第28話 内偵

 小林少佐は言う。


「全く君の能力については、何と言ったらいいか。感謝のしようもないな」

 そう言ってガハハと笑った。ジャクソン中尉も言う。

「まさか囮を使って東京に進撃するとは思わなかった。礼を言うぜ」

 神崎大尉も続ける。

「全くだ。俺に至ってはどちらの戦闘にも加われなかった。恥さらしになってしまったが、ともかく東京を守ってくれたのは、他でもない土方中尉だ」

 榎本中尉も林大尉も口々に祝福の言葉をくれた。ただ私の心は冷え切っているのを自覚していた。この先何を希望に生きて行けばよいだろう。

 私の、心の中は軍へ冷めた感情が駆け巡っていた。小林少佐は言う。


「いずれにしても作戦の結果は良いものとなった。諸君らはゆっくりと休息をとってもらいたい。それから土方中尉については、何か要望があれば遠慮なく言ってくれ」



「佐々木中尉。横浜での勤務、ご苦労だった。」


 大庭海人おおばかいと大佐はレポートに目を通しながら言う。

「ありがとうございます」

「立派なレポートだよ。こちらが期待した内容だ」

「はい。何とかその辺までは調べられました」

 佐々木中尉はうなずいた。

「これで足利大将も自信を持って蝦夷地派遣計画を変更できそうだな」

「そうですね」

 大庭大佐は佐々木中尉の声に元気が無いことに気が付いた。

「どうした?何か気になることがあるのかね」

「いえ、もう少し私に力があれば、桐野中尉を止められたのかもしれないと思うと、残念で」

 大庭大佐はうなずいた。

「それは仕方ない。気にするな。君は精一杯やった。それでも間に合わなかったことは、どうしようもない。君が気に病む必要はない」

 佐々木中尉は押し黙った。

「君は軍が期待する諜報のエリートだ。君は何らのミスをしていないし、人には避けようもない運命があるのだろう。人は誰の親に生まれてくるかを選ぶことは出来ない。その現実をひとまず受け入れて、未来に何をするかを考えることだ」


 佐々木中尉は小さく頷いた。



 榎本中尉は久しぶりに私の部屋に来た。


「何だか土方中尉が遠い存在に感じて来たよ」

 そう言って彼は伸びをした。

「やめてよ。私は何も変わってないわよ」

 私はそう言って微笑んだ。

「そうかな。なんだか一時期の桐野さんを思い出すんだよな」

「どういう意味?」

「さあ」

 彼は湯呑のお茶を飲んだ。

「気になるな、その言い方」

「はっきり言えば、お前はテロにとても同情してるだろ。それが何か悪い方向に向かわなければいいと思ってるんだけど」

 見透かされているなと思った。

「ありがと。それを分かってくれるのは、もう榎本中尉だけね」

「まあ、付き合い長くなってきたからな。でも、本当にテロに共感し始めたのか?」

「ううん、別に自分でテロをしようなんて、そんなことは微塵も思わないけど、でも彼らにも言い分があるってことは、随分聞かされてきたから」

 そう言って私は膝を抱えた。

「それは分かるよ。でも想いと手段は必ずしも一致しないと思うよ」

 私はうなずいた。

「うん。言いたいことは分かる。だから私も気持ちが落ち込むよ」

 二人とも言葉が出て来なくなった。蝉の声が暑さを増す。おもむろに榎本中尉が言葉を出す。

「あのさ、土方」

「ん?」

 私は階級なしで呼ばれても不快ではなかったが、唐突に言われて驚いた。

「付き合ってくれないか」

「え?え?」

 私は狼狽した。

「そんな状態のお前を放っておけない。かと言って何が出来るか分からない。そばにいることだけでもしたいと思うんだ」

 彼は真っすぐに私を見つめた。私は頭が追いつかなかった。

「えっと…」

「迷惑かもしれないけれども、この世界に生きる理由を失いかけているなら、俺との時間を理由にしてくれ」

 彼はそう言ってうつむいた。

「と、いうか。逆だな。お前のいない時間は考えられない」

 私は暑くなった。

「あの…」

「考える時間もやらない。今この場で結論をくれ」

 私は頭が真っ白になった。

「あの…。真剣に考えるから。ちゃんと考えるから、時間をください…」

 彼は私を睨むように見ている。私は目を合わせられなかった。そして彼はニコッと微笑んだ。

「分かった。出来るだけ早く答えてくれよ」

 そう言って彼は笑った。私は言う。

「何かおかしいかな?」

「だって、戦闘では誰よりも勇敢なのに、俺に告白されたぐらいで、逃げ腰になってるんだもんな。そりゃおかしいよ」

 そう言って彼はお茶を飲んだ。

「そうだね。あのさ、召喚した担当者だからっていう義務感とかもあるでしょ?」

 彼は微笑んで言う。

「最初はそれが大きかった。でも今では些末なことだよ。純粋にお前と一緒に居たい。それだけだよ」

 私は耳まで真っ赤になったと思う。

「すごいね…」

「何が?」

「ううん…」


 ツクツクボウシの声が聞こえた。夏が終わろうとしている。

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