第18話 ジパングとは何か
沼田市に群馬彰義隊の恐らく最後の拠点があるという。軍は三方面から進軍していったが、沼田市に入ったところから散発的に攻防が始まった。今回はどの隊が狙われているということもないようだ。私たち土方中隊は最も西側のルートを希望した。西側のルートには私自身思い入れがあるからだった。
「土方中尉。どうしますか。一旦退きますか」
福岡軍曹が尋ねてきた。
「あなたはどうするべきだと思う?」
私は彼のことをまだ完全に信用することは出来ていない。
「最終的に拠点を制圧できれば、その間の過程に関して問われることは無いと思います。無理に進軍しなくても良いかもしれません」
私は注意深く彼の魔法力を観察していたけれども、彼の言葉に嘘や企みがあるようには感じなかった。榎本少尉は横から口を出す。
「この程度のバラバラの攻撃で撤退していたら、実際本格的に戦闘になった時、兵が浮足立つ。むしろ俺は兵を進めるべきだと思う」
私も同じように感じていた。ふと部下の犠牲を計算に入れながら、計画を練っている自分に気が付いて呆然とした。
「どうした、土方中尉」
榎本少尉が声をかけてくる。
「大丈夫よ。敵の攻撃については用心深く撃破しながら、拠点へ兵を進めてください」
「承知しました」
福岡軍曹が敬礼をして走っていった。彼には裏表はない。
榎本少尉が声をかける。
「あまり、神経質になるなよ。迷った時は相談してくれ」
「ありがとう」
◇
田中一馬は群馬彰義隊の隊長だった。副長が死んだ時は、テロリストの連携を深めるため、蝦夷地に視察に行っていた。その隙を軍に狙われて、激しい怒りに燃えていた。
「絶対に一泡吹かせてやる。ただで帰してやるものか」
田中隊長の気合はみなぎっていた。そして彼は隊の中で圧倒的な魔法力を有していた。戦況をひっくり返せるほどではないにしろ、一歩間違えば、中隊一つが消し飛ぶような威力を有していた。
「マシンガンを持ってこい」
田中隊長の部隊は拠点を捨てて、西側に逃亡していった。それは丁度私たちの部隊と鉢合わせになるルートだった。東部から進軍する神崎中隊と、中部から進軍する桐野中隊が順調に敵の小規模部隊を掃討する間、私たち土方中隊は彰義隊本体約百名と交戦に入った。
兵力で言えば互角。火器で優勢だけれども、敵の士気は侮れないほどに高かった。複数の光弾が一斉に乱れ飛んだ。多くの銃声が響き、着弾の音が恐怖を走らせた。
「ロケットランチャーで応戦するぞ!」
榎本少尉が周囲の隊員に呼びかける。複数の直径十五センチメートルほどの光弾が、一斉に敵の射撃地点と思われる場所に降り注いだ。けれども敵の勢いは衰えなかった。次の瞬間、私は異様な魔法力の塊を感じた。
「何?」
ロケットランチャーじゃない。異質の精神の集中を感じた。実戦で感じたことのない武器だ。次の瞬間、直径5センチメートルの光弾が扇状に降り注いだ。
「マシンガンだ!」
榎本少尉が叫んだ。私はとっさに伏せた。味方からは被弾したと思われるうめき声が聞こえた。一発の威力はロケットには劣るものの、連射に関しては比べ物にならない。こちらは反撃の機会がなかなかおとずれなかった。
「敵の弾が切れるのを待とう!」
榎本少尉が叫んだ。
「敵の射撃は思ったより正確よ!損害が大きすぎるわ!」
そう言って私は魔気銃を構えて、マシンガンを放っている人間に向けて、狙いを定めた。暗視スコープから見える敵の姿は禍々しかった。間違いなく敵のボスだと思う。私は光弾が少し落ち着いた瞬間に立ち上がり、一発放った。
「よけられた!」
私は自分が撃ち損じたことを理解出来た。次の瞬間敵のマシンガンが火を噴く。その時榎本少尉が前に立ちはだかって、銃を発射した。
「何を!」
「お前はロケットランチャーを充填しろ!俺が時間を稼ぐ!この敵はお前と同じくらい魔法力が高い!」
「でも…」
「早く!」
私は必死にロケットランチャーに魔法力を充填し始めた。充填しても外したら元も子もないと思ったが、今は迷っていられなかった。
「ぐっ」
「榎本少尉!」
「大丈夫、肩だ!」
「早く隠れて!」
「二人とも死ぬよりはいい!」
私は精神の充填を終えたロケットランチャーを肩に担いで、出来る限り素早く相手のマシンガン目掛けて、ロケットを放った。いつものとおりに綺麗な光弾だった。そして着弾の音と光が舞い散った。
「やったか?」
「分からない。でもマシンガンは止まった」
敵からの銃声は散発的な通常の銃のみになった。
「榎本少尉!」
「バカ、上官が一名の部下だけ気にするなよ!」
「でも…」
私は自然と涙があふれてきた。
「大丈夫だから。命に別状は無い」
私は彼の肩を支えて、物陰に隠れた。敵を仕留めたかは分からないけれども、少なくとも攻撃は徐々に撤退していった。この場の攻防について自分たちが押し切ったのが分かった。
「さすが土方中尉だよ。あの光弾の雨の中、きっちり敵の中心を射抜くんだから」
「榎本少尉の援護があったおかげよ」
敵の攻勢は終わり、その場で私たちは防御の陣を敷いた。榎本少尉は治療を受けた。
◇
「さすがですよ、土方中尉」
福岡軍曹が駆け寄ってきた。
「あの光弾は中尉にしか出せませんからね。軍の士気も大いに上がりました」
彼は意気揚々と伝えてくれた。そう思えば自分が部下を守るのに幾らか役に立ったのかと思う。
「ありがとう。福岡軍曹は怪我をした味方の治療に専念してください」
「承知しました」
犠牲者はどれくらい出ているのだろう。それぞれに家族はあっただろうにと思う。せめて犠牲者の数を少なくすることぐらいしか出来ない。私は榎本少尉の居るベッドに座った。
「具合はどう?」
榎本少尉は苦笑いをした。
「この程度でそんなに心配してくれるなよ」
「そう、良かった」
「敵を追い返したのに表情暗いな」
榎本少尉は私の顔を覗き込むようにした。
「うん、犠牲者も出たみたいだから」
「お前が居なきゃもっと大勢犠牲になってる。だから誇りに思っていい」
「そうね」
私は夜空を見上げた。星がきれいだった。
「きついなぁ。何度言い聞かせても、敵も味方も含めて、大事な家族が居ただろうなと思っちゃう」
榎本少尉はすぐには答えなかった。
「戦争はそれの連鎖だよ。仕方ない」
「仕方ないのかな」
「ジパングのための軍事作戦だ。それだけさ」
榎本少尉はプイッと横を向いた。私は彼の態度が納得いかなかった。
「そんな風に突き放さないで。私も必死なんだから」
榎本少尉は困ったような顔をしていた。そして頭をかいた。
「こんな時に言うことじゃないけどさ。米倉の意志でもあるんだよ」
私は言われている意味が分からなかった。
「米倉さんの?」
「米倉はジパングを頼むって言ってたよな。その意思だよ」
「ああ、そういう意味ね」
私は納得した。
「違う」
彼はぶっきらぼうに言った。
「みんなジパングの為って言うだろ?土方中尉はジパングって何だと思う?」
私は急な質問で答えが出て来なかった。彼は私の目をみて、それから星を見上げた。
「俺は米倉が死んだ時分かったんだ。ジパングって好きな女の事なんだ」
「好きな女?」
私はそういう謎かけみたいな会話は得意じゃない。榎本少尉が意を決したように言う。
「お前に迷われたらかなわないからな。二度と言わないぞ。俺にとってジパングは君だよ」
「え?」
「米倉を君の救援に回したのは、俺の失敗だったと今でも後悔がある。そんな米倉が教えてくれたのが、好きな女を守りたいって意思だった。だからジパングを守ることと、君を守ることは同じことだ。それは米倉の遺言でもあるな」
私はあまりのことに頭が回らなかったと思う。ただ赤くなっていたような気はする。
「こんな時代の、こんな戦場で、こういう台詞は言っちゃいけないと思う。でもお前に迷って欲しくないから言う。頼むから迷わず生き延びてくれ」
私は涙があふれてきた。
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