第8話

「え?」



 竜は、その力で二つ名が付くと聞いたことがある。



「何でも帝国の腹心の一人で、大陸南下の指揮を執っていたんだって。でも月が変わる前に急に戦線からいなくなったって」


「誰かと交代したとか……?」


「でも不思議じゃない? 月変わりの前に替えるとか。月変わりまでにできるだけ南下したほうがいいのに」


「何か事情があったのでしょうか。魔法で帝国を探れないのですか?」


「僕たちが魔法を持つように、竜は強靭な体と、特有の力を持っているからね。それに純粋に力でもあっちの方が強い。だから僕たちは帝国の大陸統一を抵抗するぐらいしかできていないんだ。竜は無謀だけど、強い」


「そういえ皇国が攻めてきたとき、エルウィン様が使われた竜晶石、戦線から送られてきたって言っていましたが、もしかして」


「そうだよ。父様がエルウィン様に贈ったんだ」


「って事はエヴァンさんは戦線で竜を討たれたんですね。すごい」


「いや、あの竜晶石は竜の子らしいんだ。父様も本当は竜を討ちたかったって。もっと言うと影の将軍を討ち取りたかったって」


「皇帝の腹心ならそうですよね。その影の将軍ってどれくらい強いんですか?」


「影の将軍がいるだけで、帝国軍の兵士が増えるんだ。影の将軍の力で、影の軍勢が現れるから。だからアイツがいると戦況が帝国側に大きく傾きやすくなる」



 その影の軍勢というのを詳しく聞いてみると、みんな一様に浅黒い肌に、黒い頭髪。そして黒一色の防具と武器を手にしているのだという。


 その外見的特長は、ルノが気に入っている影の僕、アルディオンととても良く似ていた。



 きっと、いや、間違いなく似ているんじゃない。同じなんだ。


 だからその影の軍勢というのは、影の僕の大群だということ。それも全て人間の僕なのだ。


 影の僕をそうやって使うとは、ルノは思いもよらなかった。きっと力の差があまりにも歴然としているからだろう。


 ルノはこれ以上突っ込んで疑われるのも良くないと話題を変えた。



「そういえばエトってエルウィン様のことをおばあ様って呼ばないんですね」


「昔からエルウィン様のことはエルウィン様って呼んでる。僕を育ててくれたのもエルウィン様で、おばあ様ってうより母親って感じだし。それに実際にそうでもやっぱり見た目がそうじゃないんだから、おばあ様は悪いよ。それに、一応僕もユニオンの一員だしね」


「魔力持ちは老けにくいですしね」



 女性は若さにこだわることもあるが、魔力持ちは実際に若いままだ。だから、どうしてもそういうことが起こるという。


 でもいつか魔力持ちは子どもができにくいとも聞いたことがあるのけど、エトの家系を見るとそうでもないかもしれない。



「それにエルウィン様は鋭いですよ。この前の魔法の板の実験のこと、どうやら知っているみたいです。追求はされませんでしたが」


「あちゃー、やっぱりばれていたんだ。仕方ない。ユニオンに報告しようか。今ならまだ見逃してくれるだろうし」


「まだ利益は出ていないからセーフですよね」


「だね。エルウィン様が優しくて良かった」



 いきなり怒るより、釘を刺してくれたのだから、そうとも言えるだろう。ルノはエトに合わせて笑っておいた。



「そうそう、ルノ。とっておきの情報があるんだけど」


「何ですか?」


「近々、傷薬とか精力剤とかがユニオンの買取額が引き上げられる予定だよ」


「本当!?」


「もちろん。父様が帰ってきたからね」


「エヴァンさんが関係しているんですか?」


「ルノってさ、今から二十年……。二十五年ぐらいかな。それぐらい前に起こった王位争いを知ってる? 僕も生まれる前のことだから実際は知らないけど」


「話には聞いたことがあります。王太子と今の国王が争ったのでしたね」



 ルノが師匠と森で暮らしていたところは、王国ではないともう分かっていた。


 平凡な村のそばの森。今思えば、のどか過ぎて、世俗とか政治とかに無縁だった。


 師匠からとばされて王国にやってきたルノは、ラナケルでこの王国について多くを知りえた。


 王国の王位を巡る争いは、前王の息子で王太子として認められていた者と、王族の一人だが、末席にいて王位からは遠かった今の国王との間で行われた。


 どんな争いが起きたのか、ルノも具体的には知らないが、その争いによって王国の貴族が二つに分かれ、国王が即位したとき、王太子に味方したものは今現在も冷遇されているという。



「実際に争いで騒いだのは、王都のある東部で、こっちの西部は対岸の火事って感じだったみたい。だからエルウィン様もこっちに逃げてきたんだって」


「へぇー、エルウィン様って元々東部にいらしたんですね」



 ユニオンも設立して二十数年というから、その頃始めたのだろう。


「東部っていうより、王都かな。エルウィン様は前の国王の妻だったから」


「はっ!?」


「もしかしてって思ってたけど、本当に知らなかったんだ」


「待って。それじゃあエヴァンさんって」


「元、王太子だよ」


「それじゃあ王位争いで敗れたのも」


「父様だ。父様の王位を奪った後、国王は父様をカナス公国に送り込んだんだ。元々カナス公国から援軍要請が来ていたんだけど、父様をそういう形で厄介払いしたんだ」



 エトは言葉に怒りを滲ませる。


 エヴァンは王太子だった。そしてその母であるエルウィンが前国王の妻であったというのなら、今のエルウィンの権力の理由はそのときの地位に由来するのだろう。


 彼女が今オルミスでその権威を揮っているのは、彼女やエヴァンを支持する者が多くいることを示している。



「父様はカナスでの戦況を落ち着けて、密かに帰国したのは、エルウィン様や僕に会いに来たのもあるけど、本当の目的は、奪われた王位を取り戻しに来たんだ。だから父様は兵を挙げて、王都に向かうつもりなんだよ。まだどうなるかはっきり分からないけど、実際に戦いになるかもしれない。だから、ユニオンはそれに備えて薬を多く仕入れたいんだよ」


「そういうことなんですね。それじゃあたくさん作ってユニオンに納めたら、エヴァンさんたちのお役に立てるってことですね」


「ありがとう、ルノ。使わなければいいのだけれど、使うことになったら大事に使わせてもらうよ」


「エトもエヴァンさんと一緒に行くのですか?」


「もちろんだよ。僕だけオルミスでお留守番なんてできないよ。エルウィン様は残って欲しいみたいだけどね」


「エルウィン様は残られるのですね」


「残らないよ。父様とは別行動だけど、王都に行くって」


「そんなことして大丈夫なのですか?」


「大丈夫だとは言えないかな。でもやらなきゃいけないことだから」


「でもそれだとオルミスはガラガラになっていまいますね。また海から攻められないといいのですが」


「大丈夫だよ。海上将軍は残るしね。それにオルミス周辺の貴族はみんな父様の味方だから」



 話を聞いていると、どうやらこの王国は西と東で未だ対立が続いているようだった。


 そして魔力持ちを頂点とする西側のほうが長期戦において圧倒的に有利であり、前の王位争いから二十年以上のときを経て、確実にこちらが有利に傾いているようだった。



「でも、エト。私がこんなにいろいろ聞いてよかったのですか? もちろん誰かに言うつもりはありませんが、聞きすぎているような気がして……」


「ルノはユニオンの人だし、大丈夫だよ。多分。それにオルミスの人だったらエルウィン様が元王妃だって知っているし、先日の皇国船団の件で国王に対しての反感も強まっている。そのうち父様が戻ってきたことも知れ渡るし、察しのいい人ならすぐにこれぐらいのことは予想できると思うよ」


「だとしたら、エトが一足先に教えてくれたから、薬を用意するなら今のうちですね」



 ユニオンではルノの実力は底辺だ。だから、情報で差をつけることができる。


 エトがこの情報をくれたのも、おそらく今仮初の無一文状態になっているルノを手助けしたいと思ったからだろう。



「頼むよ、ルノ」


「任せてください。でもエト。エヴァンさんが王位を取り戻されたら、エトはやっぱり王都に行くんですか?」


「多分ね。ユニオンもどうなるかは分からないけど、今まで通りとはならないと思う。ルノはさ、どうする?」


「どうって」


「オルミスに残る?」


「それはまだ何とも言えません。どうなるかも分からないのに」



 エトを前にして、エヴァンが負けるとはとても言えない。だがエルウィンがいるのだから、王位ぐらい取り戻せるような気がする。



「だったらさ、僕と一緒に来ない?」


「王都にですか?」


「そう。父様はまだ若いから僕が王位を継ぐことはずっと先だろうし、魔法の腕もまだまだだし、学ばないといけないこともたくさんある。だから、すぐにどうこうなるわけじゃないと思う。だからさ、今みたいにルノに時々会いに来れると思うんだ。だからすぐに会いに行けるように王都に来ない? 僕のわがままかもしれないけど、王都ならまだ商売敵が少ないと思うんだ。ルノにとっても悪い話じゃないと思う」



 ルノは、ユニオンに所属して少ししてから、ユニオンの枠組みが窮屈に感じていた。


 ラナケルのときみたいに一人で魔女の店を開いて細々と生きるのが、性に合っているような気がしていたのだ。


 ラナケルのときが自営業の魔女なら、ユニオンの魔力持ちは雇われ魔女だと言える。


 エトの申し出は悪くないように聞こえた。



「でもエルウィン様も王都に行かれるのでしょう? ユニオンもそのままあちらに持っていかれるのではないですか?」


「けど、今みたいに全てをエルウィン様が担うことはないと思う。政務にも関わるだろうし。人に任せるか、それとも共同代表を立てるか。やっぱりはっきりしたことはいえない。でもさ、ルノ。僕はルノに王都に一緒に来て欲しい」


「ごめんなさい、私、まだはっきりしたことは言えません」


「分かった。今はいいよ。でもいつか僕は君を迎えに行くね。絶対に」

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