第4話

「ルノはオルミスに着いたらどうするの?」


 二人はマルセリアの森を抜け、オルミスへと伸びる街道を進んでいた。

 結局あの森で魔物に遭遇することはなく、森の向こうの宿場町には行商隊のみんなを残してきてしまった。でもお互いに向かうのはオルミスだ。オルミスで会えるかもしれない。そのときに謝ろう。


「前に住んでいた街の領主から、オルミスの有力者の方を紹介していただきました。まずはその方にお会いしようかと考えています」

「有力者?」

「ええ、確かエルウィンという方で、魔女や魔術師を集めていらっしゃると伺っています」

「え!!」


 エトは叫ぶと、足を止め、ルノを振り返った。


「それ、僕の師匠だよ!」

「えっ!」


 今度はルノが驚く番だった。


「そうだったんですか? てっきり魔法研究の支援をされている方と思っていました」


 何事にも後援者(パトロン)は大事だ。しかいルノはただの魔女で、魔法の研究をしているわけではない。だから後援者を得ても正直困る。どっちかというと、シアンのように魔女の監視官を紹介して欲しかった。そうすれば、ラナケルではないけど今までに近い生活ができるだろうと考えていた。

 わがままを言っても仕方ない。でもルノはラナケルを追われた理由に納得していない。そのせいか、領主への不満がふつふつと湧いてきた。


「前にどこにいたの?」

「前はラナケルにいました」

「ラナケル? もしかしてルノが噂のラナケルの魔女?」

「ラナケルの……?」


 確かにルノはラナケルにいた。だからラナケルの魔女といわれてもおかしくはないだろう。しかし噂の、とはどういうことだろう。噂されるようなことをしただろうか?

「街の火事をおさめたって聞いてるけど、ルノのことじゃなかった?」

「確かに火事はおさめました。雨を降らせて……。でもそんな風に噂されているなんて知りませんでした」

「そうなんだ。でも、僕の耳にも届くぐらいだから、かなり有名な話だよ」

「へ、へぇー」


 悪い話ではないにしても、自分の知らないところでそんな噂になっているなんて。でも、目を輝かせるエトにルノはちゃんと話しておかなければならない。


「でもラナケルの大火は本当に運が良くて、たまたまうまく行ったの。だから別に私が優れた魔女というわけではないわ。噂されるような立派な魔女なんかじゃないの」


 ラナケルを追い出されたこともあって、魔法の修行も止まっている。純粋な魔法の腕では、妖精をいとも簡単に三匹も捕らえたエトのほうが上だろう。

 ルノはそう訴えたが、エトの目に宿る尊敬の光は消えない。きっと謙遜にとられてしまったのだろう。

 ルノは苦い気持ちを抱いた。期待は失望を招く。それをよく知っていたから、これから彼に失望される未来があるのだと予見した。


 沈みゆくルノの心中に関わらず、二人の旅路は好調だった。

 森を出て西へ進んで半日。二人はついに大陸の西端へ辿り着いた。


「すごい……」


 ルノは思わずそう感嘆の声を漏らした。

 目の前に世界の果てまで続いていそうな、大きな海が広がっていた。

 海なんて珍しくもなんともない。分かってはいるけれど、こっちの世界に生まれて初めて見る海は、記憶よりも鮮やかで、大きくて、心を震わす何かがあった。


「海は初めて?」


 エトの問いに、ルノは頷いた。実際には違うかもしれないけれど、ルノにとっては初めてだから、あってもいる。


「オルミスは王国の西端だ。でもね、西海への入り口でもある。この街道もオルミスに続いている。オルミスから海に伸びているんだ」


 エトはどこか誇らしげに語っていた。

 オルミスという街は王国にとっても大事な拠点だというのは間違いないだろう。そしてエトはそれが誇らしいようだった。


「さぁ、行こう。オルミスまであと少しだ」

「ええ。オルミスへは今日中に着くのでしょう?」

「日暮れまでには着くよ。そうだ、すぐに師匠の下に案内する? それともどこかで休んでからにしようか」

「そのまま向かいましょう。それぐらい余裕があるはずですから」

「じゃあ僕が案内するよ。ルノみたいな魔女は師匠も大歓迎のはずだから」


 街道を西進し、オルミスの大きな城壁が見えてきた頃、太陽が南に昇ったぐらいだった。予定よりも早くオルミスに着けそうだった。

 オルミスから東に伸びる街道はいくつかあるようで、ルノたちが通ってきたマルセリアの森に伸びる街道はほとんど人とすれ違うことはなかったが、一番大きな街道に合流すると、人の流れは途端に緩慢になり、二人は人の合間を縫うように城門へと向かう。

 マルセリアの森に向かう街道に人がいなかったのは、宿場町で足止めを喰らったときと同じで、森に魔物がいるという話のためのようだった。しかし結果的に森を抜けてきたルノはそんな魔物に出会っていないだけに、不思議な話であった。どちらにせよ、討伐隊が向かっているはずだから、心配することはないだろう。


「そうだ、師匠はすごい魔女なんだ」


 エトはとうとうと語り始めた。


「王国はほら、大陸南部と中央部を繋げているだろう?」


 砂時計のような形をした大陸のくびれの下辺り、大陸中央南部に王国がある。エトの言う通り、大陸中央部と南部を繋げているともいえるが、別の言い方をすると、壁ともなっている。大陸の西端から東端まで支配している王国は、壁であり、関でもある。


「だからいろんな品や人が集まる。師匠は大陸各地から魔法や魔術の本を集めていて、魔女や魔術師も集めて、魔力持ちの共同体を作ろうとしているんだ」

「共同体?」

「難しいものじゃないよ。職人同士も集まって組織を作るだろう? そう、ギルドみたいなものだよ。魔女も魔術師もたくさんいるのに、知識の共有や技術の提供ってほとんどやっていないだろう? それをやろうとしているんだ」


 面白そうな取り組みだった。

 エトの言う通り、魔女や魔術師はどういうわけかその知識や技術を師弟間にしか開示しない。他の系譜の者に知られるのをあまりいい気がしない。魔女や魔術師にとっての禁忌(タブー)をエトの師匠は打ち破ろうというわけらしい。


 ルノは前世の記憶があるためか、知識を共有すればその分発展すると分かっていた。だからその禁忌が不思議でならなかった。だからエトの師匠の意見に賛成だったし、自分も協力したいと自然に思えた。


 ルノの師匠だったら、顔を顰めて唾をとばさんばかりに反対するだろうな。

 久しぶりに思い出した師匠のことに、ルノはふと懐かしさを覚えた。


 そのときエトの手首に目がいった。何かあったわけではない。何もなかったのだ。

 エトの師匠は魔女だという。魔女ならば、その系譜を示す魔女の証が左右の手首のどちらかにあるはずだった。もちろんエトは男だから正確には魔女(・)ではないけれど、魔女の弟子ならば魔女の証が刻まれていてもおかしくはない。けれど、彼にはそれらしきものがなかった。

 そういう方針の魔女の系譜なのかもしれない。ルノはそれほど深く考えなかった。

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