第14話

 ルノの財布は少し潤った。


 と、言うのもユニオンに加入する際に提供した、魔女フレイヤの置き土産が活用されたのだ。

 いつかルノがラナケルの大火を鎮めたあの魔法が、製塩に使われることになったのだ。ラナケルでは影の中の氷を溶かし、雨として降らせたが、今度は海水を降らせ、塩を採るために使われるという。


 ルノが考えた魔法ではないが、ルノが持ち込んだということで、ルノが定期的に使用料を受け取ることができるようになった。

 嬉しい限りだったが、ルノが提供したネズミ除けは別の魔女が手を加え、より良いものへと変貌し、結局権利を取られてしまった。


 やはりルノは魔女として、まだまだのようだった。

 ふと先日エルウィンに言われた言葉を思い出す。


「あなたはあなたの系譜の魔法の研究を進めてくださると、こちらとしても助かります」


 ルノの魔女の系譜はこの辺りにはない系譜だった。


 まだ以前いたところの当たりも付けられていないし、師匠を知っている人もいなかった。別に師匠のところに戻りたいわけではないが、自分がどこにいたのかは知りたいと思っていた。


 そしてエルウィンがそう言うにはある理由がある。


 ルノがいつもしている肩掛け鞄は、影の力で自身の影と繋げ、影の中のものを取り出せるようにしている。そしてそれを自分の系譜の魔法だと周囲に説明していたのだ。さらに師匠の最後の課題として、この肩掛け鞄の魔法を解明しろと言われたとも付け加えていて、エルウィンだけじゃなく、他の魔女たちもルノがこの鞄の魔法を解明することを期待しているようだった。


 嘘なんて吐くんじゃなかった。


 しかし自分が竜の子だとはとても言えない。

 竜晶石は強力な力の塊。魔女フレイヤが求めたように、他の魔女が求めないとは限らない。ルノはただの魔女だ。戦う力もほとんどない。だから身を守ることは難しい。

 この嘘も長いこと続かないだろう。その前に何とか対策をとらないといけないだろうと分かっていた。

 でもあと十年ぐらいは大丈夫だろうな、と気楽にとらえてもいた。







    ○ ● ○







 オルミスは海に面しているので、魚介が安く、たくさん手に入った。

 こっちでは魚を生で食べる文化も海草を食べる文化もないようで、当然刺身もわかめもない。氷を作るのも難しいので、その日水揚げされた魚はその日の内に消費される。長期保存する場合は、水揚げ後すぐに燻されたり、加工されたりと、そのための工場や作業場がオルミスの漁港近くに立ち並んでいる。


 一年半も暮らしていれば、オルミスでも馴染みの店というのができてくる。ルノは魚を買う店は決めており、それは市場の片隅にある、市場の中では小さな屋台だった。

 店主は若い女性で、彼女の兄弟がその日採ってきた魚を店に並べていた。品数も多くないが、丁寧な対応が気に入っていた。


「こんにちは」


 朝と昼の境目頃、市場が朝と昼前の賑わい時の間、市場の賑わいは落ち着き、ルノはゆっくりとした足取りで市場を訪れる。

 次に賑わう時間に備えて準備していた女店主に声をかけた。


「あら、ルノちゃん。いらっしゃい」


 作業の手を止めて、若い女店主が嫌な顔をせずに出迎えた。


「今日のおすすめってありますか?」

「こっちのカノーはどうですか? 小魚ですが、数が多いので、揚げるのも良いですし、ぶつ切りにして炒めるのもいいですよ」


 草かごにカノーという小魚が山に盛られていた。なかなか数はありそうだ。


「大きいものってありますか?」

「それが……。今日は揚がっていなくて」

「そうなんですか?」

「ええ。私は船に乗らないからよく分からないのですが、兄が言うには潮が変わってしまったって。そのせいで魚が獲れにくくなったんじゃいかって」

「魚が獲れないなら仕方ないですよね」

「魚、ここ最近獲れ難くなっているんです。うちだけじゃなくて他の船でもそうみたいで。何か大きな嵐が来るんじゃないかって言う人もいるんです」

「魚とか動物ってそういうのは鋭いですしね」

「おかげで商売上がったりよ。でも嵐が来るっていうのなら、おかしいのよね」

「と、いうと?」

「この前守り神様が現れた後、すごく獲れたでしょう?」


 それはルノもよく覚えていた。魚の値段がずっと安くなって、魚の干物や酢漬けやオイル漬けをたくさん買ったり、作ったりして、全て影の中に放り込んだ。

 一週間程度のことだったけれど、フーも大満足の大収穫となった。


「あの後、少ししてから段々魚が獲れなくなって、今じゃこれだけさ。今は何とか獲れてはいるけど、もう獲れない漁師もいる。大きい魚はもう一週間は見ていないね」


 言われて見れば、以前よく食べていた手の平よりも大きい魚というのは最近見ていない。ルノもいつも魚を食べているわけではないし、ここ最近は部屋にこもって魔法の研究に没頭していたから気付かなかった。

 部屋にこもっていても、食べ物には困らない。影の中にはそれだけの食べ物や飲み物が溢れんばかりに詰め込んであるのだから。


「嵐が来るならさっさと来て、さっさと去ってくれればいいさ。それで魚が戻ってくるならね。もしかしたら、別の何かがあるかもしれないわね」

「何か?」

「そういうのは魔女さんの得意分野でしょ?」

「え、魔法ってことですか?」

「できるんだろう?」

「確かに理論ではできますけど、やろうとするならユニオン全員が揃ってもできませんよ。それにそんなことしたって、得がないじゃないですか」

「あら、案外難しいのね」


 魔力を持たない人からしてみると、魔法は万能に見えるだろうが、実はそんなことはない。大規模な魔法は人数が集まればできるが、魔法の規模が大きくなればなるほどそれを扱う個々の技量と全員の連携が要求される。

 そして海の潮の流れを変えるなんてなると一人二人でどうにかなるものじゃない。百人いてもできないかもしれない。


 魔法を扱えるからこそ、自然の圧倒的な力を目の当たりにすることがある。


「それにもしそんなことができるなら、とっくに王国が帝国のために使ってるはずですよ」

「それもそうね」

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