第10話
オルミスの西には港が広がっている。港の北は王国海軍の軍港として使われ、港の中央は漁師たちの舟が停まる漁港となっており、すぐ傍には魚市場がある。港の南は大きな商船が行き来する交易港だった。交易港の南には倉庫地区と呼ばれ、海運会社が保有する倉庫が立ち並び、地区全体を鉄柵が囲っている。要所要所にある門には必ず門番が立ち、地区に入ろうとするものに入場許可証の提示を求めていた。。
倉庫地区はこれから船で運ばれるものや、海を渡ってきたものが保管されており、中には山のような金貨に換わる品も保管されているという。そのため、この地区だけは海運会社が資金を出し合って作った警備会社が厳重に警備しており、許可証を持たぬ者は一歩も足を踏み入れることはできなかった。
それはこのオルミスで誰もが知るユニオンの魔力持ちでも同じで、ルノとエトは昼過ぎの容赦ない日差しの中、待ちぼうけを喰らっていた。
「もう二十分も経っているじゃないか!」
懐中時計を取り出し、エトは肩をいからせた。二人が倉庫地区に入るためには入場許可証を持つ関係者による手続きが必要だったが、その待ち合わせをしている関係者が一向に現れない。
エトの知り合いだという倉庫番からの依頼でネズミ除けを製作することになったのは四日ほど前のこと。今日はそのネズミ除け製作にあたり、実態調査を行うことになっていた。今日だけでは欲しい情報全てを得られないが、ある程度の必要な情報が手に入るだろう。とりあえず、ネズミ除けを以前作ったトカゲ除けのように吹きかけるタイプにするか、シート状で設置するタイプにするか決めることはできるだろう。
「忙しいのでしょうか?」
「忘れてるのかも。もう帰ろうか」
「でも……。あと十分だけ待ってみませんか?」
「ルノが言うなら……」
結局二人の待ち人は、その十分のギリギリにやってきた。
「ごめんごめんエト、待たせたな」
「三十分も遅れるとは酷いじゃないか。ルノが待とうって言ってなきゃ帰っていたぞ」
「へぇー、そっちが魔女のルノさんか。初めまして、ロイスです」
「初めまして、よろしくお願いします」
ロイスと名乗った男は、小麦色の肌をした肩幅の大きい青年だった。エトよりは三つほど年上だろう。
ロイスの勤める海運会社はオルミスで一、二を争うほど大きなところだった。それだけ大きい会社ならわざわざユニオンに話を回さないだろうと思ったが、会社としては現場の些細なことは現場に任せているらしい。
「それじゃ案内するよ。もう二人の入場許可はとっているんだ」
「もしかして遅れたのはその手続きをしていたのか?」
歩き出したロイスの背中にエトが投げかけた。
「手続きは一昨日やったんだ。早いうちにやっておかないと警備の奴らがうるさいから。今日は午前中に大きな搬入があって、それが原因ちゃあ原因だ」
「仕事か、それなら仕方なかったな」
こっちの世界には魔法があるけれど、魔法はそれほど普及していない。使える人が限られているからだ。だから魔法が使えない人は、前世の記憶を持つルノからしたらかなり不便な生活を強いられているように見えた。こういうとき、何らかの連絡手段があれば、ルノとエトは強い日差しの中待ちぼうけに合わずに済んだだろう。
ロイスの言う通り、二人の入場許可はすでにもらってあるため、門番たちは一度は警戒したものの、同伴するロイスと手元の書類を交互に見遣ると、手を振り、早く行けという素振りをした。
三人が地区の中に入りきると、簡易の門を果たしている木の棒が下ろされた。
鉄柵と同じ素材の両開きの門もあったが、あれは夜間にのみ使われているようだ。昼間は専ら、腰の位置に下りる木の棒で人の出入りを仕切っているようだった。
倉庫地区は倉庫への物品の搬入や搬出が主な目的のためか、完璧な区画整備が行われていた。道幅は広く、馬車が余裕ですれ違える。足元に敷かれた敷石も凹凸が少なく、馬車が跳ねることもないだろう。道の両側を埋める倉庫には一つ一つ数字が割り振られ、どの倉庫がどこにあるのか、すぐに分かるようになっていた。
「おっ、ここ、ここ」
ロイスは通り過ぎかけた倉庫の前で慌てて足を止めて、親指でその倉庫を示した。
ここを職場とする彼が通り過ぎかけるのも仕方ない。倉庫に書かれた数字は違うものの、倉庫自体はどこも同じで、どの通りも似たような景色になっている。
ルノも番号で覚えないと間違いなく迷ってしまうだろう。
「ここか? ずいぶん小さいな」
その倉庫は他の倉庫と同じ形をしている。オルミスで一、二を争う会社の倉庫ならもっと大きなものを持っていてもおかしくはない。
「ここに保管されているのは小ぶりなものが多いからな。倉庫自体はまだあるんだ。もっと大きいのは別のところだ。で、ネズミはどこでも問題になってるってわけだ」
「猫でも放してみたらどうだ?」
エトの素朴な疑問にロイスは強く拒否した。
「駄目だ。ここはガラス製品も保管してるからな。割れちまったらとんでもない」
「それではネズミも困りますよね」
ルノも適度に相槌を打つ。
「ああ、だから全く寄り付かないようにしてもらいたい」
「以前作ったトカゲ除けでは室内に入り込まなくなったのでうまくすれば、できます。ですが、まずはネズミを捕って種類を調べないといけません」
「本当か? この話をエトにして良かったよ。ネズミなら好きなだけ捕っていってくれ。うちのものじゃないから困らないぜ」
ロイスはにかりと笑う、黄ばんだ歯をのぞかせた。
ロイスに案内され、倉庫の中に通されると、外観よりずっと広い空間が奥まで続いている。ルノは思わぬ広さに息をのむ。しかし隣のエトは冷めた反応だ。
「狭いな」
「しょうがないだろう? この俺に任されるぐらいだからな」
「それもそうか」
「納得すんなよ!」
賑やかな二人を置いておいて、ルノは仕事に取り掛かる。
師匠直伝の小動物捕獲用の罠魔法を、倉庫内のネズミが通りそうなところに仕掛けていく。この魔法は、実は影の僕になる前のフーのために作られたものだった。視界をちょろちょろと動き回るうっとうしいフーを何とかしようとして編み出された。結局フーはこの魔法の餌食になることはなかったが、何かに役立つだろうとルノにも教えてくれた。
ルノは今回この魔法に少し手を加えて、捕らえた獲物をその瞬間雷撃を与えて、ショック死させるようにした。
調べるためには生け捕りでもいいのだろうけれど、生きていたら世話をしないといけないし、噛まれでもして変な病気をもらうのも嫌だ。それにもしフーが食べてしまったら、影の僕が増えてしまう。
影の僕は生きた生物を飲み込むとなってしまうが、一度飲んでしまうとその身と心がルノの影に染まりきるまで影から出すことができない。そして、影の僕は主であるルノの生命力を糧にしており、僕が増えれば増えるほどルノの負担が増えてしまう。
今の影の空き具合は余裕も暴走への猶予もある。だからしばらく影のことを気にせずに過ごしたい。
罠を仕掛け終わり、エトとロイスの元へ戻ると、ロイスからネズミに関して話を聞いた。
そして日が暮れる前にルノとエトは倉庫を後にした。次にここを訪れるのは一週間後で、罠にかかったであろうネズミを回収するときだ。
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