第24話 桐野中尉の声

 私たち土方中隊はのささやきのままに東京へと、車に分乗して進んで行った。


「この方向に何があるのでしょう?」

「分からないわ」

 私は福岡軍曹の問いに答える。

「桐野中尉」

 山上理沙やまがみりさ伍長が言う。

「もうすぐ着きます。そのまま行きますか?」

 少し迷ったが、無事着いた。桐野中尉は腕組みをした。

「どれほどの警備がいるか分からないから。まず私一人で行くわ」

「気を付けて」

 山上伍長が言う。

「理沙ちゃん」

 桐野中尉は子供の頃の呼び方で言った。

「こんなことに巻き込んでごめんね」

 山上伍長は微笑む。

「気にしないで。子供の頃からの約束だったわ。何か困難がある時はお互いの命は惜しまないって。私は約束を果たせて幸せよ。この場にいる五人。皆あなたと生死を共にする覚悟よ」

 その場にいる全員がうなずいた。

「ありがとう」

 桐野中尉は涙ぐんだ。

「泣くのはまだ早いわ。新田大佐をきちんと暗殺して、嬉し涙を流しましょう」

 桐野中尉は涙を拭いてうなずいた。そして言う。

「のちのジパングのため、私たちは捨て石になります。このような悲劇を二度と繰り返さないために」

 そう言って桐野中尉は一人で、新田大佐の、私邸の門前に来た。守衛と思われる男性がいる。桐野中尉に向かって敬礼をした。

「どうされました、こんな夜更けに。何か大佐にご用事ですか」

 桐野中尉も敬礼をして答える。

「私は陸軍の桐野中尉です。新田大佐に呼ばれて、伺いました」

 守衛はけげんな顔をした。

「こんな夜更けにですか?聞いておりませんが。ちょっと確認させてください」

 そう言って彼は守衛室に入った。その守衛室に門を開けるボタンがあるようだった。門は鉄製で頑丈そうだったし、恐らく魔法で加工されている。破壊するのは難しいと、桐野中尉は思った。桐野中尉は拳銃を取り出して、守衛の喉もとにあてた。

「ヒィィ」

 守衛は声にならない声をだした。

「騒ぐな。門を開けるだけでいい。開けなければ殺す」

 守衛は手を上げたまま身動きしない。

「どれだ。どのボタンだ」

「そ、そこの赤いボタンです」

 桐野少尉は赤いボタンを押した。「ジリリリリ!」という警報音が邸内に鳴り響いた。

「貴様!」

 桐野中尉は引き金をひいた。

「ごふっ」

 といううめき声と共に守衛は絶命した。桐野は必死にボタンを探した。

「多分これだ」

 桐野は緑色のレバーを引き下げた。「ギィィ」という音と共に門が空いた。銃声を聞いた部下の5名も合流した。


「一気に新田の首を獲れ。抵抗する者は容赦しなくていい!」



 警報音で飛び起きたのは新田大佐だった。


「何だ、何事だ。賊か!」

 執事が飛んでくる。

「旦那様。分かりませんが、念のため一階の警護室へ避難されていてください。滅多なことでは警報もならないでしょうから」

「何があったか分かったら知らせるんだ」

「承知致しました」



 桐野の集団はそれぞれ剣と拳銃を装備して、邸宅に侵入していった。警護と思われる警察官らしき人間が三名程出て来たが、桐野中尉はそれをそれぞれ冷静に射殺していった。「パン、パン、パン」警察は魔法の訓練は基本的に受けていない。視認さえできれば、ほぼ敵ではない。護衛は多くても十人は居ないだろう。必ず仕留めて見せる、桐野中尉はそう思った。



 土方中隊は既に東京へ入って来ていた。私のがまた光りだした。


「今度は何ですか?」

 福岡軍曹が叫ぶ。

 私はおおよそ理解した。

「桐野さんが一線を越えたんだわ」

 私は涙があふれてきた。

「大丈夫ですか」

 福岡軍曹が心配そうにのぞき込む。

「大丈夫よ。それよりこの方向の先に何があるの?」

「分かりませんが、この先は東京の高級住宅街です」

「あの丘の中腹ぐらいよ」

「誰か金持ちの家でも襲撃したのですか!」

「もうすぐ着くわ」

 私は車を降りて、門の前に来た。守衛の遺体を確認した。

「救急を呼んで」

 福岡軍曹が言う。

「いえ、もう脈はありません」

「そう」

 私は表札を見て全てを理解した。表札には「新田」とあった。

「新田大佐を殺害したのか」

 福岡軍曹がうめくように言う。その時邸内より銃声が聞こえた。

「まだ、戦っている!」



 桐野中尉は焦った。この扉の向こうに新田大佐が居るのは間違いない。けれども一階の奥へ進む途中の扉は鉄製なうえ、頑強な処理が施されていた。彼が普段から暗殺を恐れていたことが分かる。


「この扉が不正の何よりの証拠でしょう!」

 桐野は気銃にありったけの精神を充填して、扉に向けて放ったが、キズ一つつけられなかった。山上伍長もにより扉に斬りつけてみたが無意味だった。

「こんなものをどうやって作るのよ!」

 山上伍長が苛立たしいといった様子で叫ぶ。その時桐野中尉は敷地内に入ってくるおびただしい足音に気が付いた。

「もう、警察が来たの?」

 慌てて窓の外から敷地を見ると、軍服を着た数十人が広がってこちらへ銃を構えているのが見えた。そしてその中心に土方中尉が居るのを理解した。

「そういうことなの」

 桐野中尉は呆然とした。

「山上伍長、ここはお願い。私が何とか時間を稼ぐから、あなたは何とかここを突破して新田を倒して!」

「分かった!」


 そうは言っても妙案はない。しかも一階だから、窓から逃げているかもしれない。万一にも抜け道の地下道でもあったら、もう捕まえられない。山上伍長は焦った。



 私はこちらを狙っている銃がないか用心しながら、入り口のドアに近づいて行った。その時入り口のドアが開いた。目の前に桐野中尉が悲しそうな眼をして立っていた。


「桐野中尉…」

 私は抱き着きたいような衝動を抑えて、その場に立っていた。福岡軍曹が銃を構えようとするが、それを制止した。私は言う。

「桐野中尉。お迎えに上がりました。横浜の基地で皆心配しています」

 私の台詞に福岡軍曹が驚いた顔をしている。桐野中尉は答える。

「私にはもう帰る場所はないわ」

「状況を説明して頂けますか。何が起こっているのでしょう」

 私は努めて冷静に振舞った。桐野中尉は少し間をおいて、毅然と答えた。

「新田大佐を殺害しました」

 福岡軍曹は絶句した。私は予想のとおりだと思った。桐野中尉が逆に聞いてくる。

「どうしてここが分かったの?警察ならともかくあなた方がここにこんなに早くあらわれるなんて」

 私は「示現剣」を鞘から抜いた。

「この剣が場所を示してくれました」

 そう言って剣が光を帯びた。その時桐野中尉が腰から下げているも同じように光だし、二つの剣は共鳴した。桐野中尉はポツリと言う。

「そう言うことなのね。何かの助けになるかもと思ったこの剣が、逆に自分を追い詰めることになったわけね」

 そう言って桐野中尉は空を見上げた。

「七夕の夜は星が綺麗ね」

「桐野中尉。目的は果たされたのでしょうから、逮捕にご同意願えますね」

 私はそれ以外やるべきことを思いつかなかった。桐野中尉は周囲を見回す。

「そうね、基本的には同意するわ。これだけの兵を相手に戦闘をするだけ無駄というものでしょうね。でも少しだけ時間が欲しい」

「なぜですか」

「新田大佐の遺体を今、破壊しているところなの」

 福岡軍曹が割って入る。

「死体の損壊など、余計に罪が増えますし、そもそも倫理的にもどうかと思います。早く武器を捨てて投稿してください」

 その時再び銃声が聞こえた。私と福岡軍曹は顔を見合わせた。

「死体を撃っているの」

 桐野中尉は事も無げに答えた。私は意味が分からなかった。

「そんなことをして何の意味があるのですか。私の知っている桐野中尉は無意味なことをする方ではありませんでした」

 桐野中尉は真っすぐに私を見据えて言う。

「私はあなたに全てを説明するべきだったのかもしれない。あなたを頼るべきだったのかもしれないわね。それが私の甘さかもしれない。ごめんね」

 そう言って桐野中尉は涙を浮かべた。私は桐野中尉の涙に胸が一杯になった。何度この人に助けてもらったか分からない。

「…そうですよ。何でこんなことをしてしまったんですか。こんなことをしても何の意味も生まれないじゃないですか」

「人としての意地よ」

「意地?」

 私は戦闘地域であることも忘れて素直に聞き返した。

「新田は人の命をもてあそびすぎた。そういう人間にはそれなりの報いをうけさせるべきなのよ」

「でもこれって暗殺じゃないですか。それを正当化出来るんですか」

「勿論。正当化すればこそ実行に移した。私は今悲観の中で動いてはいないわ。信念で動いている」

 再び銃声が鳴り響いた。桐野中尉が手にしているが次第に光を帯び始める。

「それにこれは殺人じゃないの。ただの人事異動よ。」

「人事異動?」

「そう、暗殺という名のね。暗殺は部下が上司に、強制的に行使できる人事異動なのよ」

 私は頭を殴られたような衝撃だった。

「桐野さん…」

 私は涙が止まらなかった。

「そこまでなっちゃだめなんですよ…」

 再び銃声がこだまする。福岡軍曹が叫ぶ。


「違う!新田大佐はまだ生きているんだ!」


 桐野中尉はすばやくに念を込め傘の形にした。そして銃で空に乱射しながら、ドアの陰に隠れた。土方中隊の面々もそれぞれ伏せていた。

「どういうこと福岡軍曹!」

「今の桐野中尉の行動が答えです!桐野たちはまだ新田大佐を倒しきれていない!」

 ドアの陰から銃身が見えた。私は桐野中尉の真似をしてを傘の形にして突撃した。

「土方中尉、危険です!」

 福岡軍曹が叫んだが構わなかった。桐野さんの銃で死ぬならもう仕方がないと思えた。桐野中尉は銃を乱射していたが、私のは突破出来なかった。私は気を込めた拳銃を一発放ち、それが桐野中尉の肩に命中した。

「ぐっ」

 うめき声がかすかに聞こえた。

「そんな、あなたもを使いこなせるなんて…」

 桐野中尉は嬉しそうな、悔しそうな顔をしていた。私は桐野中尉の前まで到達し、拳銃を桐野中尉の眉間に向けて構えた。

「あなたなら納得も行くわね」

 桐野中尉はうなだれて言った。

「逮捕されてくれますか」

 私は涙ながらに言った。

「断るわ。軍の尋問なんか受けるぐらいなら、この場で射殺を望みます」

 本来の軍の在り方などどうでも良かった。私も桐野中尉が軍の尋問で苦しむのは望まなかった。

「桐野さん、愛してます」


 その後のことを私は覚えていない。

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