第四章

第19話 策謀

 ■策謀


 三方から軍を展開し、沼田市にあるの拠点は制圧した。軍にとってはのリーダーを取り逃がした点だけが不足していたが、ほぼ満足のいく成果が上がった。三つの中隊はまとまって横浜へ帰還していく。


の拠点を制圧した一報は東京と横浜に伝えられた。


「小林君。さすがだな」

 新田中佐は笑みをこぼした。

「思ったより多くの構成員が居たようですが、それでも押し切りました」

 そう言って小林少佐は胸を張った。

「これで私の大佐への昇進も間違いなかろう。君には何か贈り物をしないといけないな」

「それには及びませんよ。私も中佐と同じように昇進の推薦状のみ希望いたします」

「そうだな」

 そう言って、新田中佐は酒を注いだ。

「君もやるかね」

「では少しだけ」

 小林少佐も少し酒に口をつける。新田中佐は続ける。

「君のように昇進に関してあうんの呼吸ができる人間はありがたいよ。理想や政策で、物事を決める連中は結局事態を混乱させることしか出来んからな。最もジパングに貢献しているのは我々だな」

 小林少佐はうなずいた。

「私もそう思います」

「私が大佐になったら、君にも仕事をまたふるよ。今より忙しくなるかもしれんが、その分昇進も早くなる」

「そういうことですな」

 二人は小さな祝杯をあげた。新田中佐が言う。

「我々は害虫駆除業者なんだよ」

「テロリストは害虫ですか」

「そうだ。ただしな、害虫駆除業者は害虫を絶滅はさせんそうだ」

「ああ、なるほど」

「害虫が全ていなくなってしまえば、業者は商売にならないからな」

「害虫は生かさず殺さずですか」

「そう、そこに持ちつ持たれつの関係もあるものだよ」



 私たちは横浜に戻ってきた。榎本少尉が早速部屋に来た。


「疲れてるだろうから、ゆっくり休んでくれ」

「榎本少尉も傷を早く治してね」

「大丈夫。軽傷だよ」

 そう言って彼は微笑んだ。私はその微笑みが眩しくて、恥ずかしかった。頬を赤くして、うつむいてしまった私を見て、榎本少尉もうつむいてしまった。そこへ福岡軍曹がやってきた。

「榎本少尉いけませんよ。体に障ります。ご自分の部屋に戻ってください」

「ああ、そうだな。土方中尉、申し訳ないけどしばらく休ませてもらいます」

 そう言って彼は立ち去った。尾道少尉はこちらを見て言う。

「土方中尉も何だか顔が赤いですね」

「あ、うん。ちょっと熱っぽくて」

「それはいけないですね。すぐ休まれてください」


 何の裏表もないと思った。



 翌日、小林少佐から神崎大尉、桐野中尉、そして私の三人が呼ばれた。

「まずは今回の作戦の礼を言う。良く拠点の制圧を短期間で成し遂げてくれた。早速新田中佐からはお褒めの言葉をもらったぞ」

「ありがとうございます。ホッとしました」

 神崎大尉が頭を下げる。私と桐野中尉も続けて頭を下げた。

「犠牲者については残念だったが、成果からすれば小さな損害だったと言えるだろう」

 私は頭が重くなる言葉だと思った。この台詞に慣れるのはいつだろう。

「特に土方中隊については敵の主力と真正面から衝突したと聞いている。よくこらえてくれたな」

 そう言ってねぎらってくれた。

「ありがとうございます。各員の高い士気と奮戦のおかげです」

「君がそれを引き出した面も大いにあろう。あまり謙遜するのは良くないぞ」

 そういって小林少佐は笑った。

「追って、なにがしかの人事についての発表もあろう。諸君らと部下たちが対象になるかは分からんが、どういうニュースでも悪いものでもないだろう。それまで基地内でゆっくりしておいてもらいたい」



 桐野中隊については中央からの突破でほぼ戦闘にならず、一名の戦死者も出さずに戦闘を終えた。尾道曹長が言う。


「土方中隊はかなりの損害がでたようですね」

「ええ、彼女にばかり負担のかかる仕事が行ってしまってるわね」

「中尉、魔法力の高すぎる人は、そういう人を引き寄せるような何かがあるのでしょうか。先日の基地を襲撃してきたテロリストの件もありますし」

 桐野中尉は小首をかしげる。

「どうかしら。証明された事実はないから何とも言えないわね。そういう噂があるのは承知しているけど」

「そう言う噂が広まると、土方中尉もやりにくくなるでしょうね」

 桐野中尉は答えなかった。



 神崎中隊も桐野中隊に同じくほとんど損害を出さずに済んだ。神崎中隊で副官を務めた柿下少尉が神崎大尉に尋ねる。

「大尉。土方中尉は西側の進路に大きな敵がいる事を感知していたから、西側のルートを選んだという噂もありますが、本当でしょうか」

「それは噂だろうと思うよ。どれだけ魔法力が高くなっても、そこまでの能力はないというのが俺の見立てだね」

「しかし断言は出来ませんよね」

「お互いな。あまりそういうところを気にしない方が良い。我々は与えられた命令を完遂することのみ集中しておればよいよ。誰がそういうことを言ったんだ」

「山田中隊のジャクソン中尉と話していた時にそういう話しになりました」

「そうか」

 ジャクソン太一たいち中尉は、日本に帰化したアフリカ系の黒人だった。彼は異世界からの召喚ではないが、魔法力を認められて日本への帰化を進められた存在だった。

 新田中佐は大佐への昇進が決まった。



「どう思うね、この資料を」

 吉川クマラ少佐は山田浩一郎大尉と桐野アデール中尉を前にして言った。資料に書いてあることは、新田大佐が静岡や群馬から資金を集めていることを示唆している内容だった。山田と桐野はお互い見合って、言葉を出せずにいた。


「真偽は不明だ。しかし書いてあることの辻褄が合うことも確かだ」

 吉川少佐は眉間に皺を寄せて、腕組みをしている。

「山田君。君は新田大佐から小林少佐への指示で怪しいと感じたことは無いか」

 桐野は何故この場に山田大尉が居るのだろうと思った。その疑問を察知するように、山田大尉が口を開く。

「桐野中尉。私は吉川少佐と行動を共にしているものです。小林の下に着いたのは、吉川少佐からの指示でした。皆さんは私を小林の息のかかったものと思われていたでしょうが」

 桐野中尉は目を丸くした。吉川少佐も口を開く。

「そういうことだ。君には後から説明しようと思ったが、山田君は小林少佐の動向を私に報告するのが、私からの任務なのだ」

 桐野は言う。

「そこまで小林少佐は東京から疑われているのですか」

「いや、全体で監視しているわけではない。正直派閥抗争の域を出ないよ。ただそれでも新田大佐と小林少佐のラインは警戒感を持たれている」

 桐野中尉は改めて資料に目を通した。

「この資料のとおりであれば、も新田大佐とつながりがあるわけですね。それでは…」

「そうだ。この二つの組織との戦いで散った兵たちは、茶番によってはめられた可能性がある」

「そんな…」

「私もにわかに信じがたいよ。しかしこの資料の記述は詳細だ。決して怪文書とは切り捨てられない迫力がある」

「では、新田大佐と小林少佐を解任するということですか」

 吉川少佐は目を落とした。山田大尉が口を挟む。

「それが、彼らには上層部にも後ろ盾が居るようなのだ。だから軍法会議すら持ち込むことがかなわない情勢だ」

「そんなことがあるんですか」

 山田大尉が言う。

「それがこの国の現状だよ」

 吉川少佐は立ち上がって言う。

「ここからが本題だ。これはくれぐれも口外してくれるなよ。私にも、そして山田大尉にも話しが来ているが、実力で新田大佐を追い落とそうと計画している一派がいる」

 桐野中尉は唾を飲み込んだ。

「彼らはその上まで、標的としている。そして我々にも協力を打診してきた」

「協力とは」

 桐野中尉は尋ねた。山田大尉が桐野中尉を見ている。

「小林少佐の暗殺だよ」

 桐野は頭を殴られたような衝撃を受けた。吉川少佐が言葉を繋ぐ。

「無謀に聞こえるかもしれない。しかし君にこの話しを聞かせたのには理由がある。これを見てくれ」

 吉川少佐は新しい資料を山田大尉と桐野中尉に渡した。蝦夷地派遣計画が資料には記載されていた。

「国が蝦夷地への入植を推進しているのは知っていると思うが、その入植の候補に君たち、山田中隊と桐野中隊が含まれている」

「私たちが蝦夷地ですか」

 桐野中尉は驚きの声をあげた。

「そうだ。蝦夷地での軍の悲惨な現状は君らも聞いていよう。極寒の大地で明日をも知らぬ生活を強いられている。入植とは名ばかりの左遷だよ。私も候補の一人だ」

「どういうことですか」

 山田大尉は言葉を挟む。

「簡単な話し、この場にいる三人新田大佐に反発する勢力とみなされたわけですね」

 吉川少佐はうなずく。

「そういうことだ。どこから漏れたかは分からないが、君ら二人が私に近いという風に誰かが吹き込んだのかもしれん」

 桐野中尉は硬直した。

「しかし、だからと言って小林少佐を殺害してしまっては、我々も無事では済まないのではないかと」

 吉川少佐は桐野中尉の方を向く。

「そうだ。しかしこのまま蝦夷地派遣が決定してしまえば、中隊もろとも全滅を覚悟しなければならん。それくらい蝦夷地での戦闘は激しく、また生活も厳しい」

 山田大尉が言葉を紡ぐ。

「人事異動に対する拒否を、暗殺をもって示すというわけですね」

 桐野中尉は表情を変えない山田大尉に驚く。

「大尉は小林少佐の暗殺に何の迷いもないのですか」

 山田大尉は桐野中尉の方を見る。

「暗殺に迷いがないわけではない。ただ同僚の蝦夷地派遣を見てきた。ほとんど死刑宣告に近い、酷い作戦なんだ。我が身一つならともかく、部下たちを極寒の地で凍死させたいとも思えんのだ」

 桐野中尉は続ける。

「そうだとしても、暗殺計画に加わった兵の責任も問われませんか」

 吉川少佐が口を挟む。

「そこは出口戦略だが、中隊長クラスで責任を取ればいい。兵は命令に従っただけで、罪を問われることはないだろう」

 桐野中尉はあまりのことに頭が付いて行かないような気持ちになった。山田大尉は桐野中尉の目の前まで歩いてきて言う。

「桐野中尉。君の戸惑う気持ちも良く分かる。しかし我々が東京で見てきた蝦夷地の現状は、想像を絶するものなのだ。凍死や飢え死になど、どうして兵たちに命じることが出来ようか」

 吉川少佐もうなずく。


「そういうことだ。すぐには結論を出せないだろうから、しばらく考えてみてくれたまえ」

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