせていただきます」

「それで良い」


                ◇


 結果を言えば、佑一の実力を疑う者は誰もいなくなった。

 射撃において誰よりも優秀な成績を残し、近接格闘の模擬戦闘では名乗り出た教師達を悉く負かした。女性教師もいたが、一切の加減と容赦はしなかった。中には上から目線でくる教師が二人ほどいたので、その相手には少しだけ力を強めた。プライドを折る為だけに。

 一人は女性教師だったが、足だけに攻撃を集中させて動けなくした。青紫色に腫れた足は思う様に動かず、まだ戦う意思があるのに思う様に動けず、いいように打撃を貰って泣いていた。

 もう一人の男性教師には、佑一がわざと負けている状況を作らせながら、的確に肝臓へ打撃を与え続けて嘔吐させた。気を失わせないよう、相手の腹部と脇腹を主に攻撃していたので、しばらく立つことができず、込み上げてくる吐き気と打撃の痛みに苦しみ、地面に転がってもがいていた。

 それを無表情で見下ろす佑一に、教師達は言いようのない恐怖を抱いた。

 全てを見届けた門倉は笑顔で告げた。

「よくやった」


                 ◇


 試験を終え、佑一は寺井の運転する車で習志野駐屯地に来ていた。午後の予定がここであり、駐屯地入口で荷物を降ろす。

「それじゃここで」

「藤村さんに挨拶していきませんか?」

「自分はもう一般人だ。機密に関わる。今の俺には関わる権利はないし、知る権利はない」

「わかりました。送迎、ありがとうございます」

 寺井に別れを告げ、佑一は駐屯地内を歩く。

 敷地内にある比較的新しい建物がある。『自衛隊特別研究所』と簡素な名称のこの建物は、【NE】に関する研究施設でもあり、【NE】戦闘の訓練及び技術研究及び装備開発の施設である。

 特別研究所と略称される研究所に入る。指紋認証に虹彩認証を済ませ、厳重にロックされた分厚い扉が開かれる。清潔に保たれた白い廊下を歩いていき、目的の部屋の扉をノックすると「どうぞ」と女性の声が聞こえた。

 診療室のような部屋の主である女性は、オフィススーツを着て白衣を纏っていた。そしてもう一人、藤村がいた。手には小さなアルミケースを持っている。

「すいません。遅くなりました」

「かまわん。彼女は野崎静音のざきしずね二等陸尉。里林梨絵の担当官だ」

「知っています。学校で顔を合わせましたので」

「あの時はごめんなさい。まさか貴方が監視役とは思わなくて」

 紹介された野崎静音は立ち上がり、佑一と握手する。

「早速で悪いが場所を変える。荷物はここに置いていけ」

 部屋を出て廊下を進んでいき、一番奥の部屋へ。カードキーでロックを解除する。

 部屋に入ると、センサーが感知して自動で電気が点いた。数脚の簡易椅子があるだけ。一方向の壁が大きな硝子板をはめ込んだ仕様になっていて、隣部屋の様子が見えるようになっていた。

 部屋の中央にはベッドが一つ。そこに梨絵が横たわっており、近くに置かれている機械とコードで繋がれていた。

「里林梨絵はここで検査している」

「まるで収容所ですね」

「成功被検体とはいえ、彼女はエクシードプランtypeBだ。もしものことがあった場合を考慮した結果だ」

「人類に仇なすものを殺す為に生み出したものが、逆に人類を滅ぼしかねる。皮肉ですかね」

 ──人類が【NE】を敵とみなし、戦い始めた。犠牲は膨れ上がり、人類の存亡に関わる程の大規模戦闘まで発生した。多大なる犠牲を経て一時的な勝利を掴んだ人類は、【NE】への脅威に対抗する策を考えねばならなくなった。

 同時期、ISCが【NE】研究所を発足して数年が経過していた。ISC及び一部の国々の合意の下、新たな研究計画が秘密裏に開始された。

Exceedエクシード Planプラン──【NE】の細胞や母体を利用した融合素体及び強化人間の開発と研究、という名目だったかしら」

「要は捕獲・回収した【NE】を研究材料にして、【NE】に対抗できる人間を生み出す人体実験計画ですよ」

「それはそうだけど……」

「この計画の被験者は指定がない。精神障害者や部位欠損者、挙句の果てには遺体までもが対象になるような実験です」

「世間に広まれば非難に晒されるのは当然だ。ISCを始めとした各国は、情報隠蔽や医療技術への転用・協力などで偽装している。様々な事柄を複雑に絡ませ、計画自体を秘匿している。一部の人間と関係者しか知らない最重要機密だ。佑一、お前もそれに含まれている」

「ええ。、【

 佑一を産んだ人間の母親はいない。

【NE】が孕み、佑一を生んだ。

 typeA被検番号A─81。それが佑一のかつての名前だった。

 そして、被験者は【NE】化が進行している。

 具合によって程度があれ、エクシードプランの被験者全員に【NE】化の症状が見られる。【NE】に侵食され、自我を奪われるのだ。佑一も【NE】化を抑圧する為に、特別研究所から渡される薬を飲み続けている。

「梨絵の体を調べたら、【NE】の肉体や骨格を移植手術している。辛うじて人の形を保つことに成功しているの。結果だけ見れば、ISCの研究所の腕は本物よ」

 人の形をしながら、化け物となった梨絵は安らかに眠っている。

「最前線でのエクシードプラン被験者による戦闘は人類側に戦況を有利に運んでいる。そうまでしなければ我々は奴らに勝てんのだ」

「彼女を戦場に引き出す、と」

「我々で対応できるなら必要としていない。本来なら彼女も、お前も、参加させるべきではないのだ。だが我々では守りきれん。頼らねばならん状況に苛立つのだ」

 珍しく語気を強めた藤村は後悔し、「すまん」と謝罪した。理解していた佑一は気分を害することはなく「大丈夫です」と答えた。

「近日中に、鐘ヶ江高校に自衛隊直轄の哨戒任務を依頼する。本来ならエクシードプラン被験者を、ただの私立女子高が所属させることはできない。自衛隊関係者がいる最低条件で所属させているが故に、上層部は結果が見たいのだ」

「彼女一人の為に、無関係な他の生徒を巻き込ませるつもりですか?」

「例え計画から外れても、状態によっては管理するだけで国家予算を貪り尽しかねる代物だ。政治家は貪り尽す主が価値に見合うか確認したがっている。これは梨絵の管理問題にもなる。下手をすれば廃棄処分になる可能性がある」

「脅迫ですか?」

「事実だ。それに、これは門倉校長の依頼でもある。資金援助に新装備・新戦術の共有。専門の人間を派遣させて教育させる人材育成費用……門倉氏のやりそうな手口だ。上層部には既に手を回している」

 藤村は持っていたアルミケースを佑一に渡す。開けてみると、中には液体が入った注射器のような物が数本あった。

「【NE】細胞を利用した、即効性のある鎮痛抑制剤だ。佑一が使用している物よりずっと強力で、使用すればすぐ無力化できる」

「梨絵が暴走すると?」

「我々は彼女を完全な制御下には置けていない。それには佑一、お前の力が必要だ。数少ないエクシードプランの成功被検体でもあり、研究所で共に過ごしたからこそ。里林梨絵を制御下に置き、満足させる結果を出し続けて欲しい。その為にはあらゆる障害を叩き潰せ。己の信念を貫き、遂行せよ」

 己が持つ信念。意志。

 全てを考え、問い直し、注射器を受け取った佑一は答える。

「了解しました」

 藤村の為でもなく、門倉の為でもなく、ましてや自衛隊の為でも国家の為でもなく、己が信ずるものの為に。

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