第9話
『だれか来た』
寝台の毛布の上で丸まっていたフーは、ルノには聞こえない物音を聞きつけ、顔を上げる。
ルノが何か言う前に、アパートのドアが三回軽くノックされた。
「ルノ、いるかな? 僕だけど」
エトだった。ルノはすぐにドアを開けると、彼を招き入れた。
「おはようございます。お久しぶりですね」
「おはよう、本当に久しぶり、元気だった?」
エトはここしばらくエルウィンに命じられて遠方へ出向いていた。ルノもそうだったけれど、師匠というのは弟子を使い走りさせるのが大好きなのだ。
具体的にどこで何をしていたかなんて、ルノが踏み込める話ではないので知らないが、エトは月に何度かエルウィンに命じられてオルミスを離れることがあった。
「ルノ、いい話があるんだ」
エトは手近にあった椅子を引いて、腰を下ろす。
「前にラナケルでトカゲ除けを作っていたって言っていたよね?」
「ええ」
ルノはラナケルでのこともある程度エルウィンやエトに話していた。雨を降らせた件については竜の力が関わってくるので、無我夢中でよく覚えていないと曖昧に濁していたが。
ラナケルでは飛ぶように売れたトカゲ除けも、トカゲのいないオルミスでは無用の長物。一応レシピをユニオンに提供していたが、埃を被っていることだろう。
「ネズミ除けって作れないかな?」
「ネズミ?」
「知り合いの倉庫番に相談されたんだ。ネズミが荷を荒らすって。今までいろんな対策を講じてきたけれど、これってものがないらしくて。ユニオンの手を借りたいみたい」
「そうなんですね。でもどうして今さらユニオンに?」
ルノは淹れたばかりのお茶を薄茶色のティーカップに注ぎ、エトの前に出した。
オルミスではいろんなものが手に入る。オルミスにやってきてまず気に入ったのは王国の南にあるという皇国のお茶だった。皇国の東部は高地になっており、お茶葉の産地として有名なのだという。しかし王国のように大陸の西端から東端まで領土としているわけではないので、皇国の茶葉は大陸西岸から海運によって大陸各地に輸出されているという。
皇国は大陸西岸に面しているためか、皇国茶葉が手に入るのは大陸西岸が中心で、大陸東岸では他所の茶葉が主流なのだという。
「お師匠ってさ、この街ですごく尊敬されてるし、すごい魔女なんだ。だからさ、そんな人がやってるユニオンにこんなちっぽけな問題を相談しても……って遠慮してたみたい。でもルノのトカゲ除けのことを話したらぜひにってなったらしいよ」
「なるほど、そうなんですね」
エトの言う通り、いい話だ。
ユニオンに提供したレシピが使用されれば、使用料が支払われる。だからユニオンの魔力持ちは新しい薬や魔法などの開発に尽力している。
ルノも何か使用料を徴収できそうなものを開発したかったが、なかなかうまくいっていなかった。
ユニオンに所属している魔女や魔術師はルノよりも熟練で、経験豊富。まず敵うわけがないのだ。
だからルノのラナケルでの経験を生かせそうなこの話は実に美味しい。
「分かりました。うまくいくかは分かりませんが、やらせてください」
「本当? ありがとう。きっと彼も喜ぶよ」
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