第11話
「アルディオン」
馬車から降りてきたアルディオンを意外な人物が出迎えた。明るい茶髪を風に揺らして、心配そうな顔を向けた。
「シオン、来ていたのか」
「君が王宮に呼び出されたと聞いて、駆けつけたんだ」
「心配し過ぎだ。大した事じゃないよ」
「大した事だ。今度は君に命じられたのだろう?」
「中に入ろう。今日は風が強い」
アルディオンの王都の家は貴族の屋敷が立ち並ぶ中に紛れていた。他の屋敷が豪邸なら、その豪邸の離れのような大きさだ。それをみすぼらしいとも、みっともないとも思わなかった。
そんな小さな屋敷の前でも、街の往来に近く、表であることは間違いない。そんなところで王宮でのことを話すべきではなかった。
シオンを伴って、自分の屋敷に足を踏み入れると、数人の侍女たちが立ち並んで主人と客人を出迎えた。二人は気を留めずに、彼女たちの間を通り過ぎた。
一人付いてきた年かさの侍女に、アルディオンは下がるように告げた。それと同時に人払いも頼む。
アルディオンは友人を自分の居室に招くと、しっかりと扉を閉める。
「相変わらず耳が早いな」
友人の耳の早さにはただただ驚くしかない。
「だからこうして駆けつけられたんだ。あの魔女はついにアルディオンまで巻き込みやがって……」
「何もあの女に命じられたわけじゃない。命令を下したのは陛下だ」
「でも後ろにはあいつがいる。くそっ、これじゃ陛下はただの人形じゃないか。ま、あの魔女に祭り上げられただけの男に期待もしていないがな!」
「シオン、口を慎め。誰が聞いているか分からない」
一応人払いを頼んだものの、やはりどこで誰が聞き耳を立てているか分かったものではない。
玉座に座す男と魔女を嫌う者は多いが、同時に彼らに取り入ろうとする者もいる。そんな者の息がかかった者が傍にいないとは言い切れない。
それにあの魔女は玉座を奪い取るぐらいやってのけた。王宮から距離があるとはいえ、王都内の会話を気付かれずに盗み聞くなんて簡単にやってのけるだろう。
「くそっ」
アルディオンは嬉しかった。幼馴染にして友人のシオンは、自分のためにここまで怒ってくれる。自分をそこまで想ってくれる彼が誇らしくてたまらない。
「シオン、大丈夫だ。私だって父に鍛えられ、名を継いだんだ。それが腕の証明でもある。不本意な命令を受けたが、内容はそんな難しいものじゃない」
「君の実力を疑うつもりはない。でもこの命令を遂行したことで、君の立場を固めてしまうのが嫌なんだ」
「ありがとう、シオン。君のような友を、僕は誇りに思うよ。今回のことはよく考えて結論を出させてもらうよ」
「僕に何かできることがあったら遠慮なく言ってくれ。必ず力になる」
「ありがとう、シオン。本当にありがとう」
○ ● ○
「普通のネズミか」
ルノはため息を吐いて、頬杖を突いた。
先日倉庫に仕掛けた罠にかかったネズミを調べていたところだ。ネズミは何の変哲もないただのネズミだった。アブラトカゲのように何か特徴があれば良かったのだけれど、残念だった。
『食べていい?』
ルノの向かいの椅子の上に立ち、前脚で机の上に乗り出したフーは、ルノの前に広げられたネズミの死骸に目を輝かせていた。
「いいわよ」
言うや否や、フーはネズミの死骸を一飲みにした。小物であったが食べられたことで満足したらしく、赤い舌で口の周りを舐めた。
他の罠にかかったネズミも種類は違うようだったが、ごく普通のありきたりなネズミだった。
変わったネズミだったら、その特性を利用できたかもしれないし、そんなネズミを駆除なり対策を打ち出せたのなら、ユニオンの中でルノの名が上がっただろう。
普通のネズミの対処なんて魔女には朝飯前。魔法は使わないし、ちょっとした魔女の知恵で何とかなる。ではなぜそれが市井に広まらないかといえば、魔女の矜持だろう。
魔女や魔術師は魔法や魔法に関わる薬で商いをしている。だからこそ、魔女にとってはそんな子供だましみたいなやり方で金を稼ごうなんて考えない。
でも今回はちゃんとした依頼なので、ルノは魔女らしく、魔法で対応しようと考えていた。
普通のネズミなら、森で師匠と暮らしていたときに使っていた方法でいいだろう。そしてその方法は魔女なら簡単に思いつくので、報告書を上げるだけでいいだろう。
ラナケルでもそうだったが、こういう地道な活動が大きな利へと導く。それにロイズは大きい海運会社の一員。うまくいけば、より大きな依頼に続くかもしれない。小さな仕事だからこそ、ちゃんとこなさなければ。
ルノは立ち上がり、慣れた手つきで特製のネズミ駆除剤を作り始めた。
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