第16話 頭に響く声
「私と勝負して欲しい。あなたに会いたい。あなたを殺したい」
私の頭の中にある声が聞こえてきた。これで二日続けて聞こえてくる。そして私は寝ざめの悪い朝を迎える。あれは誰の声だろう。
◇
「犯人は捕まらないのか」
小林少佐はいらだった様子で佐々木中尉に尋ねる。
「はい。ロケット弾一発をおよそ週に一回、三週間にわたって三発放って来ました。鑑定はしていますが、軍の物ではありません」
「この横浜の基地をテロの標的にされてるんだ。黙っているわけにもいかんだろう」
佐々木中尉はうなずく。
「はい。ただ規模から言って軍事作戦とは言い難いので、警察の管轄で捜査が行われております。いましばらくご辛抱ください」
小林少佐は鼻で笑った。
「警察の捜査などあてになるか。君の中隊で厳重に警護をしておきたまえ」
「かしこまりました」
◇
「不思議な攻撃よね」
桐野中尉は言った。榎本少尉が聞く。
「どの辺がですか」
「軍事的な意味は全くないわ。犯人の意図が見えない」
榎本少尉が言う。
「テロリストのパフォーマンスじゃないですか。自分たちの存在をアピールするための」
「それなら犯行声明でも出ていないとおかしいじゃない。何の声明も出さないでは、アピールにならないでしょう」
「確かに」
二人とも首をかしげた。私は夢の中で聞いた声の主が、ロケット弾を撃った人間であるような気がしていた。けれどもそれを二人に相談していいか分からなかった。勝負して欲しいというのは、どういうことだろう。桐野中尉が聞いてくる。
「土方少尉。何か思いつくことある?」
「いえ、特にありません」
「そうよね」
この時私が声の主のことを桐野中尉に伝えなかったことに、確かな理由は無いと思う。ただ会いたいと言われるのがなぜなのか知りたい気持ちが勝っていた。その夜も私はいつものとおり床についた。今日は寝に入ってすぐに、声が聞こえてきた。
「今近くにいるわ。来て。そして私と勝負して」
「あなたは誰?」
「来ないのなら攻撃するまでよ」
私は正直、攻撃そのものには興味が無かった。横浜の基地を守らなければならないという使命感は持ち合わせていなかった。それでも自分が何か恨まれているような感覚に納得がいかなかった。
「勝手に勝負と言われて、行けるわけないでしょう!」
私は夢の中で叫んでいた。
「あなたは木村副長の命を奪った。そして彼の心すら私から奪っていった」
木村副長。私と死ぬ間際に意識を交わした、群馬彰義隊の人だ。
「あなたは『群馬彰義隊』の人なの?」
「来ればわかるわ。西側の山の麓に来て。彼の遺言を聞いたあなたには、来る義務があると思うわ」
ここで私は目が覚めた。声の主は明らかに女性だった。群馬彰義隊の元女性隊員なのかもしれない。私は逆恨みをされているのかもしれないと思った。けれどもそれも仕方ないような気がした。彼女があの木村という人にどんな感情を抱いていたかは分からない。けれども、大切な人を奪われて、恨みに思わない人もいないだろうと思う。私は気拳銃を装備し、帯剣した上で基地の外へ向かっていった。
入口には堂島軍曹が居た。
「土方少尉。どうされました、こんな時間に」
「ちょっと用事があって、ここを通してもらえますか」
堂島軍曹は戸惑った表情をした。
「少尉の階級であれば、ここを自由に出入り出来ます。しかしそのいで立ちはまるで戦場に行くようではありませんか。何かあるのであれば、我々もお供します。」
「いえ、一人で行かせて欲しいんです」
私は不思議と恐怖を感じていなかった。そしてもしかしたら自分が死ぬかもしれないという状況を素直に受け止めていた。
「いえ、しかしどう見てもただの散歩には見えません」
堂島軍曹は粘り強い。
「土方少尉。少尉は召喚された方です。軍の上層も少尉の存在は知っているほどなのです。危険な場所にそのまま行かせたとあっては、我々も立場がありません。せめて私だけでもお供に引き連れてもらえませんか」
私は彼の立場を考えて了承した。
「分かりました。では堂島軍曹のみでお願いします」
「ありがとうございます」
「念のためロケットランチャーを持参してください」
「それほどの相手ですか」
堂島軍曹の準備を待ち、私と堂島軍曹は西の山の麓に向けて、歩いて行った。軍曹が言う。
「誰が居るのですか」
「多分、ロケットランチャーを放っている犯人です」
「え!それでは我々二人では危険ではありませんか。私は構いませんが、少尉に万一のことがあっては…」
「大丈夫です。多分相手は一人なんです」
「しかし…」
彼方におぼろげに見える人影は、魔気剣にひたすら精神を充填しているようだった。
「堂島軍曹。お願いがあるのですが」
「何でしょう」
「私がロケット弾を撃っている犯人を討ちます。もし私が倒れた場合のみ、軍曹がそのロケットランチャーで敵を倒してください」
堂島軍曹は目をパチクリさせた。
「何か精神的に感じるものがあるのですね」
「私にも良く分からないのですが、犯人は私を恨んでいるようなのです」
「そのような声をまともに聞く必要はありませんよ、少尉」
私は微笑んだ。
「まともに聞くことはしません。ただ興味があるだけですよ」
これが自分の本音かは自分でも分からない。やがて山のふもとで待っていた女性がはっきり視認も出来た。
「軍曹、ここで待っていてください」
「それは出来ません」
「少尉として命令します。ここで待機してください」
「ぐっ」
堂島軍曹は声にならない声を出した。
「承知しました。しかしくれぐれも命を大事にされてください」
◇
私は歩いていき、声の主と思われる女性と相対した。
「あなたね、私の頭の中に入って来たのは」
女性は長い黒髪だけは分かった。
「私は群馬彰義隊副長代行、城之下由衣。あなたの命を頂くわ」
「ちょっと待って欲しいわね。いきなり殺すと言われて、そうですかと殺される人間がいるわけないでしょ」
「あなたは木村副長を殺したでしょ。それは軍だから百歩譲って覚悟はしてたわ。でもあなたは彼の命どころか心まで持っていってしまった」
「何のこと?」
「私も多少魔法を鍛えたから分かる。彼はあなたに遺言と心を残して旅立ってしまった。私たちが一緒に過ごした時間はなんだったの?」
「ばかばかしい」
私は吐き捨てるように言って、剣を鞘から抜いた。彼女は既に魔気剣に十分に精神を充填している。私も充填をし始めた。
「何がばかばかしいのよ。彼は精神的な支柱の一人だった。その彼の心をあなたは持って行ったのよ」
「私は心を残して欲しいなんて頼んでない!勝手に残されて迷惑してるのよ!」
「奪っておいて!」
彼女は魔気剣を振りかぶって私に斬りかかってきた。私は魔気剣を彼女に対して突きの構えをして一気に放出した。一気に剣から魔法が放出され、まるで剣が伸びて槍のように彼女目掛けて突き刺さった。彼女の心臓はあっという間にその輝きを無くしていった。私は彼女をにらみながら言った。
「みんなこの世界をどうにかしたいと苦しんでる。その中であなたは彼との時間だけを大事にしたがった」
「そうよ・・・。それの何が悪いのよ・・・」
そう言って彼女は崩れ落ちた。
「土方少尉!」
堂島軍曹の声が聞こえた。その他に部下が十名程いる。
「やりましたか」
「この人たちは?」
「お叱りは受けます。少尉の安全第一に待機しておりました」
私は目線を落としてうなずく。
「そうね」
彼の立場なら仕方ないと思った。
「堂島軍曹。ありがとうございます。あとの処理をお願いします」
「承知しました」
◇
私が横浜基地を狙撃していた犯人を討ち取ったということは、あっという間に基地全体に知れ渡った。
「なぜ状況を報告しなかった」
小林少佐は私を問い詰めた。
「確信が持てなかったからです。ただの夢ではないかと思いました」
「しかし君はその声に従って現地に行った。何らかの確信は自分の中にあったのだろう」
「夢か現実か、確認しに行きました」
小林少佐は私を睨み付けながら言う。
「君は自分が思っている以上に魔法について
夢まで監視されるのかと思った。
「異議があるならこの場で言いたまえ」
「特にありません」
報告すべき夢かどうかはどうやって判断するのだろうと思った。
「それから、君の処遇について中尉への昇進を正式に推薦するつもりだ」
「え?」
「君はある程度部下をつけておかないと、勝手なことをするようだからな」
部下という名の見張りなのか。
「あの、部下は分かりましたが、昇進は周りとの兼ね合いもありますから、今回は見送っていただけませんか」
「ん?」
小林少佐は
「君の昇進をやっかむ人間がいるということか?」
「そうは言いませんけど、今までの人間関係もありますし」
小林少佐は珍しく頭を抱えた。
「君のそのアンバランスな精神は、把握するのが大変だな。ここは学校じゃない。余計な雑音を気にする必要なない」
小林少佐はいかにも面倒だという様子で言った。
◇
少佐の部屋から出てきて、桐野中尉に付き添われて、部屋まで戻った。私の足取りが妙に重たいのが気になったそうだ。
「疲れているでしょ。大丈夫?」
桐野中尉は優しく声をかけてくれた。
「体力的には大丈夫なんですけど、精神的に疲れました」
私は虚ろな目をしていたかもしれない。
「群馬彰義隊の副長代行と名乗ったそうね」
「ええ。私が殺した副長のフィアンセだったのかもしれません」
「それじゃただの嫉妬なのね。あなたはとばっちりじゃない」
桐野中尉も心底うんざりした様子だった。
「愛する人を殺されたら、誰もああなるのかもしれません」
「かと言って、あなたが標的にされるのは割に合わないわ。あなたの意志で攻撃したわけではないでしょうに」
「副長が私に遺言を残したのが気に入らなかったみたいです」
桐野中尉は顔を上げた。
「それに気付くのだから、彼女も相当な能力を持っていたのね」
「はい。軍で出会っていたら、良い友達になれていたかもしれません」
桐野中尉は私をそっと抱きしめてくれた。
「こんな世界に連れてきちゃってごめんなさいね」
そう言って、桐野中尉は涙をこぼした。私は桐野中尉の背中をさすって言葉を出す。
「大丈夫です。私はもう覚悟が出来てきました。今回の事も思い出の一ページにしかならないから大丈夫です」
私は自分の心が急速に冷えていくような、そういう感覚を覚えた。もう人の死にいちいち心を痛めていられない。
私は中尉に昇進した。
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