第7話
エトが驚く以上にルノは驚いていた。今日は一体何回驚けばいいのだろうか。
エトそっくりなエルウィンの息子エヴァンは、エトの実の父だったのだ。
だから、エヴァンがエトに似ているんじゃなくて、エトがエヴァンに似ているのだった。
エトは祖母に当たる師匠エルウィンとはさして似ていなかった。だからこそ、今日まで二人が血縁者とは夢にも思わなかったのだろう。
それにしてもエルウィンに孫がいるとは。
見た目は三十代前半ぐらいなので、想像もしなかった。
その日は、エヴァンが持ち帰った大陸中央部にある、カナス公国という国の菓子を皆で楽しんでから、日が暮れるころにお開きとなった。
より詳しい話を聞けたのは、後日エトがルノの部屋を訪れたときだった。
あの魔法の板のこともどうやらエルウィンに勘づかれているので、中止なり方針転換なりしなければならない。
そう考えていたが、話題はすぐに先日のエヴァンの帰国になった。
「それにしてもエトって父親似だったのですね。エヴァンさんに会ったとき、エトだと勘違いしてしまったんです」
「僕もびっくりだよ。十年ぶりに会ったけど、まるで鏡を見ているみたいだった」
何でもエヴァンは十年前もこっそりと帰ってきたそうだ。
どうしてこっそり帰ってくる必要があるのかは分からないが、そのときは数日でまた王国を発ってしまったそうだから、エトもエヴァンの顔がおぼろげにしか覚えていなかったという。
「エヴァンさんって、何をやられている方なのですか?」
エルウィンの息子だからと言って、ユニオンの人間ではなさそうだ。
かといって、世界各国を回る貿易商にも見えない。
もっと厳しい世界に生きているのだと知らしめる雰囲気を漂わせていた。
「父様は将軍なんだ。この王国のね」
「えっ、将軍? エヴァンさんが?」
軍人だと言われたら、確かに腑に落ちるが、しかし全ての疑問を解決できるわけではない。
王国の将軍だったなら、なぜ国外に出ていて、しかもこっそり戻ってきて、それもなぜ王都に戻らないのだろうか。
「そう、王国の友軍としてカナス公国の北に行っていたんだ。ほら、今あそこで帝国と戦っているでしょう?」
「戦線で?」
「もちろん」
大陸の北の大半を支配する帝国は侵略を南下させつつある。南方諸国はそれを食い止めようと必死で、各国から援軍を派遣し、対帝国への防戦を敷いている。その戦場のことを戦線と呼び、戦線は少しずつ北上しているとは噂に聞いている。
「王国に戻ってきてもよかったのですか? それに戻るなら王都なのではないですか?」
「いいんだよ。王都に行ったら父様殺されちゃう」
それは職務放棄という理由で、だろうか。
エトは苦笑いを浮かべるだけで、特に説明をしてくれなかった。
「前にオルミスに皇国船団が攻めてきただろう? あれも帝国が一枚噛んでた。でも僕たちは撃退したんだ」
エトは僕たちという部分を強調して、軽くルノにウインクを飛ばした。
「それと同じように戦線でも南連合軍が帝国軍を押し返して、戦線を北上させることに成功しているんだ」
今戦線があるカナス公国は長年帝国と戦っていたが、徐々に帝国の南下を許してしまい、五十年のときを経て、領土を三分の一まで奪われてしまったという。王国としても大陸中央部の主要国である公国を失えば、後は小国が並んでいるだけ。下手すれば彼らは帝国に寝返りかねないために、公国を死守する必要があった。
だから今より二十数年前、エヴァンを将とした王国の援軍がカナス戦線に送り込まれたという。
当のエヴァンは戦線の状況が落ちついたので、一旦は副将に戦線を預け、極秘に帰国したそうだ。
「へぇー、それじゃあ今の帝国は負け続きってわけですね」
「そうだね。ざまーみろだ」
帝国は王国では嫌われている。しかし竜の国とあってか、ルノは勝手に親近感を抱いていた。
しかし竜というのは魔力持ちに比べてずっと長命だ。
帝国の皇帝は竜でもう何百年とその座に君臨し、大陸統一を悲願としている。
「でもエヴァンさんが帰国していると帝国にばれたら、帝国が戦線を押し戻してくるんじゃないですか?」
「大丈夫だよ。今はイクミュスの月が昇っているから」
「月?」
この世界には月が二つあるのはルノも知っている。一つは今夜空に昇るイクミュスと呼ばれる月。もう一つはセヴィアルという名前の月だ。外見上は大して変わらないらしく、どちらも白い月だという。そして不思議なことに、この二つの月は百年ごとに入れ替わる。
ルノの記憶には、イクミュスの月しかない。
と、いうのも生まれる前に月変わりが起きてしまったからだ。
イクミュスの月になってからまだ三十年ほど。月変わりまで時間があった。
「あれ、ルノ知らないの? イクミュスの月のときは竜の力が弱まるんだ」
「そうなの!?」
それは全く知らないことだった。
「らしいよ。竜に聞いたわけじゃないけど。その代わり、僕たち魔力持ちの力が強まる。だから帝国を押し返す絶好の機会ってわけだ」
「なるほど」
百年ごとに竜と魔力持ちの力関係が入れ替わっていたら、確かに帝国の大陸統一は難しいかもしれない。
「ああ、でも父様が言うにはね、カナス戦線を押し返せたのは、アイツがいなかったからなんだって」
「アイツ? 帝国の竜ですか?」
「そう、帝国の影の将軍」
影。
その言葉にルノの鼓動は一つ大きく脈打った。
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