第27話 東京強襲

 榎本中隊は北、ジャクソン中隊は中央、神崎中隊は南とそれぞれのルートを進軍していた。


「尾道曹長。俺達が当たりを引くかな」

「さあ。土方中尉に聞かれてみてはいかがでしょうか」

 尾道曹長はつっけんどんに答えた。鈍い榎本中尉でもさすがにこの尾道曹長の態度で意味は分かった。彼女は何らかの意味で土方中尉にライバル心を持っている。それは良いとしても、上官に対する口の利き方としてどうなのか、という疑問を持ったが、榎本中尉はそれを口にする時期を逸していた。

「分かった。ともかく尾道曹長は警戒を怠らずに、敵の攻撃があれば素早く応戦してくれ」

「承知しました」


 ジャクソン中隊は中央のルートを進んでいる。他の部隊よりも直線的に進んでいるため、敵の拠点に近づくのは一番早いはずだ。まだ他の部隊が襲撃を受けたとの知らせは入っていない。ということは自分たちに戦果を上げるチャンスがあるはずだと思った。堂島軍曹とは初めて組むことになったが、どうも落ち着きが無く、頼りにならない雰囲気を感じてしまう。それは大した問題じゃないと、ジャクソン中尉は首を振った。


 ◇


 神崎大尉は土方中尉のような直感を自分が持ち得ていないことを残念がる。自分には何の予感も浮かばない。この作戦が上手く進んでいるのかどうか、全く分からないと思った。論理的に考えれば、戦力では圧倒している。けれども毎回こういった作戦では何かが起こる。あるとすれば何か。自分には分からないと思った。


 ◇


 ジャクソン中隊は既に拠点への攻撃が可能な地点まで進軍していた。


「中尉。攻撃を開始してもよろしいでしょうか」

 堂島軍曹はジャクソン中尉に尋ねる。ジャクソン中尉は静かすぎるとは思ったが、攻撃をためらう理由が無かった。

「よし、一斉に攻撃しろ!」

 号令の元、ジャクソン中隊から一斉に銃撃が開始された。しかし相手からの反撃は無かった。

「こちらの動きが漏れていて、既に退却しているのでは?」

 堂島軍曹が言う。

「ともかく拠点を調べろ。何か見つかるかもしれん」

 ジャクソン中尉はそう言って、自ら先頭に立って拠点へ足を踏み入れた。その時西側の山中から一斉にジャクソン中隊へ銃撃が開始された。森会長率いる部隊は軍が拠点に足を踏み入れる瞬間を狙っていた。

「応戦しろ!」


 ジャクソン中尉も自らロケットランチャーを手に取り、発射する。しかし準備を万端整えた森部隊の方が、勢いが上だった。


 ◇


 榎本中隊は遠くで爆音と光弾の軌跡を確認した。ジャクソン中隊か神崎中隊のどちらかが交戦している。


「援護に向かうぞ!」

「はい!」


 榎本中尉と尾道曹長は先陣を切って走り出した。


 ◇


 ジャクソン中隊の失敗は自分たちの通って来た道は制圧したものと思い込んだことだった。ジャクソン中隊が森部隊と交戦しているのを見届け、中隊が通って来た道をそのまま東京へ向かったのが、田中隊長率いる部隊だった。


「森さん。最後まで世話になってすみません」

 田中はそう言って、森に別れを告げた。

「俺たちは何の迷いもなく東京の中枢へ向かうぞ」


 ◇


 土方中隊と林中隊は合同訓練をしていた。私は作戦が上手く行っていないようなそういう胸騒ぎがした。その時またが光を帯びた。


「また?」

 思わずそう口にしてしまった。この剣は何か強い意志に反応するのか。東京に行かなくてはいけない。私はそう確信した。小林少佐の元へ向かう。

「小林少佐。またが反応しています。私は東京へ向かいます」

「東京へ?どういう意味だ?」

「分かりません。ただ作戦が上手く行っていない可能性があります」

「バカな。あれだけの手勢で押し返されるものか」

「分かりません。だたこの剣が私に言うのです。信じてください」

 小林少佐は考え込むような仕草をした。

「いや、君の能力と意思は信頼している。しかし東京に向かうというのは、どういう意味だ。派遣した部隊が全滅するという意味か」

 小林少佐はどうでもいいところにこだわると思った。けれども、

「これは推測ですが、派遣部隊が陽動に引っかかって、別部隊が東京でテロを起こす可能性はどうでしょう」

「なるほど、それはあるかもしれん」

 小林少佐はうなずいた。

「よし、分かった。出撃の許可を出す。ただし詳細は戦闘後に報告してもらうぞ」

「承知しました」


 正直東京のことは他人事でどうでもいいとは、感情的に思う。ただ東京に被害が出れば榎本中尉達の責任を問われかねない。そのことを避けたかった。私は軍を東京へ進軍させた。


 ◇


 山梨の拠点では士気旺盛で激しい戦闘となったが、物量に任せて押し切った軍が勝利した。榎本中尉が言う。


「あんたがボスの森か」

 森はニヤリと笑って言う。

「そうだ」

 ジャクソン中尉も叫ぶ。

「持ってる銃を捨てろ。そしたらこの場で射殺はせん」

 森はカラカラと笑った。

「あいにくだな。お前らに話すことなんかない」

 そう言って森は持っている銃を自分のこめかみに当てた。そして森は再びニヤリと笑った。

「もう遅い。今頃東京では綺麗な花火が上がっているだろう」

「何?どういう意味だ」

 榎本中尉が尋ねる。森は夜空を見上げて言う。

「何故こんなマヌケに負け続けた運命だったのかね」

 そう言って森は自分のこめかみに向けていた銃をジャクソン中尉に向けた。その瞬間ジャクソン中尉は引き金を引いた。森はドサリと倒れた。森の声が聞こえる。


「お前黒人か」

「そうだ、なんか文句あるか」

「どうして黒人がジパングの軍に居るんだ」

「いろいろ経緯があってな。それより東京に花火ってどういうことだ」

「別動隊が今頃東京を攻撃しているよ」

「なんだって!」

「そんなことよりお前、俺たちの部隊に入らないか。何の正義もない軍にいても、お前の人生に何も残らないぞ」

「俺にはもうかけがえのない仲間が出来たよ。そいつらとともに歩いて行く」

「偽りの友情におぼれて、かりそめの仲間の為に戦うのか」

「どこの国でもみな苦しんでいる。自分だけが正義を見ていると思うなよ」

「威勢のいいヤツだな。いいさ。お前がどんな人生を歩むかあの世から見ておいてやるよ」


 そう言って森は消えていった。

「ジャクソン中尉、どういうことですか」

 榎本中尉が言う。

 ジャクソン中尉は血の気が引く思いがした。


「俺たちは一杯食わされた」


 ◇


 東京へ進軍する私たちを導くようにはますます光り輝いた。


「もうすぐ会えるのね」

 私は誰に会えるのか分かるような気がした。東京の中心部に入る直前の場所に軍を敷いた。そこから百メートル先の丘へ一人で歩いて行った。段々と人影がうごめくような気がした。相手も理解したようだった。私はを鞘から引き抜き構えた。あらわれたのは、隊長の田中一馬だった。

「どういうことだ?一人で星座でも見てるのかネーチャン」

 彼の顔は笑っていなかった。

「てめぇ、ただもんじゃないな。何してやがる」

「あなたが来るのが分かっていた」

「なに?」

 田中は目を見開いた。

「その割に何で一人で突っ立ってやがる。俺達が素通りするとでも思ってるのか」

「あなたはケジメだからこの手で殺したいと思う。せめてあなたの思いを受け継いであげるわ」

 田中は立ったまま身動きしなかった。

「随分と修羅場をくぐってきたような雰囲気があるな、その若さにしては」

「そう?」

「名前でも聞いてやりたいところだが、俺は死んでいくヤツの名前に興味はない」

 私は左手にを、右手に銃を持って彼の方向へ正対した。明らかに田中は戸惑っていた。

「意味がわからねぇぜ。死にたいのか」

 突如銃声が鳴り響いた。異変を察知した福岡軍曹が攻撃を指示したからだ。

「敵がいる!攻撃しろ!中尉には絶対に当てるなよ!」

 田中の軍隊はそれぞれ散って、銃撃戦が始まった。銃の軌跡を凝視して田中は言う。

「何で待ち伏せしてやがるんだ!」

「それがあなたの運命なのよ」

「運命?幼い頃から貧しさに苦しんで、成長したら仲間が死んでいくことに苦しんで、それが俺の運命ってか?」

 田中は銃を構えた。私はすかさずを傘の形に変えてかがんだ。引き金を引いた田中から発される銃は的確に私を捉えたけれども、全て傘によってはじかれ、軌道を変えて彼方へ飛んで行った。私は右手に持っている銃を田中に向けた。

「ふざけるな!てめえら軍のどこに正義があるんだ!一部の人間だけが幸せでいられるこの世界のどこに…」

 私の右手はゆっくりと引き金を引いて光弾は発射された。いつものように綺麗な黄金色は真っすぐに飛んでいき、田中の眉間を正確に貫いた。そしていつものように田中の意識が入って来た。


「お前、異世界から来た人間か」

「そうよ」

「てめえから見て、この世界は正常なのかよ。どうしててめえは軍に所属してるんだ」

「軍に召喚されたから。それ以上に、私にとって理由はないわ。あなたこそなんでテロリストなんてしてるのよ」

「俺は親父の家業を継いだだけだ。テロリスト以外に就職が無かったんだよ。他に稼げる仕事があれば、それでも良かったさ」

「理想でやってるわけじゃないのね」

「理想もなくはない。結局は貧困とか不平等とか、あとは弾圧とかだな。お前の言ったとおり運命に引き寄せられるようにこの部隊へ入った」

「そう」

「お前優しい人間みたいだな。お前も軍に入らなかったら苦しまずに済んだのにな」

「そう見えるの」

「死に際にならないと分かり合えないのは不幸かな。理解出来ただけでも幸せな気もするし、分からんな」

「…何か残しておきたい言葉はある?」

「逆にお前に忠告しておくよ。人の言葉を軽々しく背負おうとするな。テロリストの言葉を背負い続けると、結局お前もテロリストになるしかなくなるぞ」

「何故そんなこと言うの?あなたはテロを誇りに思ってるんじゃないの」

「テロに正義はある。ただそれは追い詰められた人間の手段でしかない。追い詰められないにこしたことはないさ」

「…優しいのね」

「若い女を自分のような環境に引きずり込みたいとは思わねぇよ。軍にもお前みたいなヤツがいるってのは俺にとって救いだ。俺にとってはそれだけでいい。それだけで東京に来たかいがあった。人間ってのは、誰の言葉だったか、優し過ぎても冷た過ぎても上手く行かないらしいぜ。残りの人生頑張れよ」

「ありがとう」

「名前は何と言うんだ?」

「美月。美しい月」

「そうか。美しい月か。いい名前だな」


 そう言って田中の意識は消えていった。福岡軍曹が叫ぶ。

「土方中尉!退いてください!そこは危険です!」

 私は我に帰り、を傘の形に構えたまま、陣へと引き上げた。銃撃戦は一時間とたたず集結し、テロリストはほぼ殲滅された。

 

 数名を取り逃がしたようで、東京ではテロの厳戒態勢が取られた。

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