第8話

 ルノがラナケルに来て一月、ようやく魔女として本格的に活動できるようになった。大掃除の合間に宣伝を兼ねて、方々でお手伝いをしていたのがいい結果を招いた。


 ルノの魔法や、魔女の知識は人々の生活に密着したもので、人々が抱く魔女というイメージをそのまま形にしたようなものだった。そのせいか、すんなりと人々に受け入れられたようだ。


 ルノは各種薬やハーブティーを用意し、大掃除の間お世話になった食堂や店に、特製のトカゲ除けを配って回った。


 もちろんこれはお礼であるけど、宣伝と実験も兼ねている。効果については、大紅葉の屋敷にトカゲが寄り付かなくなったので、間違いなくあるだろう。しかしこの街の人に受けるかどうかはまだ分からない。


 ドキドキしながらトカゲ除けを配ったが、結果は大正解だった。

 ルノのトカゲ除けは街の人にたいへん喜ばれ、すぐに製造が追いつかなくなってしまった。ルノが思う以上にラナケルの人はトカゲに悩まされていたようだ。


 だが、このときルノは一つ読みを間違えていた。と、いうのもトカゲは腹部から油を分泌する。だからトカゲの這った跡が壁やら床やらにいつまでも残っているのだ。まるでナメクジの這った跡のような気持ち悪いそれが、ルノは気になって仕方ない。だから油落としの薬剤を同時に売り出したのだけれど、こっちはさっぱりだった。


 街の人はトカゲは気にしていても、油はどうでもいいらしい。

 顔なじみになった雑貨屋の女主人に、壁などに残る油が気にならないのか聞いてみると、こう言われた。


「そりゃ外壁なんていちいち気にしないよ。掃除なんて面倒だし、高いところなんて手が届かないじゃないか。それだったら蔓で覆っちまうよ」

「なるほどー」


 街の建物のほとんどは青灰色の石でできている。無機質なこの石材を植物で彩れば、汚れは消えるし華やかになるしで一石二鳥だ。アケビなどの実が成るものにすれば収穫もできるし、いい事尽くし。ルノの市場調査が間違っていたようだ。


 植物の栄養剤でも売った方がいいだろう。

 かといって、今のルノはトカゲ除けの製造で手一杯でとても他のものに手が回りそうになかった。


 この頃のルノは一日の大半を地下にある素材保管庫で過ごしていた。素材保管庫の一角をトカゲ除けの製造工房に改造したのだ。

 ルノのトカゲ除けは液状で、トカゲに入ってきて欲しくないところに撒いて使う。だからドアとか窓など、トカゲの侵入口になるところに撒けばいい。ただ、雨が降ったり、二十日ほど経つと効果が薄れてしまうので、定期的に撒く必要がある。

 効果がそれほど持続しないのは、ルノの腕ではそれが限界というだけで、決して売れる品を継続的に買ってもらう戦略ではない。だが、一つの品を何度も、何十回、何百回と作ってゆけば、作業はより効率的に、より手早くなってゆく。


 しばらくすると、ルノも他のことをする余裕ができた。


 ルノは前の魔女が残していった、魔法陣を用いた魔法について少しずつ学び始めることにした。こっちの魔法を会得できれば、できることがさらに増える。魔法陣魔法はより高度な要望を精霊に伝えることができるのだ。これまでルノが使っていた、イメージを伝える魔法より正確なのもいい。


 魔法陣入門書の頁を繰っていると、頁の間に折りたたまれた紙が挟まっていた。こういうことはよくあることで、どうやら前の魔女は栞代わりにあれこれ挟んでしまう癖があったようだ。


 挟まっていた紙を広げてみると、一つの魔法陣が描かれていた。紙の端には走り書きも添えられており、どうやらこの魔法陣は前の魔女が考え出したものらしい。

 魔法陣を用いた魔法でいいところは、こうやって自分で意のままの効果を得られる魔法を構築できるところだ。ただ、その代わり魔法陣は正確に描かなければならないけど。


 紙に描かれた魔法陣は、雨を降らせる魔法のものだった。


 一瞬すごい魔法だと目を見張ったが、よくよく解析してみると、術者の傍にある水を上空に移動させ、散布するだけの魔法で、旱魃のときに使えるようなすごい魔法ではなかった。難しい魔法でもなく、消費魔力もそう多くない。一体こんな魔法がどんなときに使えるのか、ルノには検討がつかなかった。


 ルノはその魔法陣が描かれた紙を机の隅に置き、勉強を続けた。この紙は後で、前の魔女が残した他のメモと一緒にしておこう。

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