第4話
「それじゃあ、この花を細かく刻んで、この樹液と和えておいて」
ルノは樹液で満ちた瓶をアルディオンの前に置き、指示を出す。
アルディオンはフーのように喋らないが、了承したと頷き、包丁を手に取り、指示された作業に取り掛かった。
人間の影の僕は、とても便利だ。
どこかの黒猫と違ってちゃんと言うことを聞くし、人間だから知能も高くて、手先も器用。
アルディオン本来の暗殺術はルノには必要ないので、家のことや、魔法薬作りを手伝って貰う。
彼は元々貴族で、家事はしたことがなかったが、暗殺者であることもあって、身体能力が劣っているわけではない。だからルノが教えれば、すぐにできるようになった。
だからすぐにルノの狭い部屋の家事の一切をアルディオンが担うようになった。
しかし部屋は狭く、ルノしか実質住んでいないので、すぐに終わってしまう。手持ち無沙汰になった彼をただ影の中で休ませておくのは何だかもったいなくて、魔女の仕事の手伝いをさせるようになった。
と、言っても彼は魔力を持っていない。
魔力という抵抗力を持っていなかったからこそ、影への侵食が早かったのもあるだろう。サラマンダーよりずっと早かった。
魔力を持たないから、魔法薬の全ての工程を担うことはできないが、大事な魔法を使うところ、魔力が必要な箇所をルノが担い、それ以外の作業をアルディオンが行えば、ずっと効率的に薬の作成ができた。
こうすればルノも手が空き、アルディオンも暇しない。
影の僕はルノの生命力で活動しているし、給料を求めてこない。
彼は本当に従順で、どこかの黒猫と違って文句も言わないし、言うことを聞くし、つまみ食いも全くしない。
理想の僕だ。
まさに僕の中の僕。
フーには彼を見習って欲しいものである。
そういえばまだ影の中には四人いる。彼らはまだ影に侵されきっていないが、そのうちアルディオンのような立派な僕になるだろう。アルディオンのように雑務を行える人手が増えるのは非常に嬉しい。今からとても楽しみだった。
アルディオンが合えた物を水で薄めて、瓶に詰めていく。
そのときガスが発生するので、瓶の蓋はガス発生が収まるまで締めることができない。なので、水を注いだら机の上に並べていった。
『おなかすいたー』
いつの間にか瓶の並んだ机の上に黒猫がいて、作業を進めるルノをその円らな瞳に映していた。
「駄目よ、フー。下りて」
まだ作業は残っている。蓋を閉めるときに魔法を使わなければならないのだ。
しかしフーはお構い無しに机の上を闊歩し、ルノはヒヤヒヤする。
「ほら、フー」
『イヤー』
ルノは水を注いでいた手を止めて、机の上のフーを後ろから抱き上げ、無理矢理降ろそうとすると、フーは嫌がるように四肢をバタつかせ、後ろ足が机の縁にあたり、そして机が大きく揺れる。瓶も、瓶の中身の薬も揺れ、まるでボーリングのピンのように一本が倒れると釣られるようにガチャガチャと音を立てていく。
ルノもフーも目の前の光景にただただ呆然と見ているしかできなかった。
フーは体を捻ると、易々とルノの手から逃れる。
呆然としていたルノは反射的に手を伸ばすが、黒猫はもう手の届かない窓辺に立っていた。
そしてとても可愛らしく『にゃあ』と鳴くと、そのまま開いていた窓の外へと体を投げ出して、どこかへ行ってしまった。
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