第26話 山梨作戦

「土方中尉。先日の君の要望だが、君個人に休養を与えることならば出来る。しかし基地全体を休養させるというのはさすがに難しいな」


 小林少佐の言葉に、それはそうだろうなと思った。

「はい」

「だから、君は休みたまえ」

「いえ、他が戦闘に出るなら私も行きます」

「いや、これは東京からの正式な命令だ。間もなく山梨への殲滅作戦が発令されるが、それについて君を作戦部隊に加えないようにとのことだ」

 私は慌てた。

「そんなことは望んでいません」

「まあ、落ち着きたまえ。仮に休息の命令が出なくても、君が次の作戦に加えられたかは分からんところだ。今回はだ。それに他の中隊長にも手柄を分けないといけないだろう」

 私は答えに窮した。


「確かにそれはそうですが…」

「君ばかりが強くなるのも組織としては困るのだよ。だからどちらにしても今回の作戦で君が外れた可能性は高いんだ。だから受け入れてくれたまえ」

「…承知しました」



 間もなく東京から山梨殲滅作戦やまなしせんめつさくせんが発令され、それに伴う人事異動も発令された。佐々木中尉が東京へ異動となり、代わりに東京から林智也はやしともや大尉と江夏英治えなつえいじ少尉が配属され、そのまま佐々木中隊を引き継ぎ林中隊となった。

 また土方中隊の福岡軍曹は曹長へ昇進した。山梨殲滅作戦はそのまま山梨のテロリストを一掃することが目的だったが、特に目標とされているのが隊長の田中一馬だった。この人物こそ私も目標に定めていたところがあったので、作戦から外されて私は落胆せざるを得なかった。作戦には榎本中隊、神崎中隊、ジャクソン中隊の三つが選ばれた。



「おい、堂島軍曹」


 ジャクソン中尉が呼ぶ。

「なんでしょう」

 堂島軍曹が小走りで近寄ってきた。

「お前はルートについて、北、南、真ん中、どれがいいと思う?」

 堂島軍曹は首を捻った。

「う~ん、目標は手柄を立てることですよね?前回南側で戦闘があったなら、同じルートを選んでみるのも手じゃないですかねぇ」

「そうか、そう考えるのか。俺はだからこそ次は北かなと思ったんだけど」

「いや、こればっかりは運もあるんじゃないですか」



「尾道曹長はどのルートがいい?」


 尾道曹長はあごに手を当てた。

「榎本中尉にお任せしますよ。私はこういうの苦手ですね」

「そうか。土方中尉に聞いてみるかな」

 尾道曹長が少しむくれる。

「榎本中尉は何でも土方中尉に相談しますね」

「ん?だってそれが妥当だろ」

「軍事的にはですね」

「それ以外何がある」



 神崎大尉は柿下少尉に提案する。


「俺は南のルートを申し出ようと思う。構わないな」

「特に異存は有りませんが…」

「が、なんだ」

「そもそも戦闘能力で我々の中隊は秀でているわけでもないように思います。それを底上げするところから始めるべきだと思います」

「君は評論家じゃないだろう」


 神崎大尉は柿下少尉を睨み付けた。



 林大尉と江夏少尉が私に話しかけてきた。

「土方大尉だね。噂は聞いているよ。私は林大尉。以降宜しく」

 二人の男は揃って敬礼をした。私は答礼する。

「同じく江夏少尉です」

 私は特に興味は無かったが、言葉を返した。

「東京から来てくださって大変心強いです。宜しくお願いします」

 林大尉が言う。

「今回は作戦に参加する機会を得られなかったが、次の作戦に向けて準備はしておきたいと思っている。もし合同で訓練をする機会があれば手合わせをお願いしたい」


 私は本当に何の興味も湧かなかった。正直心配と言えば、あの田中という隊長は手強いということ。榎本中尉と尾道曹長の二人の身が心配だった。こう思っては申し訳ないが、榎本中隊と山梨の軍勢が鉢合わせをしないように祈っていた。

 それと情報の漏洩の問題は片付いていない。軍は桐野中尉の暴発で幕引きの雰囲気だが、私が知っている範囲では桐野中尉は情報をテロリストに渡していないし、黒幕は他に居る。もし情報を漏洩している存在が今も軍の中枢にいるのなら、今回の作戦も犠牲は膨大になる可能性がある。

 私は情報漏洩について知っていることのほとんどを軍からの尋問で話しているけれども、軍は幕引きをしたがっているとしか思えない動きだった。考えれば考える程悪い予感がつのっていった。作戦の目標に敵の拠点があるにはあるが、それも形ばかりと言える小さな拠点だった。



 榎本中隊、ジャクソン中隊、神崎中隊は横浜基地を出発した。ルートはくじ引きでそのまま榎本中隊が北ルート、ジャクソン中隊が中央ルート、神崎中隊が南ルートをとった。各隊は一旦北上してから、東側より山梨へ入ろうとしていた。



 三人の男が会議をしていた。森矜持もりきょうじ会長と、市原いちはらリナト二代目隊長、そして田中一馬隊長だった。

 森が言う。


「どうするね。軍は本気で山梨を潰すつもりだ」

 市原は答える。

「勿論迎え撃つ。他に取るべき道はない」

 森は相槌を打つ。

「そうだな。もう拠点を変える時期は終わったような気がするな」

 田中は言葉を発する。

「戦うことには賛成だが、俺は山梨以外でやらせてもらう」

 市原はけげんな顔をする。

「どういうことだ。それは結局また拠点を変えるだけだろう。蝦夷地にでも行くつもりか」

 田中は笑った。

「いや、逆だ」

「逆?西に行くのか」

 田中は森の方を向いて言う。

「森さん。これまでの山梨からの援助、大変感謝しています。ただ死に場所は自分で決めさせてもらいたいんですが、宜しいですか。ワガママ言いますが」

 森はお茶を飲み干した。

「それに反対はせんが、せめて一緒にやって来たんだ。作戦の内容ぐらい言えよ。そうじゃないとお前さん達だけ逃げたんじゃないかと、みんな疑うだろう」

 田中は頷いた。

「そうでしょうね。分かりました。我々は東京に攻め入りたいと思います。」

「東京?」

 市原は掌をおでこに当てた。

「どうせ全滅するなら、本拠地を叩いてやろうということか」

「そうだ」

「しかしリスクはあるぞ。東京を攻撃すれば国王に弓を引いたと言われかねん。そうすると、我々に共感を持っている庶民も離反するかもしれない」

「組織が今まさに崩壊しようとしている時に、庶民の離反を心配しても仕方なかろう」

「連帯を示してくれている各地の組織にも迷惑が掛からんか」

「やってみなければ分からん。君の論理なら、軍がまさに国王を盾に使っているということだ。それこそ卑怯というものだ。違うか」

「それはそうだが」

「俺はジパングの民を信じる。俺達が東京を攻撃しても、あくまで悪を葬るための手段であったと理解してくれるはずだ」

 市原は腕組みをして考え込んだ。森はカラカラと笑った。

「面白そうじゃないか。俺は支持するよ。なあ、市原」

 市原は複雑な顔をした。

「まあ、強く反対はしませんが」

 田中は言葉を挟む。

「それと市原に頼みがあるんだが」

「俺に?」

「ああ、今回の作戦は俺と森さんだけでやらせてもらえないか」

 市原は目を丸くした。

「どういう意味だ。俺が信用できないって意味か」

 田中は首を振った。

「逆だよ。この戦いはどれだけ正義を背負っても、負けることが確定してる。軍も本気だ。けれども俺たちは完全に消滅するわけにはいかないんだ」

「それがどうした。静岡は簡単にはやられんぞ。例え消滅しても、全国の同志が後に続いてくれる。自分たちの滅びを恐れて戦争が出来るか」

 市原は田中をにらむ。

「君の先代、霧島君との約束もあるんだ。市原の成長を見届けてくれって言われてな。負けると分かってる戦いに駆り出すには、君はまだ若い。それに静岡も群馬もすべて滅びてしまったら、誰がその理想を語るんだ?完全に全滅するわけにはいかんのだ」

 市原は机を叩いた。

「その役目が俺である必要はないだろう」

「いや…」

 森が口を挟む。

「俺も田中君と同じ意見だな」

「森さんまで」

 市原は驚いた。森はゆっくりと言葉を紡いだ。

「よく聞いてくれ。人の戦いは記憶を後世に繋いでこそ意味が出てくるんだ。崇高な理念も全滅してしまったら、誰も知らないということになる。だから誰かがその意思を繋いで、生き延びねばならん。分かるな?」

「それは分かりますけど…」

「先に言うが、俺の援助をありがたいと思ってくれてるなら、俺の指示をきいてくれ。山梨、群馬、静岡の各組織を統合して新しい組織を作れ。その上でお前は岐阜の高山にある組織に合流しろ。そこで力を蓄えるんだ」

「何で俺じゃなきゃならんのです」

 市原は食い下がる。

「その新しい組織の頭が出来るのはこの三人の誰かしかおらん」

「…」

「そしてお前が一番若いんだ」

「それだけ…」

 市原は涙を浮かべた。森は言う。

「俺のワガママでもあるが、頼むから俺と田中の遺志を継いで、高山に行ってくれ。そしていつかジパングをひっくり返してくれ」

 田中はニッと笑った。

「市原。お前はもう少し訓練すれば、俺なんかよりもよほど強い戦士になる。それまで自重してくれ。若いっていうのはそういうことなんだよ」


 市原は涙しこぼして机に臥した。



 反乱軍は森の迎撃部隊と田中の東京強襲部隊、それぞれ約三十名に別れた。市原の三軍混成の約二十名は高山目指して山梨を脱出した。

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