第一章 三上佑一の出会いと世界の日常 2

                  ◇


 私立しりつ鐘ヶ江かねがえ女子高等学校。

 佑一はタクシーから降り、仕事場となる学校を少し眺めてから歩き出す。学校に入り、来賓用下駄箱と通路があった。『来賓・ご用の方は押して下さい』という小さな指示板の下に、インターホンのようなボタンとマイク内臓式のスピーカーがあった。

『はい。鐘ヶ江女子高等学校です』

 インターホンを押すとスピーカーから女性職員の声が聞こえた。

 要件を伝えて待つこと数分。

「遅くなってすまない」

 やって来たのは若い男性職員だった。優しい顔立ちで背が高め。細身だが体格は出来ており、身振りや足の運び方に隙がない。

寺井てらい尚人なおと。よろしく」

「三上佑一です。よろしくお願いします」

 男性職員──寺井尚人が差し出した手を握る。

「早速で悪いが一緒に来てくれ。校長が会いたがってる」

「はい」

 寺井に案内される形で後ろを歩いていく。

「今は授業中でね。午前に普通授業、午後に特別授業を設定している。午後になれば賑やかになるんだけどね。ここが校長室だよ」

 校長室に到着。寺井は素早く三回ノック。「寺井尚人。入ります」と今までの柔らかい調子とは一変して力強い口調になっていた。

「どうぞ」と中から聞こえた時、小声で「入室要領が染みついていてね」と苦笑いしてから入った。寺井に続いて佑一も入る。

 教室半分ほどの広さの校長室には、両脇に本棚、真ん中に来賓用の腰の低いテーブルとソファーがあり、その奥に窓を背にする形で机がある。椅子に座っているのが鐘ヶ江女子高等学校の校長だとすぐにわかった。

門倉かどくら正文まさふみだ。名ばかり校長と思ってくれて構わん」

 校長の門倉正文はそう言って小さく笑う。

 寺井よりも細く、白髪が目立つ。だが年齢は六一歳にもなるというのにまだ若々しい。髪を染めれば四〇代と言われても疑問には思わないだろう。

「三上佑一です」

「相当出来ると、藤村二等陸佐から聞いている」

「お二人は自衛隊関係者ということは把握しています」

「話は早い。務めを果たしてくれ」

「ありがとうございます」

「職員室で先生方に挨拶してから、寺井に施設内を見せてもらうといい。都合は大丈夫かね?」

「大丈夫です」

 三人は職員室へ。授業中ということもあり、職員室に教職員は少なかった。佑一が簡単な挨拶をすると、小さな拍手で迎えられた。しかし教職員の表情を見ると、困惑していることがよくわかる。特別教育科目を教える人間が来ると聞いていたが、まさか子供が来るとは思いもよらなかったらしい。

 挨拶を終え、職員室を出る。門倉は校長室へと戻った。

「時間はある。ゆっくり回ろうか」

 寺井に案内される形で校内を回る。

「私立鐘ヶ江女子高等学校は、初めから特別教育機関に指定されていた訳じゃない。政府から予算援助を得る為に申請し、通過したというのが始まりだ」

「特別教育機関のあるあるですね。予算援助目的の学校がいくつも存在して、その多くは早々と指定解除を受けてしまう」

「ISCからの評価で左右されることが多いからね。ISC直属や、国が直接支援しているならまだしも、援助目的の学校はすぐ見抜かれてしまう。【NE】の対応が甘いだとか、資金目的でなにもしない、もしくはなにもできない」

「無駄に死人を増やすより良いことだと思いますがね」

「その意見には賛成だ。あと一年で現状を向上させることができなければ、指定解除を宣告されたその年に門倉さんが校長に就任した。元自衛官を特別講師として呼んだり、成績向上に努めて解除宣告は免れた。そこからレベルが上がっていき、近年は注目される程になっているよ。特別教育機関では珍しい女子高っていうのも受けがいいからね。安心して預けられるっていうのもいい評価だ」

「一般科目や、学校行事や部活動も積極的ですよね。大抵はそこまで回らない」

「積極的というか、校則が自由かな。普通の学校のように生徒の自主性を育むみたいに」

「一つ質問を。自衛隊OBが校長になれますか?」

「それか」

 寺井は少し笑う。

「あの人は、元々理事会の一員だった」

「理事会?」

「学校の理事会。内外の学校構想を一本化させる為に、自衛隊の力も借りて無理矢理に校長へとねじ込ませた。かなり強引なところもあったけど結果的には良かった。そこから援助やスポンサーが増えてね。施設も充実してきた」

 学校を見て回った佑一は頷く。新しく建てられたもので、相当の費用をかけられているのが一目でわかる。大抵の指定学校は、元々ある校舎を改装などして使用しているが、鐘ヶ江女子高等学校のように一から新しく、それも丸々一棟を使うようにするなど、中々できることではない。

 それもこれも、門倉の手腕によって成されたものであり、また彼に従った者達、そして学びを受けた子供達による結果である。

「寺井先生は、門倉校長に呼ばれたと」

「ああ」

「前職も確認しました。元陸上自衛隊特殊作戦群、二等陸尉」

「懐かしい肩書だ」

「もし良かったら退職した理由を教えてもらえませんか? 入隊後、すぐにレンジャー資格を取得し、冬季遊撃課程を修了。特戦群に所属してからも優秀だったと聞きました」

「あまり持ち上げないでくれ」

 苦笑いしながら続ける。

「よくあることだよ。海外派遣での【NE】討伐任務で負傷したんだ。右足に深達性Ⅱ度の熱傷と、小さな鉄の破片がいくつも刺さってね。乗っていたハンヴィーが【NE】に引っくり返されて炎上した。助からなかった仲間もいた。その【NE】を殺し、気付いたら病院のベッドの上だった」

「傷の後遺症が?」

「いや。右足は一か月ちょっとで動かせるようになったし、破片も全部摘出できた。後遺症はなにもない。ただ……」

 少し口がごもり、足を止めた。

「……妻に泣かれてね。二人の子供も泣かせてしまった。今まで自衛官として務めてきた。日本国の為に大義を全うしてきた。それを国から家族に変えた。それだけだよ」

「その決断は、素晴らしいことです」

「そう言ってくれると嬉しいよ。藤村二佐からは一等陸尉への昇進を持ちかけられたが、丁重に断って退職した。家族と時間を過ごして次の仕事をどうするか考えていた時、藤村二佐から連絡を貰ってね。次の就職口の推薦をしたい、と」

「それがここという訳ですか」

「まぁね。これでもちゃんと勉強して、特別教科限定の教員免許をとったよ」

 特別教育機関の設立に伴い、特別教科限定の教員免許などが作られた。その免許を寺井は佑一に見せた。

「君がここに来た理由は把握している。藤村二佐と門倉校長からサポートするよう頼まれてる。それを含めて、君の力を借りたい」

「授業なんて出来ませんよ」

「実習授業の手が足りなくてね。大抵はクラス合同なんだが、生徒の数が多くて面倒が見切れない。あとは、男一人いれば少しは心強いかな。なんせ皆、女の子だから。どう頑張っても多数決で負けてしまうし、口達者でね」

「それは難儀な役回りで……」

 専用教室棟の二階にある教室で二人は立ち止まる。室名札は空白のまま。寺井が開けて中に入り、佑一も続く。

 中は教室の三分の一ほどの広さ。片方の壁側に資料棚が置かれ、奥に事務机が置いている。こじんまりとした事務室だ。机にはデスクトップパソコンが設置されており、机の横には保管用のガンラックもある。

「君の仕事部屋になる。好きに使ってくれ」

「普段、生徒達はこの棟に来ますか?」

「火器管理係が来るけど、その部屋は一階だ。滅多に来ないと思っていい。銃は持参してもいいし、学校の物を借りてもいい」

「自分の銃を持参します。費用は負担しますので、弾薬はできれば学校から頂きたいです」

「費用のことは気にしなくてもいい。弾薬代は学校が持つ。あまりに珍しい物だったり高価な物は持参してくれ」

「ここでの仕事を再確認します」

「基本的には特別教科の担当教員の補佐をしてもらう。だけど君の場合、自衛隊からの任務を考慮して生徒達の任務に同行することになる。場合によっては指揮することにもなる」

「心得ています」

「他に質問は?」

「ありません」

「よし。それなら今からちょっとしたイベントをこなそうか」

「イベント?」

「自己紹介」


                 ◇


「陸上自衛隊から来ました三上佑一です。皆さんの力になれるよう努力していきます。よろしくお願いします」

 そんな自己紹介をかれこれ八回言った。佑一はうんざりしてきたものの、表情には出さず、かといって笑顔を振りまくこともなく、無表情に近いまま淡々と繰り返した。

 寺井に連れられて授業中の教室を歩き回り、簡単に事情を説明してもらい、佑一が短く自己紹介する、という流れだ。授業中ということもあったが、その場にいた教師含め、生徒達の反応は様々だった。冷ややかな視線や、珍しげな視線で見られていた。

「はぁ」

 佑一の仕事部屋となる事務室に戻り、思わず溜め息を小さく漏らしてしまう。

「お疲れ。いい時間だから昼休みといこうか」

 寺井は職員室に戻らなかった。事務室を見回し、積まれた段ボールの隣に置かれていたビニール袋の中身を佑一に渡す。寺井から渡されたのは、学校の近くにある大手弁当チェーン店の唐揚げ弁当とペットボトルのお茶。受け取って食べ始める。寺井は事務室の隅に置かれていた簡易椅子を持ってきて、向かい合うように食べ始めた。

「午後から合同授業で演習場に向かう。君も着いてきてほしい」

「また自己紹介ですか」

「それもだが、君の任務にも関わることだ。最近、部隊編成を行うことが決定して、先日に編成が完了した。その部隊育成に力を貸してもらいたい」

「なんで部隊編成を?」

「ISCから要請がきたんだ」

 自衛官育成目的の指定学校や、日本国内のみならず世界にも名が知れている有名な指定学校のほとんどは、校内生徒による部隊編成が組まれている。運用方法や部隊内容に多少の違いはあれど、どの指定学校の部隊は練度と技術が高く、【NE】対処にあたることができる。

「レベルが高くて実績のある学校ならまだしも、部隊運用は難しいですよ」

 全ての指定学校が部隊を編成している訳ではない。むしろ少ない。

「わかってる。特別教育機関に指定されている中学校が少ない中、銃を握る子達はだいたい高校からが一般的。三年間という時間が決められている中で、訓練と実戦を積ませるのは難しい」

「銃の基礎知識に射撃、分解、整備。基礎体力の向上。加えて一般教科も学びながら。実戦をしようにも、市街地の警備で【NE】に遭遇する確率は低い。かといって郊外で実戦を積ませることも厳しい」

「一年生で充分に鍛えたとして、残りの学校生活は二年。しかも三年生になれば進路に時間がとられる」

 二年と少ししか活動できない学生で部隊を編成し、訓練したとしても、下手をすればその分の費用が無駄になる可能性がある。効率的にするには工夫が必要だ。

「そもそも、そこまでする必要がない。多くの学校が部隊を作らない理由はそれです」

「警備程度しか求められてないのに、それ以上の役割をこなせる為に予算と時間を費やし、少ない人材を酷使させる必要があるのか。あながち間違いじゃないからね」

 子供達を危険なことに巻き込ませる必要はなく、前線は自衛隊に、後方支援は実力と資金と人材が多いハイレベルな指定学校に任せるべきという意見がある。

 街の警備で適度に【NE】戦闘の経験を積ませ、卒業した先にまだ関わるというのであれば、その時は更に訓練と経験を積める進路へ。学校と保護者は、死なせたくないのが当然である。

「自分が通っている学校は、年間死傷者が必ず一〇人以上は出ます。入学直後から厳しい訓練を受け、【NE】戦闘に関しては右に出る学校がいないと言われている。それなのにこのザマです。編成してすぐ使い物になりませんよ」

「部隊運用の難しさは知っている。しかし、使い物に出来るようにしなければならなくなった。結果を出さなければならない」

 寺井は残りの弁当をかきこみ、お茶で胃へと流し込んだ。

 既に食べ終えていた佑一はお茶を飲み干し、思っていたことを聞いた。

「里林梨絵はどこにいますか?」

 空容器をビニール袋に片付けていた寺井は、変わらない調子で答える。

「彼女は、次の授業で合流する」

「合流?」

「ちょっと事情があってね。自衛隊管理下にあるから普通授業の時は基地にいる。合同授業の時はなるべく参加させてる。と言っても、今は見学だけしか出来ない」

「そうですか」

「詳しいことはまた後にしよう。昼休みに入る。俺は午後の準備をする。迎えに来るから、まぁ気楽にしててよ」


                  ◇


 午後の特別教科授業。佑一と寺井、特別教科担当の教師二名と合わせた四人。二年生二クラスに三年生一クラス、合わせて三クラス分が大型バスに荷物を積んで出発した。着いたのは郊外の山林地帯。学校が買い取り、整備して巨大な演習場にしていた。

 着替えたり荷物置き場となっている平屋の建物が二つ。射撃場としても使えるように柱と屋根だけの射撃ゾーン用の建物があり、その二〇〇メートル先には傾斜をつけた土壁が高く盛られていた。

 生徒達の準備が整って集合。授業を開始し、午前と同じように佑一が自己紹介をする。寺井が説明し、そのまま授業へと入る。

 装備の確認を終えた生徒達は、離れた場所に看板型の的を立てる。教師の号令で整列。先に二年生の一クラスが横に一列に並ぶと、イヤーマフを装着。教師が持つ機械のブザー音を皮切りに射撃を始めた。

「佑一君」

 呼んだ寺井は一人の女子生徒を連れてきた。一六〇センチほどの身長。背中半ばまで伸びた黒髪が綺麗で、大人しそうな印象の顔立ちをした女子生徒だが、使い込まれたIARアサルトライフルを持ち、物怖じせず佑一を真っ直ぐ見上げて凛としていた。一目で訓練と実戦を積んだ実力者だとわかった。

「昼休みに話した部隊の話。彼女が隊長役を務める」

「普通科二年A組。古武こたけしおりです。ご指導、よろしくお願いします」

「三上佑一。こちらこそよろしく。あと、敬語じゃなくてもいいです」

 簡単な握手を交わし、古武栞は微笑む。

「同級生が先生なんて不思議な感じ」

「それについては同意見です。仕事だから仕方ない。不満だろうけど我慢してください」

「そんなことないわよ。見た感じ、私より多くの経験を積んでそうだから。それに、授業中は仕方ないけど、私にも敬語はいらないわ。ね? 三上先生」

「からかってますよね?」

 からかわれて困ってしまった。おそらく、今後もこうやってからかわれるのだろう。

「私のクラスの番がきたのでこれで」

 小さく会釈した栞は駆け足で自分のクラスへ向かう。

 二人のやりとりを見ていた寺井が口を開く。

「話せる人間が出来たのはいいことだ」

「先が思いやられます」

「すぐに慣れるさ」

 呆れて溜め息を漏らした佑一は周囲を見回す。

 しばらく探していると、演習場の端っこにいるのを見つけた。整備されていない木々の中で彼女──梨絵は小さく体育座りして本を読んでいた。その隣には、スーツ姿の女性が立っていた。

 視線を動かさずに寺井に問う。

「彼女は授業に参加しないんですか?」

 佑一の視線を追って、寺井も梨絵を見つけると「ああ」と頷く。

「彼女は参加しない。自衛隊所属にはなったが、一部の上層部と政治家達が武器を握らせることを頑なに拒絶している。横に居るのが彼女の担当官だ」

「……昼にも聞きましたが、梨絵が授業に参加しない理由はどうしてですか?」

「政治的理由。なんだけど、実はその前に事件を起こした」

「事件?」

「四月に所属してすぐ、模擬戦をやった。二、三年生合同の二四人に対し、梨絵が一人。梨絵の実力を測りたくて門倉校長が実施した」

「そんな考えで模擬戦をさせたんですか?」

「ああ。結果は酷かった。梨絵の圧勝は当然。問題は、相手をした生徒のほとんどが重傷を負った。中には二度と銃を握れないどころか、日常生活を送れない体になった生徒もいる。彼女は手加減を知らなかった」

「そうでしょうね」

 そうなることは容易だった。今の彼女なら、普通の人間相手なら当然の結果だろう、と。

「生徒内の反発とマスコミが嗅ぎつけそうになってね。校長が手回してマスコミは押さえた。彼女はしばらく見学授業ということになった」

「そういうことですか。ちょっと行っても?」

「大丈夫だ」

 佑一は授業の輪から離れて梨絵へと向かう。

 担当官に会釈して、静かに隣に立つ。読んでいる本はボロボロの背表紙で、題名も書いていない文庫本。見覚えがあった。足元に置いてあるもう一冊も良く見ると、それも見たことがある。研究所で読んでいた旧約聖書と新約聖書だ。

 青い背表紙は青黒くなり、角が剥げていた。何度も捲っているうちに捲る箇所は手垢で色がついてしまっている。何百回も読んだのだろう。

「梨絵は、授業に参加しないのか?」

「……」

 返答はない。反応も示さない。

 完全に自分のことがわからなくなったことを知り、落胆した。

 もしかすれば、どこか記憶の隅っこ残っているかも、と思った。しかし態度と表情で、そんな淡い期待は無意味だったと思い知らされた。

 昔の彼女を知っているからこそ、とても辛かった。



 佑一と梨絵が初めて出会ったのは、研究所の預かりスペースだった。三歳か四歳の頃、玩具で遊んでいた佑一とは違い、梨絵は本を読んでいた。梨絵は時々、呼んでいる本の一文を声に出していた。

 呼んでいたのは絵本ではなく、持ち込んでいた文庫本。旧約聖書と新約聖書だ。何度も読み返したのか拍子はボロボロになっていた。あまりにも熱心に読んでいたので、佑一は気になって横から覗き見た。子供にわかるものではなく、小さな文字がたくさん並んでいた。

「おもしろい?」

 佑一が聞くと、梨絵は少しおどおどした感じで頷き。再び聖書を読んだ。

 これが佑一と梨絵の出会いである。

 初めて出会い、そこから話すようになって仲良くなった。彼女が研究所にいた理由はわからないが、梨絵は佑一の友達になっていた。



 友達が何も反応を示さなくなってしまったことが、やはり悲しい。

 結局、それ以上言葉を発することなく、寺井の場所へと戻っていった。

 梨絵は佑一の後姿を少し見て、また聖書を読み始めた。


                ◇


 二時限分の授業時間を使って、広大な演習場で授業を終えた生徒達は、着替えを済ませて移動用のバスに乗る。

 学校に帰り、佑一は事務室にいた。戻った頃には既に午後の授業が終わるような時間帯であり、寺井は自分が受け持つクラスに向かった。

 ホームルームが終わり、寺井がやってきた。資料を沢山持ってきて、机に並べて重ねていく。

「君が頼んでいた資料を一通り揃えてきた。原本の持ち出しとコピーは禁止だ。まだ何かいるかい?」

「充分です」

「あと、これを」

 そう言って、寺井は一冊のファイルを渡してきた。中は生徒の一覧で、成績や性格はもちろん、宗教思考など様々な細かい事柄も記載されている。

「部隊に編成された生徒のリストだ。生徒との面識がないと大変だから参考にしてくれ」

「ありがとうございます」

「本格的なことは明日からにしよう。あと、数日中に君の実力を試す機会を設けるそうだ。気を悪くしないでほしいが、君の正体がわからない教員に信用してもらう為のテストだと思ってほしい」

「かまいません」

「改めてよろしく頼む」

「こちらこそ。よろしくお願いします」

 寺井は事務室を出る。信用できる人間であることは間違いなかった。

 一人になった事務室で、何度目かわからない溜め息を漏らす。この調子でやっていけるのか若干の不安があった。

 だが、悩んでいても片付く訳ではない。与えられた任務である以上、佑一は与えられた仕事を十二分に務め、こなすしかない。

 生徒名簿に一通り目を通そうと椅子に座った。夏にはいったばかりで、陽はまだ高かった。

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