第11話

 それからしばらくリヴェータの元で過ごすようになると、ルノは自分の置かれた状況を少しずつ分かってきた。



 リヴェータは初めてルノと目が合ったときから、ルノが自分の下にいない竜の子として気にかけていたらしい。


 だがルノはエルウィンの運営するユニオンに所属していたために手が出せずにいたのだとか。



 だから大海蛇の前で語ったように一度はオルミスを離れたが、エヴァンが戻ってきたことをいち早く知るとオルミスに戻ってきたという。


 なぜエヴァンが戻ってくる理由になるのかは分からないが、別にエルウィンに協力してやろうとは考えていないようだ。


 第一彼はエルウィンを良く思っていない。それは魔女だから、というよりその人間性が気に入らないという面が強いからだろう。



 それにしても不思議なことになってしまった。



 ユニオンにいたときは竜の子であることを隠さねばならず、リヴェータに引き取られてからは魔力持ちであることを隠さなければいけないとは。


 そして竜や竜の子というのは自分が上と直感した相手には命に関わるなど、よほどのことがない限り逆らえない生き物だと、ここに来て数日で実感した。



 だからルノは竜であるリヴェータに従い、ユニオンからここまでやってきてしまったわけだ。



 もうあの行動で、ルノはエトたちに自分が竜の子だと宣言してしまったようなものだ。


 エルウィンには気付かれていたにしても、そういう証明行動だけはしたくなかった。


 そして今現在もリヴェータの下にいるということで、彼に守られているからなおさら彼に頭が上がらない。



 リヴェータの下での暮らしはすぐに馴染むことができた。ユニオンにいたときより気楽で、のんびりとしたもので、まさに羽根を伸ばせる生活だったのもある。


 竜の子の力、影の力を隠さないでいい、というのはそれぐらい楽だった。


 リヴェータからは家事の一部を任されていたが、元々一人暮らししていたからそれらは苦にならない。何よりルノにはアルディオンがいるから、自分でやらなくてもいい、という利点もあった。



「ルノ、洗濯終わったか?」



 体格のいい、赤毛の男が戸口からルノに声をかけた。


 彼もルノと同じ竜の子で、アーノンという名前だった。


 リヴェータがその庇護下においている竜の子の一人で、年は百は越えているが五百には至らない、竜にとっても若い竜の子だった。


 ちなみに彼の力は火と熱で、彼は主に炊事をリヴェータに任されていた。



「はい、まだ何かできることはありますか?」



 振り返って彼と目を合わせても恐怖は感じない。いつか世話になったシアンと同じく奇妙な親近感を抱いた。



「今日はこんなものだろ。先生も出かけているし、あとは夕飯まで気ままに過ごそう」


「そうですね」



 アーノンはリヴェータのことを先生と呼んだ。


 ルノもそれに倣うべきかもしれないが、特に何も言われないので、ずっと様付けで呼び続けていた。



 今現在リヴェータの下にいる竜の子はルノを含めて三人。一人はルノが来る前からリヴェータにお使いを命じられているらしく、ずっと出ていた。だからまだルノは会ったことはない。


 普段竜の子だけで家のことを回しているらしく、ラナケルでの大紅葉の屋敷よりは狭いこともあって、手分けしてやればすぐに終わってしまう。ルノに割り振られている仕事は掃除とか後片付けなので家事というよりお手伝い程度で済んでいるような気がした。



「リヴェータ様ってここで何の仕事をなさっているんですか?」



 彼は今出かけていた。


 彼の下にいる三人の竜の子の生活も支えているので、何かしら仕事をしているのだと分かっていたが、それが何なのかは知らなかった。


 ただ毎日朝早くに出て、昼前頃に戻ってくるというのがリヴェータの日課だった。


 それにリヴェータの住んでいるこの異国風の家に外に目立つように垂れ幕が下りているから、何かしているとは分かっていた。



「先生は風読みをされているんだよ」


「風読み?」


「ルノは先生が風の竜だって知っているだろう?」



 ルノは頷く。


 影の力も便利だが、風の力も侮れないとリヴェータを見ていて思った。


 まるで念力のように離れたところの物を自在に動かせるのだから。はじめて見た時は理解できず、リヴェータの力は念力か何かだと勘違いしてしまった。


 力は使い方次第だ。


 魔法はあらゆる現象を広く浅く起こせるが、竜の力は一つの現象を狭く深く扱えるという違いがあった。



「ほら、オルミスって港町だろ。漁師とか船乗りとかに風の流れを教えて対価を得ているんだ」


「なるほど」



 天気予報みたいなものか。それなら海で仕事をする人にとってありがたい情報だろう。


 オルミスではすっかりエルウィンやユニオンが幅を利かせていると思いきや、アスム地区のように貧しいところではユニオンとは縁のない。


 ユニオンの薬も商品も今思えばなかなか値が張る。確かにこの辺りの人は手が出せないだろう。


 そういう人たちを相手にしているのがリヴェータだった。


 そもそもリヴェータはここで暮らして数百年が経つという。


 アスム地区の前身となる小さな漁村もその当時からあり、王国が帝国に対抗するために西海岸の拠点を建造したことでオルミスという街が生まれ、人の流入と当時に拡大し、小さな漁村も飲み込まれてアスム地区というオルミスの一部になったそうだ。


 そしてエルウィンがオルミスを訪れたのは王位継承争いの後、今から二十五年ほど前のこと。オルミスの長い歴史で言えば、彼女はまだ新参者だった。


 だとすると、昔からここに住んでいる人々やリヴェータにとって、エルウィンは余所者に見えてしまう。


 魔力持ちと竜というだけでなく、そういう関係の溝が両者の間にはあったのだ。



「しっかし、お前も大胆だよな。よく無事だったな。エルウィンの下で」


「そうですね。もしかしたら成長するのを待たれていたのかもしれません」



 ここではルノは竜の力を魔法と偽り、エルウィンを騙していた、となっている。


 それが竜や竜の子にとって胸をすく出来事だった。それもあって、ルノはここで好意的に受け入れられたと思う。



「だとしたら、あの女も怖いな。獲物を手元で育ててるって事だろ。それって仲間とかじゃなくて家畜じゃないか」



 全くその通りなので、ルノは苦笑いを浮かべる。


 ルノはまだ若い。幼いと言ってもいいほどだ。だから竜の力も未熟で、その魂も竜晶石を作り出せるほど成熟していない。だから、エルウィンも手を出さなかったのだろう。


 ルノは彼女にとって金の卵を産む鶏の雛だったのだ。



「でもどうして私をリヴェータ様に引き渡したんだろう」



 そこがルノが気になっていた。


 そして右手首を左手で摩る。そこはかつてユニオンの所属の証である腕輪が嵌められていたところだった。


 その腕輪はこの屋敷に来てすぐにリヴェータに外された。一年以上ずっと付けていたから、何もないことがまだ少し落ち着かない。



「んー、オレもすべてを知っているわけじゃないけど、先生がエルウィンに何かを申し入れて、その対価としてルノを引き取ったって聞いてる」


「え、それってつまりリヴェータ様がエルウィン様から何かを引き受けたってことですか?」


「そうなるな。でも先生は別にエルウィンのためじゃなく自分のために何かをしたいのであって、ルノはそのついでって感じだと思うな。あんまり気負うことはないよ」

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