第21話 「希望」と「絶望」
「山梨への進軍ルートは三方から別れて行くか?」
山田大尉が桐野中尉に尋ねる。
「そうね。静岡でもそうだったけど、中隊の一つが敵と戦って残りの部隊が拠点を制圧した方が、確率は良いと思う。戦う部隊の損害は大きくなるだろうけど」
「分かった。そうすれば、北、真ん中、南に別れるな。君はどのルートが良い?」
桐野中尉はしばらく考えて、
「南のルートが良いわ」
と言った。
「なぜだ?」
「静岡の部隊には川口大尉の借りを返したい。少しでも静岡に近いルートを取りたいわ」
「なるほど。その理屈なら、土方中尉は北のルートを選ぶだろうな」
「ええ、彼女ならそれで構わないと思うわ」
「俺は中央のルートか。一番安全なルートに見えるのが残念だが、君らほどルートにこだわりはないからな」
「一番安全かは、ふたを開けてみないと分からないわ」
「そうだな」
山田大尉はため息をついた。
「どうしたの?」
桐野中尉は尋ねた。
「吉川少佐は何故君を巻き込んだのかなと思ってね」
山田大尉は答えた。
「東京の評価と言っても、大尉より下は上から見ると誰が誰だか分かってもいない。俺には吉川少佐が君を引きずり込んだようにしか見えんでな」
桐野中尉は微笑んだ。
「私の事心配してくれているの?」
「心配というか、蝦夷地派遣の話しだって、東京の方針はコロコロ変わるからな。君が抱えているほど、事態は切迫していないかもしれない。少佐は事態がはっきりするまで、君に黙っておけば良かったのに、との思いがあるよ」
「ありがとう。そう思ってもらえるだけで、嬉しいわ」
そういって桐野中尉は前を見据えた。そして続ける。
「ただ私は話しを聞いたことを後悔していない。今私の身に降りかかっていることは、軍に所属する中隊長全てに起こり得ることでしょ?それなら私が突破口を探してみたい」
「突破口と言っても、何ができるわけでもないだろう」
「大尉はどうするつもりなの」
「俺は亡くなった恋人のことがあるからな。流れに任せて、決断すべき時がくれば、そうする」
桐野中尉は目線を落とした。
「それって、関わった人に失礼じゃない?」
「どういう意味で?」
桐野中尉は答えなかった。
「ともかく目の前の作戦に集中するよ。今の話しは小林少佐に提案して承認をもらってくる」
◇
「お呼びですか、新田大佐」
吉川少佐は新田大佐の執務室を訪れた。
「待ちかねたよ、吉川少佐」
新田大佐はソファに座ったまま、将棋の本を読んでいた。吉川少佐はその態度がしゃくに障った。
「山梨への攻撃の件ですか?まだ報告書が出来上がっておりませんが」
「違う」
新田大佐は平板だけれども冷たい声で言った。
「何でしょう」
「君はここ最近、横浜に行っているようだな。何をしている」
「訓練の確認です。それから慰問もあります」
「それは頻繁に行くことじゃない。そういうのはサボりという」
吉川少佐は表情を変えないように努めた。
「申し訳ありません。以後気をつけます」
新田大佐は将棋の本を持ったまま、吉川少佐を見た。
「君は、将棋は好きかね」
「いえ、申し訳ありませんが、ルールを知っている程度です」
「ふむ。将棋とチェスの最大の違いは、取った駒を自分の手駒に出来るところだ。そして将棋ではそれを敵陣に打ち込むことが出来る。面白いだろ」
吉川少佐は何が言いたいか分からなかった。
「君は手駒を増やそうとしている。そして一気に王手をかけようとしているな」
「大佐。何のことでしょう」
その瞬間、部屋の四隅に隠れていた、四人の兵士が拳銃を構えた。吉川少佐は状況を理解した。
「私を逮捕するつもりですか。嫌疑はなんですか」
「
吉川少佐に拳銃が付きつけられた。
「新田大佐、あなたという人は!」
「弁明は軍法会議でしたまえ。嘘で人を陥れるなど、人の風上におけんよ」
「あれが嘘なのか!」
「それは悪魔の証明というものだ。連れていけ!」
◇
山梨への攻撃は北ルートが私、中央ルートが山田大尉、南ルートが桐野中尉に決まった。山田大尉の提案のとおりだった。既に三つの中隊は横浜を出撃していた。
「これから三方に別れるが、くれぐれも無理はしないように。敵と遭遇して戦況が不利となれば、即座に撤退していい。そして他の部隊に救援を求めること。いいな」
山田大尉が言う。私と桐野中尉に異存はない。
「敵の勢力はおよそ百名と言われているが、恐らく根拠のない経験則だ。火器ではこちらが上回っているだろうが、一中隊では人員と手数で上回ってくる可能性は大いにある。山梨に入れば、敵の諜報網にも引っかかるかもしれん。油断はするな」
桐野中尉が言葉を繋げる。
「中には土方中尉が群馬で出会ったように、相当戦闘能力の高い兵もいるかもしれないわ。用心に越したことは無いわね」
私はうなずく。もう死の覚悟は遠くへ通り過ぎて行った。
◇
榎本少尉が聞いてくる。
「北側のルートってことは、群馬を意識してるよな。来るかな?」
「さあ、それは相手の都合によるから、何とも言えない」
私は至極冷静に答えた。
「土方中尉の落ち着きぶりには驚くよな。どうしたらそこまで成長できるのかね」
私は榎本少尉と話している時が一番落ち着いているかもしれない。
「ふふふ。大人になっちゃったからね」
そう言って私は、悪戯っぽく笑った。
「敵じゃなくて良かったよ」
榎本少尉も笑った。
◇
桐野中隊目掛けての銃声が聞こえたのは、三方からの進軍がそれぞれ山梨へ入ったころだった。銃声と光弾がほとばしり、桐野中隊は応戦した。それを遠くで確認したのは、山田中隊だった。
「山田大尉!桐野中隊に応援に向かおう」
ジャクソン中尉が言う。
「分かっている。ただ作戦はあくまで拠点の制圧だ」
「だからって桐野を見殺しには出来ないだろう」
山田大尉は思案した。
「よし、山田中隊を二つに分ける。ジャクソン中尉はこのまま進軍してくれ。俺は手勢二十名くらいの小隊を編成して救援に行く」
「二十人?それは少なくないか」
「間違っても拠点の制圧に失敗するわけにはいかんからな。頼めるか?」
ジャクソン中尉は少し迷ったがうなずいた。
「山田大尉。何があったか知らないが、絶対死んだら駄目だぞ」
山田大尉は小さく頷いた。
◇
桐野中隊への攻撃は激しい。既に二発のロケットランチャーを被弾していた。尾道曹長は叫ぶ。
「何でこんなに武装しているのよ!」
敵勢はおよそ五十名。毎回同じことの繰り返しだと、桐野中尉は思った。どうしてこうまでこちらのルートを正確に把握されているのか。ただ桐野中尉は敵がこちらを襲ってくれたのは好都合だと思った。この戦闘に勝利すれば、大きな戦果として認められる。桐野中尉の精神力はこの上なく高まっていた。意識が流れるような、漂うようなそんな気分を感じていた。次の瞬間、頭の中で誰かが話しかけてきた。
「お前は誰だ?」
「私は桐野アデールよ。あなたは?」
「ハズレか。俺は群馬彰義隊隊長、田中一馬だ」
「あなたが、あの隊長ね。ハズレってどういうことかしら?」
「俺の仲間を殺したヤツを倒してやりたいと思ってな。せっかく情報が入って来ても、誰がどこを進んでいるのか分かりもしない。意味のない情報だ」
「情報?あなたたちどうやってこちらの情報を得ているの」
「お前には関係ないことだ。てめえらの中にも金に釣られるヤツがいるってことだ」
「そこが一番重要なのよ」
「俺にとって一番重要なことは、仲間を殺したのがお前たちってことだ。俺の大事な弟分たちを殺した。なぜだ?ただ一所懸命生きているだけの人間を、どうして軍はそんなにゴミを漁るように扱うんだ」
「ゴミって。あなたたちがテロをしなければ良いでしょう」
「好きでやってると思うか?お前らが金と魔法をガメているおかげで、庶民がどれだけ苦しんでいると思ってるんだ。真面目に生きてるヤツが馬鹿を見る世界を作っておいて、言える台詞か?」
「でも、あなたたちが略奪していい理由にはならないでしょう!」
「税金だって略奪だろうが!税金がまともに使われてるところを、お前は見たことがあるのか?」
「それは…」
「知ってるぜ。軍の下っ端は世間知らずってな。世間を見る目があれば、そしてほんの少しの優しさがあれば、テロリストになるのが普通だ。いいか。優しいヤツからテロリストになるんだよ、今のジパングはな」
「そんな…」
「ガキに説明しても仕方ない。もし、気に病むのなら、さっさと死んでくれ。せめてもの優しさで俺も苦しまないようには祈ってやるよ」
その時遠くに声がした。
「桐野中尉!」
山田大尉の声だ。
「桐野中尉!吸い込まれるんじゃない!」
桐野中尉は目を覚ました。
「私は…」
「敵と共感し過ぎるな!死んでいたぞ!」
桐野中尉は慌てて銃を構えた。遠くに巨大な精神が集まっているのが感じられる。
「桐野中尉、離れろ!俺がやる!」
そう言って、彼はロケットランチャーを構えて、充填しながら前へ走っていった。その行動は明らかに敵の攻撃を私から逸らすためだった。
「いけない、山田大尉!」
山田大尉がロケットランチャーを発射しようと構えた瞬間、先に敵からのロケットランチャーが放たれた。直径三十センチ前後はある美しい光弾があっという間に山田大尉に命中し、蒸発していくのが分かった。
山田大尉の意識が流れてくる。
「もし俺の死がお前を苦しめたらすまん」
「苦しめるってそんな…。なんで私を守ってくれたの」
「理屈はないよ。女を守るのに理屈はいらない。魔法の力がどれだけ男と女の差を無くしても、女を守りたいって本能は消えないんだなって、ずっと思ってた」
「…」
「恋人を守れなかった痛みが、ずっと心の中を駆け巡ってた。ようやく俺は彼女に会いに行ける。だから俺は君に感謝しなくちゃいけないな」
「残された人の気持ちはどうなるの…」
「君は賢い女だ。自ずから道を切り開くと信じているよ。さあ、戦いに戻れ。君が死んだら俺の行動が無意味になってしまう」
そう言って彼は消えていった。桐野中尉はありったけの精神力を詰めて、ロケットランチャーを乱発していた。飛び交う光弾の中、いくつもの命が消えていき、いくつもの恨みが生まれた。
◇
私たち土方中隊は、桐野中隊が交戦中であることは分からなかった。そのまま進軍してきの拠点近くにたどりついた。
「我々が一番のようですね」
福岡軍曹が言う。
「そうね」
私はうなずく。
「どうする?」
榎本少尉が聞いてくる。
「当初の作戦どおりにするわ。待機して異常が無ければ、一時間後に突入する」
「注意しながら進むんだ」
山田中隊を指揮するジャクソン中尉は、散発的な敵の攻撃を受けていた。山田大尉が桐野中隊の応援に回ったように、敵方もこちらの中隊を足止めするために、幾らかの兵を送り込んでいた。けれどもその数は十名程と思われ、中隊は確実に敵を殲滅していった。ただし進軍のスピードだけは大幅に遅くなった。
◇
「一時間たった。突撃する!」
私は中隊に攻撃命令を出した。一斉に敵拠点に向けて銃撃が開始された。散発的に反撃を受けたものの、山中にある木造二階建てで、あっという間に拠点は破壊された。けれども中から大きな精神の動きが確認できた。
「誰かいる」
私は榎本少尉に言った。榎本少尉と福岡軍曹は十数名を率いて突撃していった。
「誰かいるなら投降しろ!抵抗しなければ殺しはしない!」
男が魔気剣を持って立っていた。銃らしきものは見えない。榎本少尉たちはその男を取り囲んだ。彼は言う。
「誰だ、名を名乗れ」
男はギラギラした目で榎本少尉を睨み言う。
「静岡青龍隊前隊長、
思わず榎本少尉は唾を飲み込んだ。この男が川口大尉を殺した人間だろうか。榎本少尉は彼の前に出た。
「副官の榎本少尉だ」
「こんな小僧か」
男はあっけにとられたような顔をしていた。
「小僧で悪いか?」
榎本少尉はにらみ返した。
「そりゃ悪い。憎むのにもある程度の外見は欲しいってもんだ。いくら魔法力が優秀でもな」
そう言って霧島は笑った。榎本少尉は言う。
「投降するつもりか」
「そうだな」
男は言った。
「では武器を捨てて、手を上げろ」
男は剣を放す様子はない。榎本少尉は、じれた。
「他の人員は?何故お前は逃げなかった?」
「俺以外のメンバーは他の戦場に居るか、遠くへ避難した。俺達静岡青龍隊はまだ終わらん」
「お前はさっき前隊長と言ったな。どういうことだ」
「隊長は交代した。今の隊長が俺たちの仇をとってくれるさ」
福岡軍曹が痺れを切らしたかのように言う。
「早く剣を放せ!撃つぞ!」
「ちょっと待て」
榎本少尉は言う。何かあまりにも見え透いた罠があるように思えた。それが何か分からない。
「何かたくらんでいるのだろう?それを言え」
霧島はガハハと大笑いをした。
「聞くだけ無駄だ。既に俺たちの作戦は成功しているからな」
霧島は笑いをこらえきれないといった様子だった。
「まさか戦闘中に作戦を教えろと言われるとは思わなかったぜ」
榎本少尉と福岡軍曹は互いに顔を見合わせた。私は残存兵が居ないか、付近の捜索にあたっていた。その時拠点の魔法力がどんどん増幅していくのが分かった。これが爆発したらただでは済まない。
「いけない、自爆するつもりなんだ…」
私は拠点の制圧小隊に撤退を命じ、伝令を出した。自分で走っていきたかったが、中隊長として巻き添えを食うわけにはいかない。
「早くその場から離れて…」
榎本少尉は霧島から細い線が地中へ伸びているのが分かった。その時もう遅いとも思った。
「その銅線のような物、起爆の為の何かか」
「ははは、やっと気が付いたか。地中に爆弾をしかけているだけさ。本当は中隊長を巻き込みたかったんだけどな。まあ少尉クラスならよしとするか」
そう言って霧島はニヤリと笑った。
「お前も死ぬぞ。正気か」
「たくさんの仲間を失って、俺もいい加減生きるのに飽きた。もう頃合いだ」
「くそっ」
榎本少尉が銃を構えた。霧島が言う。
「おっと待て。これを見ろ」
彼がジャケットを開いたその下に、複数の手榴弾がぶら下げてあった。
「俺を撃っても誘爆するだけだ。もっとも死ぬことには変わらんがな」
「そんな…」
福岡軍曹ががっくりとうなだれた。榎本少尉は叫ぶ。
「総員退避!出来る限りこの場から離れろ!」
福岡軍曹もハッとして走り出した。全員が必死にその場から離れようとした。けれども榎本少尉だけはその場から動かなかった。そのまま銃を構えた。
「何でてめえは逃げない」
霧島はにらみ付けた。
「一つ可能性はあるんでね」
榎本少尉はニヤリと笑って答えた。榎本少尉は霧島の足元に銃を構えている。霧島は叫んだ。
「まさか。これを狙えるのか!」
霧島がそう叫んだ瞬間、榎本少尉の拳銃は発射された。その弾道は綺麗な黄金色をしながら、霧島と地中を結ぶ線を断ち切った。
「そんな・・・、チクショウ!」
霧島は叫びながら、手榴弾に魔法力を充填しようとしたが、それと同時に榎本少尉は霧島に飛び掛かった。そして素早く彼の右腕をへし折った。
「がっ!」
うめき声を上げて、霧島はうずくまった。
「魔法力を込めなければ、貴様自身が爆発することもない!」
霧島は隠し持っていた魔気拳銃を左手に持ち、自分の口にくわえた。そして引き金を引いた。飛び散る血が、榎本少尉の額に降り注いだ。
その血が榎本少尉に語りかける。
「てめえよくも俺の自爆を邪魔してくれたな」
「なんでそんな作戦を立てたんだ。普通に銃撃戦でもお前の実力ならそれなりに戦えただろに」
「さっき言っただろ。生きるのに飽きたんだよ」
「飽きたって、そんなことで死ねるのか」
「てめえは何で、あそこまで頑張って生き延びるんだ」
「俺は守りたい女がいる。時間を共有したい女がいる。それだけだ」
「だったら同じじゃねぇか。俺は守りたい女、時間を共有したい女を軍に殺されたんだ。自爆するには十分だろうが」
「…」
「俺は軍の存在は否定しねえよ。ただ軍にいる男はせこいだろ。自分の女しか守らない。軍ってのは全部の女を守るのが仕事だろうが。それをしないから、てめぇらは嫌われてるんだよ」
「な…」
「おい、クソガキ。女は大事にしろよ。それと俺の痛みを全部くれてやるよ」
そう言って、霧島は消えていった。私は魔法力がその場から消えたのを感じた。榎本少尉の元へ駆け寄った。
榎本少尉はまるで子供のように泣きじゃくっていた。私がそばによると私の手を取って泣きじゃくった。榎本少尉は言う。
「彼の痛みが入って来ました・・・。」
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