第13話
ラナケルの収穫祭当日は、教会の前の大広間から伸びる三つの大通りに屋台が立ち並び、街中に胃をくすぐる匂いが立ち込める。
ラナケルの周辺は広大な平地が広がっており、その大半が田畑や牧草地となっている。そのためこのラナケルは食料が豊富で、収穫祭は毎年盛大に催された。と、言っても広大な平地は王国では珍しくなく、ラナケルにとって盛大な祭りでも、結局は田舎の祭りでしかなかった。
『たべものいっぱい』
ルノの歩調に合わせるために、隣を歩くフーは忙しなく足を動かし、立ち並ぶ屋台を目を輝かせて見上げた。
今日はルノも仕事は休みだ。今日までに稼いだお金を思いっきり散財するつもりであった。ルノはまだ成長期。フーほどではなくても、食欲旺盛だ。
それに散財したって無駄にはならない。影の中に放り込んでおけば買った時のままに保存できるのだから。
ルノは朝早くに屋敷を出て、三つの大通りの屋台を全て見て回るつもりだった。
『あっ』
何か見つけたフーは、突然駆け出し、呼び止める間もなく屋台と屋台の隙間に消えていった。
今日は祭りの日だし、見逃してやろう。
呼ぼうと思えば呼べるし、変ないたずらをするような子ではない。ルノはフーを放っておいて、賑わう通りをゆっくりと進んだ。
昼過ぎに教会前の広場で聖歌隊の合唱がある。それはぜひに見たいと思っていたので、それまでに回れるところは回ってやろうと考えていた。
そして収穫祭は教会の人間も運営に深く関わるらしく、シアンも最近忙しいようだ。先日の手紙はフーがきちんと届けたというので、きっと大丈夫だろう。
立ち並ぶ屋台は、お祭りということもあって、普段食べられないものが多かった。
胡椒がふられた羊肉の串焼き、秘伝の甘辛たれをくぐらせた牛肉の厚焼き、食べるときに木の匂いがふわりとただようベーコンに、鳥の骨付き肉。
屋台は肉だけではない。
川魚の焼き物があれば、小麦粉を練った生地を壷で焼いたものもある。半透明で薄い生地で野菜を包んだものや、果実を甘く煮て柔らかい生地で包み蒸したものもある。
今日のために貯めて来たお金は十分で、ルノは食欲が赴くままに買った。同じものをいくつも買って、一つだけ食べる。後は影の中。また今度、ゆっくり食べる。
そして、昼前にはすっかりルノ自身のお腹は満たされ、歩みはゆったりとしたものになっていた。まだ行っていない店はあるが、このまま広場で合唱が始まるまで待とうかどうか悩んだ。
フーのほうも何か食べているようだ。影の中に次々と何かが放り込まれている。フーが駆け出したのは間違いなく――――フーにとっての――――食べ物を見つけたからだろう。
ルノは大通りを外れ、人気のまばらな隣の道へと入った。
背中で向こうの大通りの喧騒と受けながら、適当なところで腰を下ろした。そして、いつもしている肩掛けかばんの中を覗き込んだ。
フーが何を食べたか確かめなくてはならない。
これまで作って来た薬や、収穫した薬草や買ったり交換して得た食材などを影の中に詰めて、少しでもフーの暴走を防ごうとしてきた。そのおかげか、最近フーは「おなかがすいた」という口癖が減ったような気がする。
それでもフーの食欲は無限らしく、何かしら食べたがる。食べるものは本当に食べ物だったり、薬にも使えそうな植物素材だったり、または小動物だったりする。変なもの、たとえばゴミとか土とかは基本食べない。おそらく無意識に主であるルノの価値観が反映されているのだろう。ルノにとって使えるものが食べ物で、使えないものは食べ物ではないのだ。
「うげっ」
かばんの中で影の中を覗き込み、嫌そうに顔をしかめた。
フーが食べたもの、それは今街中で行き場を失いつつあるアブラトカゲだった。それも一匹や二匹ではなく、十何匹。よくもこんなに見つけたものだ。いや、見つけるのは簡単かもしれない。ルノのトカゲ除けのおかげで、トカゲは建物の中に入れなくて、追われたトカゲたちは肩を寄せ合うように街の物陰に隠れているのだから。
かばんから顔を上げれば、視界のいたるところに、アブラトカゲの這った跡がぬらぬらと残っていた。
建物の中から追われたトカゲたちは建物の外壁を這って、どこからか建物の中に侵入しようと試みたのだろう。結局はダメだったのだろうけど。その怨念のような跡が、辺りの建物の外壁に残っていた。見渡してみれば、どこの建物にもアブラトカゲの油が塗りつけられていた。
しばらく雨の降らない時期が続くから、このままだろう。街の人たちは気にしている様子はないし、油が塗りつけられていても建物は石でできているから心配はいらない。
ルノはフーが飲み込んだトカゲをそのままに、かばんの口を閉めた。
影から取り出そうとすれば、手が汚れる。これから聖歌隊の合唱を聞きに行くのだから、面倒ごとは嫌だった。また影の僕が増えるけど、どうせ大したことじゃない。食べ物と油まみれのトカゲが同じ影の中にあるというもはあまり気分のいいことではないけれど、今は考えないようにした。
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