第22話 戦果

 ■戦果


 私たちは横浜へ帰還した。山梨の拠点は制圧され、の隊長も討ち取った。こちらは山田大尉が戦死し、また桐野部隊の損害は大きく二十二名が戦死した。小林少佐への報告はなされなかったが、山田大尉を失ったことによる桐野中尉の消耗は大きく、榎本少尉も魔法力により心が通ったことによるダメージが大きかった。私たちの心は満身創痍まんしんそういとなっていた。

 山田大尉が戦死したことにより、山田大尉の後任にジャクソン中尉がそのまま昇進し、ジャクソン中隊となった。私の土方中隊より榎本少尉がジャクソン中隊の副官となった。それから数日して、吉川少佐が逮捕されたとの知らせが入って来た。私たちは罪状も詳しく知らされなかったので、戸惑いしかなかったが、桐野中尉の憔悴しょうすいは見ていて気の毒なほどだった。私はジャクソン中尉と尾道曹長を自分の部屋に呼んだ。


「尾道曹長、桐野中尉の様子はどう?」

 尾道曹長は首を横にふる。

「駄目です。山田大尉の戦死は余程にこたえたようです」

 私はため息をつく。

「いつも桐野中尉には励ましてもらっていたから、今度は私が支えになりたいけど、正直何を言えば良いのか分からないわ」

「そうですね。ここのところ急に山田大尉と話すようになってましたし」

 尾道曹長がうなずく。

「何か二人しか分からない話しがあったのかしら」

 私は二人が吉川少佐に呼ばれたことを考えていた。

「新田少佐の逮捕も影響しているのかもしれない」

「かもしれないのですけど、中尉は何も言って下さらなくて」

 尾道曹長は肩をすくめた。

「ジャクソン中尉は何か分かる?」

「同じだよ。俺は山田大尉をなくしているから、余計に情報が分からない。山田大尉は何も残してくれてないんだよな」

 尾道曹長がジャクソン中尉に聞く。

「でも、何か様子がおかしいという感じはあったんですか」

 ジャクソン中尉は尾道曹長の方を見る。

「土方中尉と同じだよ。吉川少佐から呼ばれて以降なんだか様子がおかしくなったような気はする。ただ何も分からない」

 私はうなずく。

「やっぱり、吉川少佐の逮捕は影響してるんでしょうね」

 尾道曹長は私の手を取った。

「やっぱり土方中尉しか桐野中尉の気持ちを聞いてあげられる人はいないように思います。多分逮捕された吉川少佐と亡くなった山田大尉が桐野中尉の気持ちをきいてあげられたんじゃないですか」

 私に代わりが務まるだろうかと思った。けれども何とかしたいという気持ちはあったから、私は桐野中尉の部屋へ向かった。その途中で佐々木中尉に会った。

「桐野中尉のところに行くの?」

 私は答える。

「はい。ちょっと様子が気になりまして」

 佐々木中尉はいつも物事に一歩引いたような態度でいる人だ。

「そう。あまり深入りはしない方がいいと思うわよ」

「深入りですか?」

「あなたも何かただならぬことがあると思うから気になるのでしょう?ということはただならぬことがあるのよ」

「だからって放っておけません」

「放っておけばいいとは言わないわ。ただ本人が相談してこないなら、無理に聞き出すのは逆効果じゃないかと言いたいだけ」

 私は佐々木中尉から目を逸らした。佐々木中尉は言う。

「まあ、彼女に何を言うかはあなたの勝手だけどね」

 私はムッとした。佐々木中尉は私の目を真っすぐに見て言った。

「私にも部下はいるし、家族もいるわ。吉川少佐のように逮捕されたら、恩給すら出ないのよ。戦死より悲惨な結末になるわ。そのくらいあなたにだって分かるでしょう。あれを見て」

 彼女は指をさした。その先に誰かが潜んでいる。

「桐野中尉は監視対象になっているわ」

「どういうことですか」

「私にわかるわけないでしょう」


 そう言って佐々木中尉は立ち去った。



 私は桐野中尉の部屋を訪ねた。


「桐野中尉、気分はいかがですか」

 桐野中尉はうずくまったまま、目は中空をさまよって、虚ろだった。

「大丈夫よ。心配しないで」

「その様子で大丈夫と言われても信用できません」

 どこかで聞いた台詞だと思った。

「何があったんですか。良かったら聞かせてください」

 桐野中尉は動かなかった。

「言わない」

「どうしてですか。私じゃ頼りないからですか」

「違うわ。あなたは驚くほど成長している。言わないのはあなたを巻き込みたくないからよ」

「何かに巻き込まれてるんですか?」

「出て行って」

 桐野中尉は冷たく言い放った。私は目を白黒させるだけだった。

「あの、言えると思ったらいつでも言ってください。ちゃんと聞きますから」


 私は自分の無力感にさいなまれた。



 神崎大尉は私に言う。


「東京から来ている諜報の連中は、テロリストに情報を横流ししている人間を捜査しているらしい」

「そうなんですか」

「色々聞きまわっているそうだ。桐野は危ないな」

 私は驚いた。

「何で桐野中尉が監視の対象になるんですか。あの人はそんな人ではないですよ」

「俺に言われても困る。事実は東京の諜報が桐野を監視しているってことだ」

「そんな…」

「お前は異世界から来て、しかもまだ若いから納得いかないだろうが、ここまでなっては何を言ってもひっくり返らないと思う」

 私は絶句した。

「どうなってるんですか、この世界は」

「さっきも言ったが、俺に言われても困る」

 神崎大尉は一呼吸置いてから言葉を加える。

「お前は頭に血が上ると止まらない性格らしいけど、念のため言っておく。もうお前は中隊長なんだ。お前の軽はずみな言動が、部下の未来を変えてしまうかもしれないぞ。だからより慎重になれ」

「私はいきなりこちらの世界に連れてこられたんですよ!」

「それには同情してる。けれどもお前の部下たちだって、お前の部下になることを選んだわけじゃない。誰の人生も平等だろう。違うか」

 理屈だと思った。神崎大尉は続ける。

「桐野が何を考えているかは知らん。ただ短い付き合いでもあいつが部下の将来もきちんと天秤にかけられる正確であるとは信じている」



 小林少佐は胸を張って言う。


「東京から最新の武器が届いた」

 彼は一本の剣を箱から取り出した。見たところただの剣に見える。

「見ていろよ」

 彼は剣に精神を集中し始めた。そして剣は黄金色の光を発したかと思うと、ぐにゃりと自在に折れ曲がった。

「魔法の力でいかようにも形を変えられる剣だそうだ。こういう風にも使えるらしい」

 彼は再び精神を込めた。剣は大きく広がり傘のようになった。

「実戦で使うにはまだまだ貧弱だが、盾のような使い方も出来る。使用者の能力と想像力によっては、更なる進化も期待できる」

 私は素直に凄いと思った。他の四人の中隊長も一様に驚いた顔をしていた。神崎大尉が言う。

「これは実戦で配備されるのですか」

 小林少佐は剣を元に戻し言う。

「まだ試作品だ。名前は示現剣じげんけんと一応呼ばれている。こちらに五本届いているから、試供品として各中隊に渡すが、性能は保証せんぞ」

 中隊長それぞれにが渡された。

「凄く使いやすそうだな。それに軽い」

 ジャクソン中尉が目を丸くして言った。小林少佐は言う。

「各自使用した場合はレポートを提出してくれ」

 私は小林少佐が桐野中尉を特別警戒するような素振りを見せないことに安心した。


 翌朝、桐野中尉はを持って、部下五人を引き連れて外出した。

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