第30話 人質

 佐々木中尉とジャクソン中尉が立っていた。そして十名の佐々木部隊がなだれ込んできた。


「何だ貴様ら!」

 小林少佐が叫ぶ。佐々木中尉が言う。

「小林少佐、あなたをテロリストからの収賄、及び情報漏洩の疑いで逮捕します」

 そう言って佐々木中尉は令状を見せた。小林少佐は目を見開いて言葉が出ない。尾道曹長も呆然として身動きできなかった。ジャクソン中尉が言う。

「小林さんよ、本当なのか。間違いじゃないのか」

 小林少佐は答えなかった。

「拘束して」

 佐々木中尉が部下に命令を下したと同時に、小林少佐が動いた。そして尾道曹長を押し倒し、彼女のこめかみに銃を当てた。

「一歩でも動いてみろ!この娘の命は吹き飛ぶぞ!」

 佐々木中尉は拳銃を構えたが、彼の予想外の行動に一瞬引き金を引くのが遅れた。

「早く出て行け!条件はすぐに出してやる!」

 佐々木中尉が叫ぶ。

「バカなことは止めなさい!この場で人質を取っても、無意味でしょう!」

「条件は出す!一旦この部屋から出ろ!」

 ジャクソン中尉も叫ぶ。

「おい、小林。お前イカレたのか!尾道も今まで戦ってきた仲間だろう!」

 小林少尉はジャクソン中尉を睨み付ける。

「だから人質の価値があるんだろうが!早く出ろ!」

 小林少尉は尾道曹長を引きずり起こして、盾にした。佐々木中尉は後手を踏んだと思ったが、既にこういう場合も考えて、権限は持っていた。

「その娘を放しなさい。このままあなたを人質もろとも撃ち抜くのも可能なのよ」

 ジャクソン中尉は仰天して言う。

「佐々木中尉。それは待ってくれ。尾道曹長も苦楽を共にした仲だ。誰もそれは望まない!」

 兵の望みで方針を動かすことは出来ない。

「早く出ろと言っている!」

 小林少佐は引き金を引き、尾道曹長の足の甲を打ち抜いた。

「っ!」

 尾道曹長がうめく。

「貴様!」

 ジャクソン中尉が叫ぶ。佐々木中尉は必死に頭を回転させていた。その時尾道曹長が叫んだ。

「私もろとも撃ってください!今人質に取られたのは私のミスです。ミスは自分の命で償います!」

 小林少佐は銃身で尾道曹長の顔を殴った。

「っっ!」

「ふざけたことを言うな。クソガキ!」

 尾道曹長の覚悟は見事だった。ただ皮肉にもその覚悟がかえって佐々木中尉に迷いを生じさせた。このような素晴らしい兵を簡単に見捨てていいのだろうか。

「早く出て行け!」

 佐々木中尉は叫ぶ。

「条件はなんだ!」

「車と食料と金だ!俺はこいつと一緒に逃げてやる!」

 小林少佐はテロリストを頼るつもりだろうと、佐々木中尉は思った。

「よし、一旦この部屋から撤退だ。」

 ジャクソン中尉はそれを望んでいたが、驚いた。

「良いのか?」

「人質を取られたのは私のミスだ。一旦退却する」

 佐々木部隊とジャクソン中尉は一旦部屋の外に出ていった。

「ジャクソン中尉。基地の全部隊を動員して、この基地を包囲してください。絶対ヤツを逃がすことはしない」

「人質は?」

「なるべく救出します。けれども最悪の場合は覚悟してもらいたいです」

「・・・分かった」


 ジャクソン中尉も軍人だった。



 ジャクソン中尉より各中隊に状況が説明され、横浜基地は完全に取り囲まれた。

 その間、小林少佐が要求する、車と食料と金も準備された。


「どうするんだ!」

 ジャクソン中尉が苛立って言う。

「落ち着け」

 林大尉が言う。

 そのまま彼は続ける。

「彼は取り囲まれている。何も出来ない」

 榎本中尉は叫んだ。

「ヤツが自暴自棄になって、人質もろとも自殺を企図したらどうするんだ」

 この場に居るのは全員軍人だ。小林少佐を外に出さないことは絶対だった。人質の命の優先順位は二の次であることを知っていた。その時が光を帯びた。

「え?」

 私も戸惑った。こんな時に光る理由が分からなかった。

「榎本中尉」

 微かに聞こえる声があった。

「榎本中尉。私もろともで構いません。ロケットランチャーで彼を破壊してください」

から聞こえてくる声を感知したのは、榎本中尉と私だけのようだった。

「何を言ってるんだ」

 彼は答えた。

「軍の内部で同僚に殺されたとあっては、恩給が出ないかもしれません。軍の作戦で戦死したことにするためには、殺して頂く方が私はありがたいです」

「何をばかなことを」

「榎本中尉、私は土方中尉のことばかり心配しているあなたをいろいろと邪魔してしまいました。私はその罰を受けていると思います」

「そんなつまらない理由で殺せるか」

「このまま私もテロリストに合流するとなれば、中尉にもご迷惑をかけます。家族も軍の恥さらしとして笑われるでしょう。お願いです。私も軍人の端くれなら、こんな恥辱を望みません」

「しかし…」

「小林少佐は私の命などなんとも思っていません。逃げおおせたら殺されるのも間違いないと思います。それに何をされるか…。お願いします。同じ死ぬのならせめて憧れた人に殺されたいです」

 車と食料と金が基地の入り口の前に止められた。建物から小林少佐が尾道曹長を盾にして出て来た。榎本中尉は銃を構えたが、緊張感からか手元が定まらない。これではどちらに当たるか、見当が付かない。

「くそぉぉぉ」

 私は静かに、銃に精神を集中していた。今までの実戦経験から、相手の精神を感じ取ってまるで磁石が引かれるように、相手を狙撃する術を覚えた気がする。私は物陰から、小林少佐の頭を狙った。先に正直に告白しておけば、私は軍人として、万が一尾道曹長を撃ったとしても状況から言って仕方がないと思っていた。それで責任を問われる状況では無い。ただ榎本中尉に何と言われるか。それには自信が無かった。

 私は最高の精神状態で、銃を構えた。そして小林少佐が車に乗ったその瞬間に引き金を引いた。綺麗な軌跡を描いた光弾は、彼の後頭部を綺麗に射抜いて行った。そして小林少佐はがくりとうつぶせになり動かなくなった。


 尾道曹長が車から這い出てきて、この狙撃が上手く行ったことが分かった。結果は最高のものになったが、かなりの部分運に頼ったことは誰にも言えなかった。

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