第15話

 そういえば、結局なぜリヴェータが影の力について詳しかったのか、聞かずじまいだ。


 リヴェータ自身もその質問を忘れているのか、それとも答えたくないから別の話題に切り替えたのか。


 ただ、前に聞いたときの答えはもらえなかった。それだけは確かだった。



「アーノンさん、これって何かに使えませんか?」



 ルノは先日影の力を暴走させたときに手に入った海草メサンを籠一杯にして、家の炊事場を取り仕切っているアーノンの元に持っていった。


 この海草は食べられないものではないらしいが、美味しくないとリヴェータが言っていた。


 何百年も生きている癖に好き嫌いがあるのが何だかおかしい。リヴェータの子どもっぽい一面をルノは意外に思った。



「これってメサンか? しかもこんなに……。よく集めたな……」



 アーノンの表情は渋かった。


 彼もあんまり好きなものではなかったらしい。



「リヴェータ様は食べられないわけじゃないっておっしゃっていましたが……」


「だからってわざわざ食べたいものじゃない。ルノは食べたことないのか?」


「ないですね。美味しいんですか?」



 アーノンは苦笑いを浮かべて首を横に振った。


 よっぽど美味しいものではないらしい。



「何か薬なんかに使えないのか? ユニオンにいたならそういうの分かるだろう?」


「いいえ、私このメサンすら知らなくて……。だからもしかしたらアーノンさんならって思って……」


「悪いが俺もこれはちょっと。ルノが試しに食べてみたいって言うのなら、少しだけ調理するけど、どうする?」



 リヴェータも美味しくないといい、アーノンも食べたいわけじゃないという。


 だとしたら、怖いもの見たさで食べてみるのも一興だが、影の中には美味しいものが山とある。だとしたら、わざわざまずいらしいものを食べるのも何だかもったいない。


 でももしかしたら意外とイケるかもしれない。


 二人の味覚とルノの舌は違うかもしれない。


 それに味はあれでも魔女の薬として何か役立つヒントを得られるかもしれない。そういうものを探る魔法もある。



 ルノは一人悶々と答えに窮していると、不意に第三者の声が投げかけられた。



「少し作ってやれ。食べればどういうものか分かるだろう」



 リヴェータだった。


 炊事場の戸口から顔を出し、


 煩わしいことを厭う彼は、迷うルノの背中を蹴飛ばした。



 そして、アーノンはあまり気乗りしないまま、ルノからメサンで一杯の籠を受け取り、調理を始めた。


 そうして食卓に着いたルノの前に小皿に盛られたメサンの酢和えが置かれた。


 影から黒猫が出てきて、その酢和えに興味を示し、鼻先を向けるも、すぐにそっぽを向く。



「まぁ、美味しいものじゃないからな」



 フーの様子を見て、アーノンが言った。


 ルノもフォークを手にして一切れ口に運ぶ。



 口の中に海草独特のぬめりが舌を這う。酢の酸味が鼻を抜け、妙なえぐみが口の中に広がった。



 思わず顔を顰めたルノをリヴェータは鼻で笑う。



「ほら、美味しくないだろう」


「無理して食べきらなくていいからな」


「駄目だ。ちゃんと作った分は片付けろ」



 アーノンの優しさをリヴェータは一蹴する。



「そもそもお前が食べたいって言い出したんだからな」


「私は一言もそんなこと言ってないです」


「あ?」



 リヴェータは声を低め、ルノを睨む。図らずも彼と目が合い、ルノか恐怖で身を竦めた。


 ルノは仕方なくもそもそとメサンの酢和えを胃に詰めていく。その様子を黒猫のフーは信じられないような目で見つめていた。



 魔法の一つに、摂取した素材の特性を調べるものがある。


 もちろんそれは食べられるもので、食べても体に害のないものに限ってだ。


 ルノはずいぶん久しぶりにその魔法をとった。


 酢和えにされていても問題はなかった。


 要は素材さえ体に取り込めればいいのだから。


 ルノは辺りを見回して、誰もいないのを確かめる。正確にはアーノンがルノを見ていないのか、を。



 どうやら彼は調理の片付けに炊事場に消えたようなので、大丈夫だと判断して、ルノはこっそりと魔法を使おうとした。


 しかし魔法が全く発動しなかった。


 そのときようやくルノは何かおかしいと気が付く。


 魔力を感じないのだ。魔力を魔法に変換しようとして、まるでできない。


 

「え?」



 そんなこと、今までなかった。


 何度試しても、何度魔力を手繰ろうとしても駄目だった。


 

 ルノはちらりと部屋の窓辺で陽に当たりながら、毛づくろいをするフーを不安げに見遣る。しかし黒猫は動じた様子もなく、不安げなルノを不思議そうに見つめ返してきた。



 ルノ自身に何かあれば、ルノの生命力を糧にしている影の僕に何かしら必ず異変があるだろう。


 しかしフーが何とも無さそうということは、これは生命そのものを脅かす現象ではないということ。



 ルノは考えた。


 何が原因かといえば、やはり少量とはいえ海草のメサンを食べたことだろう。


 そもそもメサンはあの洞窟とその周辺に大繁殖していて、その原因が青ユリの妖精の魔力にあるとしたら、メサン自体に魔力に何らか影響を受ける素材であることは確かだ。


 そして摂取してもその効果を受けるということのようだ。


 まさかこんなまずい海草にそんな効果があるとはルノも驚きだった。



 少しすると魔力は再び感じられるようになった。


 食べたメサンが少量だったから、すぐに回復したのだろう。



 魔力を一時的とは感じさせなくなる、魔法を使えなくする素材というのはルノは今まで知らない。ユニオンでもそういう素材を扱っていると聞いたこともない。



 なぜ今までメサンという海草にそんな効果があることが知られていなかったのか、考えてみると、この海草がこのアスム地区ぐらいにしかないことと(もしかしたら他の場所にもあるかもしれないが、今現在はアスム地区の岩場でしか見つかっていない)、このアスム地区がユニオンと縁が遠いことだろう。


 まさに灯台下暗し。


 こんな珍しくて、特異な効果の素材がこんなところにあるなんて。


 そしてルノはこのことは自分だけの胸に秘めておくことにした。



 エルウィンの下で、情報がいかに価値があり、時には武器や交渉材料になるのだと嫌でも知ったからだった。

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