第6話

「港からここまで、彼女に案内してもらった」


「まぁ、そうなのですか。うちの息子がお世話になりましたね、ルノ」


「いえ」



 ルノは目の前の二人の関係がなかなか信じられない。


 エルウィンは正確な年は知らないが、百を越えているのは間違いない。だからエヴァンのような大きな子どもがいてもおかしくないが、それでも二人が親子だとはなかなか認められない。


 エヴァンとエトは似ているが、やはり兄弟なのだろうか。だとすると、エトとエルウィンは実の親子だったのだろうか。


 エトとエルウィンは師弟関係でもあるから、呼び方もそれに倣ったものにしているとか。



「ところでエトは?」



 エヴァンは尋ねた。



「友人のところでしょう。最近は海運会社の者たちと何かしているようですからね。ねぇ、ルノ」


「えっ!?」



 エルウィンの鋭すぎる不意打ちは、ルノの痛いところを突いた。


 エルウィンは海上での実験を知っている? もしそうだとしたら、一体どこまで知っているのだろうか。


 混乱するルノを放っておいて、エルウィンは続ける。



「それにしてもよく戻ってこられましたね。戦況は落ち着いたのですか?」


「そんなところだ。詳しくはまたゆっくり話すよ。将軍にも会いたいからな」


「そうですね。でもまずはエトを呼びましょう」



 エルウィンは歩き着いたカウンターに置かれていた紙を一枚取ると、呪文を紡いで、宙へと放る。放られた紙は宙で独りでに形を変えて、鳥の形になると、開いていた窓に向かって滑空し、外へ出ると薄い翼を動かして羽ばたき、どこかへと飛び去った。



 エルウィンがエトを呼び出すときに使う方法だ。


 エトの元にあれが訪れると、すぐにエトはエルウィンの元に戻ってくる。


 弟子は師匠に逆らい難い。だから、すぐにでもエトは現れるだろう。



「まずは荷をほどきたい。それに、みんなに土産があるんだ」


「そんな気を遣わなくともよいのに」


「私が好きでやっているんだ」


「分かりました。談話室に行きましょう。皆を呼びましょうか」



 エルウィンはすぐにユニオンの職員や、たまたまユニオンを訪れた魔力持ちたちに声をかける。みんな珍しい異国の菓子が口にできると知ると、喜んで談話室に集まった。



 談話室はユニオンの納品などを行う広間の隣にある。ユニオンのサロンといったところで、ユニオンの魔力持ちたちがここで自由に話せるようになっていて、ルノもここをよく利用する。



 談話室はすぐに十数人の人間が集まり、和気藹々とした賑やかな空気に満ちる。


 ルノは久しぶりに口にしたアンガリア産の茶葉の香りを楽しみつつ、机の上の焼き菓子を手を伸ばした。



「あれがエヴァン様?」


「そうみたい。本当、エトって彼そっくりなのね」



 ルノの耳に、誰かの会話が滑り込む。


 彼女たちは部屋の奥のほうで話し込むエルウィンとエヴァンを伺っているようだ。



 どうやらルノだけでなく、エルウィンの息子エヴァンを目にするのが初めての人も多いようだ。そもそもルノはエルウィンに息子がいることすら知らなかった。


 それにしてもエヴァンは本当にエトと瓜二つ。


 エルウィンと話し込んでいる彼を何度もエトと見間違える。


 ルノにとってはエトとエルウィンが話している様子の方がずっと見慣れた光景だった。



「師匠ー」



 エヴァンとよく似た、でもどこか高くて幼さや無邪気さを感じられる声が談話室に響く。


 エトだ。


 エトが無配慮に声を張り上げたので、談話室の空気が止まり、人々の視線が彼に集まった。


 エトはうろたえたが、その向けられた顔の中にエルウィンを見つけると、「あっ」と声を上げる。



 エトはパッと輝くような笑顔を咲かせる。



「うそ!? もしかして、父様!?」

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