第六章
第33話 追加エピソード 1 日常
私と榎本中尉は訓練にいそしんでいる。
軍人として思う。恋人がいることはとてもありがたいことだけれども、自分も恋人も軍人であれば、いつ突然の別れが来るか分からない。特にこの世界においては。そのことを考えてしまうと、急に胸を締め付けられるような気持ちになる。
召喚される前の世界では、平和が当たり前だった。世界のどこかで戦っている人はいたらしいけど、そのことを考えることなんてなかった。戦うことは空想の世界だった。
榎本中尉が声をかけてくる。
「なあ、土方中尉」
「なに?」
「今日晩ご飯、何食べたい?」
私は笑いを堪えるのに必死だった。
「ちょっと、訓練中よ。部下が聞いたら、どうするの」
「突っ込みどころは、そこじゃないなぁ。今日もあなたが作るの?だろ」
榎本中尉は、なんだかんだと言っては、料理を作ってくれる。これも魔法の力の副作用なんだと思う。魔法によって軍における男女の差がほぼなくなり、女は家庭という概念はほぼ消え去っている。この世界の庶民がどうなのかは詳しく知らないけれども、少なくとも軍については、そうなっている。ただ、それもまた良いことなのか悪いことなのか、自分にはどうも良く分からない、という気分だった。何処まで行っても人はないものねだりなのかもしれない。
榎本中尉が私の顔を覗き込む。
「また、考え事をしてるのか?」
「わっ、びっくりした」
「何を考えてるか分からないけど、それで解決したことないだろ。もう少し単純に物事を見たらいい」
そのとおりだなと思った。
◇
私たちは部屋に戻った。
「ねえ、榎本中尉。」
「ん?」
彼はニラの卵とじを作ってくれている。彼の作るニラの卵とじには、必ず豚肉が入っていて、これが本当に美味しかった。
「私はなんで、この世界に呼ばれたんだろう?」
「ああ…そのことか」
彼はフライパンからニラの卵とじを皿に移して、テーブルに置いた。そうしてから、彼は言う。
「俺も詳しい仕組みは分かってないし、今から言うこともたいした意味はないからな」
「うん」
「ともかく、結論から言えば相性なんだよ。こちらから召喚する時、いくつかのキーワードを設定する。それに反応した数名が居て、更にそこから絞り込んでいく。そういった作業をするんだ」
「じゃあ、私がこの世界に来る前に聞いた、あなたの言葉は質問だったわけ?」
「およそ、そうなるかな」
「ふうん。どんなキーワードだったのかな」
榎本少尉はご飯もよそってくれた。
「正直、たいして印象に残る言葉じゃなかったから、はっきり覚えていない。でも今の世界に何かの絶望を抱えながら、エネルギーは有り余っているような、そんな人を探していたかな」
「私ってそんなに前の世界が嫌だったのかな」
「そこは俺には分からないな」
私たちは夕ご飯を食べている。
「土方中尉。まだこの世界に馴染めてないか?」
榎本中尉は心配そうな顔をして聞いてくる。
「ううん、そうじゃないの。残してきた家族の事だけが心配で。こっちの世界で生きていく覚悟は出来ているのだけど、こっちのお金を前の世界に送金できないかなってことは、時々思ってしまうの」
榎本中尉はうなずく。
「そうか。親御さんのことか。そりゃ、そうだよな」
榎本中尉はいろいろと言葉を探してくれているようだ。何かを言いかけては止めていた。私は言う。
「ごめんね。心配しないで。私は現状を受け入れているし、そんな私を受け入れてくれるあなたも居るし。それで十分よ」
「そっか…」
彼は何かを言いたそうにしていたけれども、言葉を飲み込んだ。何を言おうとしたのか、その場では聞かなかった。色々と気を使わせて申し訳ないなと思った。
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