第7話

 屋敷の大掃除で難関はいくつもあったが、無事に乗り越えてきた。が、最後に一つだけ、残っている。二階の大半の面積を占める書斎だ。先に風を通し、埃は取り払ったものの、本棚に並んだ本や、本棚に入りきらず机や床に積まれた本を、一冊一冊検めなくてはならない。


 森の家にはなかった本ばかりで、大半は魔法に関するもの。そして、前の住民である魔女の研究ノートやメモもいくつも見つけられた。


 魔女の中にも魔法を研究する人はいる。事実、師匠がそうだった。

 ルノにハーブや薬草を育てさせ、新たな薬のレシピをいくつも開発し、ルノに教えてくれた。思い返してみると、無愛想で横暴でわがままな師匠だったけど、きちんとした師匠だったんだなと改めて実感する。


 書斎の本や、研究ノートに目を通してみると、前の魔女は召喚魔法の使い手だったようだ。召喚魔法と聞いて胸がときめいたが、召喚獣とやらは別に異世界から呼び出すのではなく、召喚契約を結んだ生物を魔法陣で空間を繋いで呼び出すというもので、夢を簡単に打ち砕くほど高度な魔法だった。魔力の消費も大量で、今のルノではとても使えそうにない代物ではなかった。


 でも書斎にあった、魔法陣魔法の入門書は役立ちそうだ。魔法陣が扱えるようになれば、今より複雑な魔法を使いこなせるようになるだろう。


 それにしても、大事な研究ノートが残っているということは、前の魔女はやはり亡くなったのだろうか。ただ出て行くなら大事な研究ノートは持っていくだろうし。


 その日一日かけて書斎の片付けをし、ルノはようやく屋敷の大掃除を終えられた。

 ひと段落ついて、今のソファーに寝転がっていると、視界の隅でフーがまたトカゲを食べていた。


「こら! フー!」


 ルノは跳ね起き、フーを怒鳴りつけるも、フーは素早く逃げてしまった。本当に逃げ足が速い。


 そこでルノは思いついた。


 トカゲ除けでも作ってみようか。

 ルノは屋敷の台所が片付くまで外で食事を済ませていた。店の手伝いをする代わりに、食事をさせてもらうという形を取り、ルノの魔女活動の宣伝も兼ねている。最たる理由はお金がなかったから、だったが。


 でもラナケルの街の人に接することができ、街の人が何を求めているか探ることもできた。

 そして、ある食堂で皿洗いをしていたときのことだ。炊事場の壁にトカゲが張り付いていた。ルノが軽く悲鳴を上げると、女将の剛腕が瞬時にトカゲを叩き潰していた。


 素手で、だ。


 ルノの目は点となり、呆然と女将を見上げた。

 女将と言っても、まだ二十代中ばで、若い。彼女の夫である大将がこの食堂で包丁を握っている。女将は接客担当だった。二人で切り盛りしている小さな食堂だった。酔っ払いの対応も女将がするとあってか、この女将は大変肝が据わっている。


「こんくらいで悲鳴を上げるんじゃないよ。トカゲなんてうようよしてんだからね」

「は、はい」


 女将は叩き潰したトカゲを窓の外に放り投げ、腰に提げた布巾で手の平を拭うと、そのまま大将が仕上げた料理を客に出しに行った。


 トカゲは本当に多い。前世でいうゴキブリ並みに遭遇した。街の人たちは見つけるたびに駆除しているが、もう仕方ないと諦めているようだ。だが、せめて家の中に入ってこなくなれば、嬉しいんじゃないだろうか。


 ルノがこのトカゲで気になるのは、トカゲが這った後、ナメクジのように油が残っていることだ。ただのトカゲではないらしく、その腹部に油を分泌する腺があるようだ。家の中にも無遠慮に入ってくるトカゲは、家主が嫌がっていようと気にせず家中に油の跡を残していった。その油もブラシで擦れば落ちるのだけど、掃除の手間を増やしているのは変わりない。


 ルノは二階の書斎で前に見つけた図鑑で、トカゲの種類に調べてみる。


 最近フーは変な知恵を付けたようで、死んだトカゲも食べるようになった。生きていなければ影の僕にならないから怒られないと考えたらしい。ルノは影の中に食べ物やお金を入れるようになったので、あまり良い気分ではない。


 影の中は時間が経過しないので、食べ物の保存にうってつけだった。同時に、トカゲの死骸もフーが食べたときのまま保存される。


 要らない紙の上にトカゲの死骸を載せる。


 ルノは自分の影からなら、自由に影の中のものを取り出せる。だから机の上に片腕で影を作り、そこからいろいろなものを取り出すことができた。さらに最近、自分の手近な影にも干渉できるようになり、少しずつであるが、影の力の成長を実感していた。

 影の僕となってしまったトカゲでは真っ黒なのでとても種類判別には適していない。だから死骸を使うことにした。


「ああ、これかな」


 図鑑の頁を繰り、よく似たトカゲの絵を見つけた。細かいところも見てみると、やはり一致している。これで間違いないようだ。


「アブラトカゲ、か」


 別に珍しくも特別でもない、ごくありふれた種類のトカゲらしい。ちょっとガッカリしながら添えられた説明文を読み進めていくと、あるところで引っかかる。


「あれ、元々ここにいたトカゲってわけじゃないの?」


 アブラトカゲの生息域はラナケルよりもさらに南。ここでは涼しすぎるのだ。だとすると、自然にやってきたとは言いがたい。なぜいるのだろうかと首を捻ると、予想はすぐについた。アブラトカゲはその名の通り、油を多量に分泌する。その油は使い勝手がいいらしいので、それを目的に飼育する人もいるらしい。きっと誰かが油目的に連れてきて、逃げたか捨てたかして大繁殖してしまったのだろう。街の人にとってはいい迷惑であるが。


 しかし、ここでも繁殖できるということは、もっと寒いところならダメだろう。そうと分かれば、ルノでも何とかできる。


 早速庭のハーブ畑へと向かった。

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