第31話 狙撃の後
「佐々木中尉。一つお伺いしても宜しいですか」
「何かしら」
佐々木中尉はレポートを書いていた。
「新田大佐と小林少佐が情報漏洩の犯人であることはいつごろからつかんでいたのでしょうか」
佐々木中尉は手を止めた。そして何か考えるような素振りをした。
「それを聞いてどうするのかしら」
「何をするというわけではないですが」
私はじっと佐々木中尉を見た。横では榎本中尉が聞いている。佐々木中尉は言葉を発する。
「私がこの横浜基地に配属になったのは、小林少佐を調べるためです。そのために彼の部下に配属されました。だからその時にはある程度の情報を得ていたことになるわね」
「ということはかなり昔から分かっていたわけですね」
「そうなるわね」
私は拳を握った。
「それなら…」
「桐野中尉の事でしょう?」
「桐野中尉だけじゃないです。川口大尉も山田大尉も助かった可能性がありませんか」
佐々木中尉は空を見上げた。
「そう思うわ」
佐々木中尉は事も無げに言った。
「なぜ教えてくれなかったんですか」
佐々木中尉は私の肩をポンと叩いた。
「それはあなたも分かっているはずよ。あの時点で明るみに出していれば、全ての計画が破綻していたかもしれない。全ての証拠は隠滅され、真相は闇の中に消えていたかもしれない。少なくとも川口大尉と山田大尉については、彼らのおかげで謝礼の流れがはっきりつかめたとは言えるわ」
「計画的な犠牲だったのですか」
佐々木中尉は首をかたむけた。
「私にそう言われても困るわね。全てを計画していたわけじゃない。彼らが戦闘に出たからと言って、情報がどのように漏洩されるかは我々には分からなかったし、結果として彼らが戦死することも見通せることはなかったわ。二人とも生還してこの場に居る可能性もあった」
佐々木中尉はこちらに向き直った。
「場合によっては彼ら全員この場で生存している未来もありえた。全てが思いどおりになることなんてないんじゃないかしら」
私は食い下がった。
「桐野中尉のことはどうなんですか」
佐々木中尉は目線を落とした。
「桐野中尉については私も残念だった。もう少し我慢してくれれば、私たちは新田大佐を逮捕していた。その前に本人の暗殺に走ってしまったのは、我々の責任と言われてもどうしようもないわ」
私は納得できなかった。
「佐々木中尉も桐野さんが追い詰められていたのは分かってたと思います。何か声をかけるぐらいは出来たんじゃないですか」
「その一つの優しさで全ての計画を無駄にするわけにはいかないのよ。それに私だってまさか桐野中尉が新田大佐の暗殺を考えるなんて思いもしなかった」
佐々木中尉はやや色をなして答えた。
「でも…」
「私は軍の命令を遂行していただけです!」
私は気圧された。佐々木中尉は続ける。
「自分だけが何かを背負っていると思わないでちょうだい。あなたは確かに他の人より何かを感じる能力に優れているのかもしれない。でも人は結局自分の優しくしたい相手にしか優しくはしない。私は桐野中尉を救うためだけに任務をやっていたわけではありません。ジパング全体を救う任務の一部を担っていたのです」
私は黙りこくった。佐々木中尉は軍帽を取った。
「嫌な言い方に聞こえたらごめんなさい。でも私にも、誰にも桐野中尉を止められなかったのよ」
「佐々木中尉…」
榎本中尉が言葉を挟んだ。
「土方中尉、もう良いと思う。佐々木中尉も桐野さんを捨て石にするつもりはなかっただろう。多分土方中尉もそれを分かっているはずだ」
私は佐々木中尉に頭を下げた。
「失礼なことを言いました。許してください」
佐々木中尉は微笑む。
「とんでもないわ。そんなあなただから、周りに人が寄ってくるのよね」
◇
榎本中尉と私は尾道曹長の病室を訪れた。
「具合はどうだ、尾道曹長」
榎本中尉が声をかける。
「おかげさまで命に別状はありませんし、しばらくしたら復帰出来ます」
「焦らなくて良いからな」
尾道曹長は私の方を見る。
「土方中尉。ありがとうございました」
私は答えにくいと思った。
「いえ、無事で何よりよ」
「私の声に反応してくれたのが、榎本中尉と土方中尉の二人であることは理解できていました」
「そうなの?」
私は驚いた。
「話してる方にも誰が聞いているか分かるものなのね」
尾道曹長は答える。
「私も初めての経験だったから詳しくは分からないんですが、意識が流れている時、榎本中尉と土方中尉の姿が見えました。だから二人に伝わっているのだろうなと思ったんです」
そして尾道曹長は目を落として言った。
「私の気持ちを汲んでくれて嬉しかったです」
「え?」
「あのまま、小林少佐に連れ去られても悲惨な結末にしかなっていなかったと思います。それならいっそ、もろとも殺して欲しいと思ってました」
私は更に驚いた。
「それも気が付いていたの」
そして私は榎本中尉の方を見た。榎本中尉は言う。
「うん、それについては、俺もはっきり分かったわけじゃないけど、そうだろうとは思ってた」
私は声を失った。尾道曹長は言う。
「土方中尉。それは絶対に気にしないでください。本当に心の底から願っていたことなんです。だからそれを実行に移してくれて本当に有り難いと思いました」
榎本中尉も言う。
「俺からも礼を言うよ。俺も理屈は分かってはいたが、体が思うように動かなかった。あのまま連れ去られていたら、俺は途方もない後悔と苦しみに落とされていたかもしれない。また土方中尉に助けられてしまった」
私は複雑だった。尾道曹長はニッコリと微笑んで言った。
「ホント気にしないでくださいね。おかげで私はスッキリしました。こういう素敵な人だから、土方中尉が選んだんだなって思いましたし。正直私じゃかないません」
「尾道曹長…」
私は赤くなったまま下を向いた。
◇
小林少佐は反逆の罪に問われ、被疑者死亡のまま除隊処分となった。小林少佐の暴走に伴い、その腹心であった土方中隊の福岡曹長と神崎中隊の柿下少尉はその役職を追われることになったが、私は福岡曹長の能力を認めて、横浜に留め置くことをお願いした。上層はこれを受け入れ、柿下少尉のみ東京転属となった。
佐々木中尉は今回の作戦の功績が認められ、大尉へと昇進した。吉川クマラ少佐の逮捕は新田大佐の謀略であると認定され、釈放された。桐野中尉に従い新田大佐を襲撃した山上伍長以下5名の部下たちについて、減刑の嘆願書が提出された。
大庭大佐以下、今回の新田大佐派を調査していた部隊は徹底的に調査を進め事実を国中に公開した。軍の自浄作用を広く
事変は完全に鎮圧された。
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