第六章

第33話 追加エピソード 1 日常

私と榎本中尉は訓練にいそしんでいる。


軍人として思う。恋人がいることはとてもありがたいことだけれども、自分も恋人も軍人であれば、いつ突然の別れが来るか分からない。特にこの世界においては。そのことを考えてしまうと、急に胸を締め付けられるような気持ちになる。

召喚される前の世界では、平和が当たり前だった。世界のどこかで戦っている人はいたらしいけど、そのことを考えることなんてなかった。戦うことは空想の世界だった。


榎本中尉が声をかけてくる。

「なあ、土方中尉」

「なに?」

「今日晩ご飯、何食べたい?」

私は笑いを堪えるのに必死だった。

「ちょっと、訓練中よ。部下が聞いたら、どうするの」

「突っ込みどころは、そこじゃないなぁ。今日もあなたが作るの?だろ」


榎本中尉は、なんだかんだと言っては、料理を作ってくれる。これも魔法の力の副作用なんだと思う。魔法によって軍における男女の差がほぼなくなり、という概念はほぼ消え去っている。この世界の庶民がどうなのかは詳しく知らないけれども、少なくとも軍については、そうなっている。ただ、それもまた良いことなのか悪いことなのか、自分にはどうも良く分からない、という気分だった。何処まで行っても人はなのかもしれない。


榎本中尉が私の顔を覗き込む。

「また、考え事をしてるのか?」

「わっ、びっくりした」

「何を考えてるか分からないけど、それで解決したことないだろ。もう少し単純に物事を見たらいい」

そのとおりだなと思った。



私たちは部屋に戻った。

「ねえ、榎本中尉。」

「ん?」

彼はニラの卵とじを作ってくれている。彼の作るニラの卵とじには、必ず豚肉が入っていて、これが本当に美味しかった。

「私はなんで、この世界に呼ばれたんだろう?」

「ああ…そのことか」

彼はフライパンからニラの卵とじを皿に移して、テーブルに置いた。そうしてから、彼は言う。

「俺も詳しい仕組みは分かってないし、今から言うこともたいした意味はないからな」

「うん」

「ともかく、結論から言えば相性なんだよ。こちらから召喚する時、いくつかのキーワードを設定する。それに反応した数名が居て、更にそこから絞り込んでいく。そういった作業をするんだ」

「じゃあ、私がこの世界に来る前に聞いた、あなたの言葉は質問だったわけ?」

「およそ、そうなるかな」

「ふうん。どんなキーワードだったのかな」

榎本少尉はご飯もよそってくれた。

「正直、たいして印象に残る言葉じゃなかったから、はっきり覚えていない。でも今の世界に何かの絶望を抱えながら、エネルギーは有り余っているような、そんな人を探していたかな」

「私ってそんなに前の世界が嫌だったのかな」

「そこは俺には分からないな」


私たちは夕ご飯を食べている。

「土方中尉。まだこの世界に馴染めてないか?」

榎本中尉は心配そうな顔をして聞いてくる。

「ううん、そうじゃないの。残してきた家族の事だけが心配で。こっちの世界で生きていく覚悟は出来ているのだけど、こっちのお金を前の世界に送金できないかなってことは、時々思ってしまうの」

榎本中尉はうなずく。

「そうか。親御さんのことか。そりゃ、そうだよな」

榎本中尉はいろいろと言葉を探してくれているようだ。何かを言いかけては止めていた。私は言う。

「ごめんね。心配しないで。私は現状を受け入れているし、そんな私を受け入れてくれるあなたも居るし。それで十分よ」

「そっか…」

彼は何かを言いたそうにしていたけれども、言葉を飲み込んだ。何を言おうとしたのか、その場では聞かなかった。色々と気を使わせて申し訳ないなと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る