第14話

「竜晶石だ」



 父になぜ王太子が負け、追い払われたのかと問うと、そんな単語が返ってきた。


 そしてまるで誰かに聞き耳を立てられるのを恐れているように声を潜めた。



「彼女はそれを持っているから王妃も敵わなかったんだ」


「それは本当なのですか? 王妃様は強い魔女だったではありませんか」



 父がなぜ声を潜めるのか分からず、息子は声の調子を変えなかった。その息子の態度に父は眉を潜めた。



「それでも敵わなかったんだ。だから負けを認め、逃げる道をとった」


「そんな、あんまりではありませんか。仮にも一国の王妃と王太子でしょう? 逃げるなんて、無責任だ」


「イグニス」



 父は諌めるように息子の名を読んだ。



「この話はここまでだ。お前ももう少しすれば分かるだろうな」


「私はもう十四です。子どもではありません」



 子ども扱いされたことにムッとして、イグニスはそう噛み付いた。


 その様子に父は苦笑を漏らす。



「そうだったな。だがお前は真っ直ぐすぎる。考えたことをすぐに口に出す悪い癖がある。その癖で要らぬ諍いを招きかねない。気をつけなさい」









        ●  ○  ●









 夢だ。


 久しぶりにこの夢を見た。



 フーがマルセリアの森でのんだ人間が影に侵される際に見る夢だ。


 もうアルディオンは完全な影の僕だから、別の人間の記憶だった。


 夢の内容はおぼろげになってしまったが、一度この夢を見たことで、ルノの中に影に侵されつつある人間のことが分かってきた。


 彼はイグニス。


 アルディオンと同じく王都に住む貴族の一人。ただ彼の場合は武芸に秀でていたので、騎士の道を選んだようだ。


 彼が影の僕になったら、用心棒として使えるかもしれない。


 ルノは戦う力に乏しいから、危険な場所にいけず、素材採取も場所や時間が限られてしまう。



 ルノがアスム地区の岩場の洞窟で影の力を暴走させて二日経った。


 力の暴走により、洞窟を中心に大繁殖していた海草メサンを取り除くことができたが、まだ洞窟内の魔力に手を付けられていない。早いところ魔力を何とかしないとまた繁殖してしまうだろう。



「これでしばらくお前の力の心配は無いな」



 無事に影の力を暴走させたルノは、しばらくは影の力の心配をしなくていい。そのことにリヴェータも安心したようだ。



「リヴェータ様は影の力について詳しいですか?」


「どうしてそんなことを聞く」


「いえ、今日夢を見まして。それが影に取り込んだ人間の記憶らしいんです。これも影の力ですよね?」


「それは影の追憶だ。お前の言った通り、影に取り込んだ者の記憶を夢として垣間見ることがあるという。さらに影に取り込んだ人間の記憶をも手に入れられるらしいな」



 リヴェータはやはりルノより影の力に詳しかった。


 このとき初めてルノはその現象が『影の追憶』だと知ったのだ。



「なんか、影の力ってすごいですよね。本当にいろいろできて……」



 言うなれば規格外。


 こんな力が実在するということすら嘘のようだった。



「その力は珍しい。お前も気付いているかもしれないが、その力は特別だ」


「どういうことですか?」


「本来竜の力は元素に基づく力を持っている。俺の風、アーノンの火と熱」



 そういえばシアンも氷。あれも元素に基づく力だ。


 そう考えると、ルノの影の力は明らかに系統が違うもの。



「影の力は元素に基づかない。それがなぜか分かるか?」



 ルノは首を横に振った。



「元々竜は持っていない力だったんだ。あるとき急にその力が現れた」



 それがどういうことなのか分からず、ルノはリヴェータの説明に耳を傾ける。



「竜の歴史から語ってやろう。お前は竜がどこから来たか知っているか?」


「帝国が北にあるので、北の方からですか?」


「いいや、月だ」


「はっ!?」


「この地に月が二つあるのはお前も知っているだろう。百年ごとに入れ替わるあれだ。今は魔女の月イクミュスが昇っているが、前は我らの月セヴィアルが昇っていた。竜の祖はそのセヴィアルからこの地にやってきた」


「月って……。冗談ですよね? どうやって来るっていうんですか?」



 ここに魔法はあっても科学は発展していない。だから宇宙船なんてものはないはずだ。



「翼があるから飛んできたに決まっているだろう」


「まさか」


「お前も北へ逃げていく竜を見ただろう。我らの祖はあの姿で、この地に降り立った」


「どうしてこの地に来たんですか? もしかして月に住めなくなって逃げてきたんですか?」



 避難してきたなら、別の星に移るということが納得できる。


 それにしても宇宙空間を耐えるなんて竜はルノが思う以上に頑丈な生き物のようだ。



「今の月の状況などオレには分からん。祖たちは強さと意志の証明のためにこの地に渡ってきたと聞いている」



 そういえば前世の地球では昔、宇宙進出で大国同士が争っていたな。それと同じようなものだろうか。



「それじゃあ竜っていつか月に帰るんですか?」


「帰りたいやつはいるかもしれないが、難しいだろうな。先日の皇国船団の竜を覚えているか」


「青い……。紺色の竜でした」


「あの鱗の色からしてやつは水の竜だろう……。いや今はそんなことはどうでもいい。あの竜の体に纏わりついている黒い雷のようなものを見たか」


「はい、あれは何ですか」



 あの黒い雷、思い出しても良い感じはしない。



「あれは制約だ。竜はその身一つでこの大地に渡ってきたが、この大地は竜を受け入れようとしなかった。だから大地は竜という異物を排除するためにあの黒い雷で竜を攻撃する。俺たちはそれを制約と呼んでいる」


「でもリヴェータ様は今制約を受けていませんよね?」


「それは力を抑え、人の形をとっているからだ。それに空を渡るというのは竜にとって難しすぎることだ。伝説でも多くの竜が脱落したというしな。祖が来た道を辿るより、この地で力を抑えて暮らすほうがずっと楽で現実的だろう」



 月に戻るためには元の姿に戻る必要があり、元の姿に戻ると大地から制約を受ける。


 さらに空を渡るのは元の姿になっても必ずしも達成できるわけではないとなると、確かに今竜たちが選んでいる、この地で人の姿をとって暮らすというのが無難な選択だった。



「お前の影の力は我らの祖たちがこの地にやってきてから現れた。それまでは竜にそんな力を持つ者はいなかった」


「この地特有の力ってことですか?」


「そうとも言えるかもしれないな。だが我らとてそれが何を意味し、なぜその力が現れたのか、分からないでいる。そして影の力だけでなく、他にもそれまで無かった力が現れている。もしかしたら、竜という生き物がこの地に適応した結果かもしれないな」

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