第6話
大紅葉の屋敷の掃除はとにかく時間がかかった。
屋敷が大きすぎ、ルノが小さいということもあったし、前の住民が残していったものをきちんと確認していたからでもある。
シアンから前の住民が魔女だと聞いていたが、ルノとは当然違う系譜の魔女で、ルノの系譜とは異なる魔法を会得していたようだ。時間をかけて、残されたものを判断しなければならなかった。
ただ、前の魔女の残された品を見て、もしかして前の魔女は急死したのだろうか、と思った。まるである日突然消えてしまったように、物がそっくり残されていたのだ。
特にそう思わせたのは、台所に隣接する食料庫だ。満杯に近いほど食べ物が入っていたが、ほとんど朽ち果てていた。お酒もあったけど、ルノはお酒は飲まないので、朽ち果てた食べ物と一緒に片付けてしまった。
食料庫もダメなら、その下にある素材保管庫もダメだった。森の家でも見たことのないものがいくつもあったが、使えないなら仕方ない。
ルノがついに草むらと化している庭に取り掛かろうとしたときだ。
「フー、またトカゲ食べたでしょ」
屋敷の鉄柵門の細い隙間をくぐって戻ってきたフーに、ルノはしかりつけた。
『だって』
「だってじゃないわ。こんなにトカゲ要らないもの。困るわ」
『ごめんなさい』
フーはしおらしく謝り、ルノの影の中に消えて行った。
こうやってしょげるのも今このときだけで、ほとぼりが冷めたと思ったら、また勝手に影から出て、トカゲを食べに行くのだろう。暴走するほど空腹ではないけれど、影の中を満たそうとフーは勝手に動き回る。どうしてもルノの言うことを聞かなかった。
ラナケルの街にはトカゲが多く生息していて、屋敷の掃除中、何度も見かけた。そして、フーも先々でトカゲを見つけては食べているようだ。フーは生きたままのトカゲを食べてしまうので、ルノの影の僕となる。影の僕は主の生命力を糧に生きるので、結果としてルノの負担が増えてしまっていた。
「全くもう」
フーのことに頭を悩ませていたが、目の前の問題にも取り掛からなくてはならない。
目の前には草が生い茂る庭が広がっていた。玄関先や、井戸までの動線は草を刈り込んだものの、庭全体の半分にも満たない。草を刈るのは簡単だったが、問題はその後にあった。刈った草をどうしたらいいのだろうか。燃やすのも一つの手だが、ルノは火の扱いがあまり得意ではなかった。料理や製薬程度なら何とかなるが、草を燃やすとなると火力は強くなり、どうにも不安だった。
ルノが悩んでいると、また勝手に出てきたフーが言った。
『じゃあ牛にたべさせれば?』
「牧場に持って行けってこと?」
この近くに牧場などあっただろうか? ルノが首を傾げると、フーは人間らしく首を横に振る。
『ちがう、たべた牛』
一瞬何のことか分からなかった。しかし、不意に全てが繋がる。フーが暴走したときに丸のみにした牛、あれのことを言っているのだ。あの牛もすっかりルノの影に侵され、影の僕と化していた。
フーに言われるまですっかり忘れていた。
早速足元から伸びる影の中から牛を引っ張り出すと、あることに気が付く。
「これ、本当にあの牛?」
記憶の中の牛は、もっと薄い色をしていたはずだ。茶色で、白の斑点があった気がする。しかし影から出てきた牛は真っ黒で、暗がりにいたら分かり難いだろう。
『影になると、こうなるの』
と、フーは説明した。彼はルノより影の力のことを知っているようだ。
影に侵されると黒くなる。それならば、とルノは影の中からトカゲをつまみ出した。フーが食べたものの一匹だ。そしてそのトカゲも、見事に真っ黒に染まっている。
「そうなんだ」
一番初めに影の僕となったフーは、始めから黒色だったので気付きもしなかった。黒く染まりきった牛はもうルノの立派な影の僕で、ルノの言うことを聞くはずだ。
ルノは真っ黒な牛に命じた。
「私が刈った草を食べてくれる?」
僕の牛はのん気な声を響かせて応えた。きっと分かったと言いたかったのだろう。
ルノが魔法で庭中の草を刈り、一所に集めると、牛はゆったりとした歩みでそこへやってきて、のんびりと草を食み始めた。その食べ方は牛そのもので、フーのように丸のみにはしないようだ。その様子にルノはどこかホッとして、綺麗になった庭を見渡す。
庭は十分な広さを誇り、回りを高い塀で囲まれている。屋敷の大きさを考えても、この大紅葉の屋敷は豪邸とはいかなくても贅沢な建物である。もしかしたら、この程度の広さはこの街では普通で、国土の狭い日本人の感覚が残るルノがそう思うだけかもしれないけど。
牛は庭の一角でまったりと草を食んでおり、ルノは日当たりのいい一角にハーブ畑を作ることにした。
この屋敷は井戸があるので、水遣りもやりやすく、植物の栽培に適している。だが、魔法で畑をきちっと仕切っておかないと、瞬く間にハーブが庭に広がってしまうだろう。ハーブは恐ろしい繁殖力も備えていた。
しかし、一度森の家でハーブを育てていたこともあって、ハーブ畑は順調に整えられていった。夕方になる頃には後は種をまくだけとなった。
そしてその頃には牛も草をほとんど片付け、ルノはその真面目で従順な牛に感激して、牛の頭から首にかけてこれでもかと撫で回す。どこかの黒猫とは大違いである。そんなルノを影の中からじっと物言いたげに見つめる双眸があったが、きっと気のせいだろう。
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