第五章

第25話 表彰

 横浜の基地に戻ってから数日は、私ははっきりとしたことを覚えていない。様々の尋問を受けたけれども、心ここにあらずといった感じだった。


 新田大佐は生存。桐野中尉は死亡。山上伍長以下五名は逮捕された。については極めて危険な武器という評価になったが、それ自体が暗殺未遂を誘発したわけではないということで、引き続き横浜基地の五中隊には試供品が貸与された。小林少佐は監督不行き届きで譴責けんせき処分となった。私は新田大佐を守ったということで特別表彰をされた。

 中隊の編成は榎本少尉が中尉に昇進し、桐野中尉の中隊を引き継いだ。また佐々木中隊の副長堂島軍曹が、ジャクソン中隊の副長になった。



「どれだけ警戒しても今回みたいな事件は読めんわ」


 小林少佐は不機嫌そうに言う。

「君もそう思うだろう」

 私は特に答えなかった。小林少佐はレポートを机に置いて言う。

「何にしても今回の君の働きは大したものだ。時系列から言って、君の働きが無ければ最悪の事態になっていたかもしれん。私からも礼を言う」

 私は少し頭を下げた。

「いろいろ思うところはあるのかもしれないが、召喚されてからここまでの君の戦績は素晴らしい。どうだ、何か要望があるかね。新田大佐からも出来る限り厚遇せよとのお達しだ」

 私は少し考えた。そして言った。

「少し、基地全体に休みを頂けませんか」

「休み?疲れているのか。それはそうだろうな」

「そうですが、私だけではなく基地全体に頂きたいのです」

「どういうことだ」

「誰かが戦っていれば、私の心も穏やかではいられませんから」

 小林少佐は軽くうなずく。

「なるほどな。言っていることは分からんでもない。ただ基地全体となればどうか。君だけならば、すぐにでも東京に掛け合うんだがな」

「出来れば、全体で掛け合ってみてください。お願いします」

 そう言って私は少佐の執務室を出た。ドアを閉めたその先に榎本中尉が立っていた。

「もう大丈夫なのか」

 榎本中尉はリンゴをいれたビニールを持っていた。

「リンゴ買ってきてくれたの」

「ああ、これぐらいしか出来ることが思いつかない」



 私は榎本中尉と一緒に私の部屋へ行った。


「桐野さんと最後どんな話しをしたんだ?」

 彼はリンゴを頬張りながら言う。

「なんだろう」

 私は全てを話せない自分に気が付いた。軍の尋問でも特に桐野中尉が最期に言っていた言葉については聞かれなかったので、答えていない。

「言いにくかったら言わなくていいけど、ため込むなよ。お前まで桐野さんみたいになってしまったら、俺も行き場が無いよ」

 そう言って榎本中尉は窓の外を見た。私は言う。

「ねえ、榎本中尉」

「ん?」

「魔法ってなんだね」

「どうかな。魔法そのものが意思を持っているわけじゃないけどな」

「じゃあ、何の問題かな」

 私もリンゴを食べる。

「人間の欲望じゃないか。特に名誉欲とか出世欲とか」

「ふうん」

「無意味な競争で軍のみんなも疲れ果ててる。不正を働く人間もみんな出世したいがためだからな」

「そんな人の思いが一つになれれば、とても素敵な力になるような気がするけど」

「さあ」

 榎本中尉は気の抜けた声を出した。

「分からないな。もっととんでもない欲望が出てくるのかもしれない」

 榎本中尉は大きなため息をついてこちらを向いた。

「やっと追いついた」

「え?」

「中尉になって中隊長になれた」

「ああ、そうだね、おめでとう」

「あんまりめでたくないな」

「どうして?」

「お前はすぐに大尉になってしまいそうだから」

「そうかな」

「お前にふさわしい男になろうって頑張ってみてるんだけどな。肝心の誰かさんは一向に興味を示してくれないんだ」

 そう言って彼は再び窓の外に目をやった。私は言葉に詰まった。


「あの、そういう風に言ってもらえるのは嬉しいよ。なんていうか凄く救いになってる。私を現実に引き戻してくれるって言うか」

「俺としては、それはあまり嬉しいポジションでもないけどな」

「でも榎本中尉がいなかったら、私今正気で居られたか分からない。榎本中尉と桐野さんがかけがえのない存在であったのは間違いないの」

「それは男として?」

 私は答えられなかった。榎本中尉はため息をつく。

「答えられないんじゃ仕方ないな」

 そう言って彼は自分の部屋に帰ろうとした。

「待って」

 私は言った。

「もう少ししたら、ちゃんと答えを言えると思う」

 私は正座していた。

「もう少しってどういうことだ」


「もう一人、倒すべき人が居るみたいなの」

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