第14話 静岡への再出撃
群馬に引き続いて、静岡の暴徒に対する鎮圧命令が正式に発令された。警察との折り合いが付いたのだと思う。三百名規模の鎮圧部隊が編成され、吉川クマラ少佐が指揮官となった。その下に小林大尉と川口大尉が中隊を率いる形となった。私達が驚いたのは、川口大尉の中隊が出撃に参加することになったことだ。彼の部隊は新兵が多数を占める。私から見ても心許ないと思ってしまった。
吉川少佐が言う。
「川口大尉。私も驚いているのだが、君の中隊が参加しているのは私の意志ではない。上から既に決められていたのだ」
川口大尉は胸を張って答える。
「御心配には及びません。新兵たちは鍛えてあります。必ず作戦を成功させてみせます」
「私は軍の上層が何を考えているのか、それとも何も考えていないのか、良く分からんといった心境だがね。君がそれだけやる気なら問題ないか」
「はい。むしろ汚名返上のチャンスととらえています」
「君には余計な言葉だとは知っているが、兵を無駄死にだけはさせてくれるなよ」
「承知しております」
◇
同じころ新田中佐も小林大尉を訪ねていた。
「上からのお達しは良く分からん」
新田中佐が呟くように言った。
「川口が編成に組み入れられたことですか」
「そうだ。意図は分かっているがね。こうもあからさまにやるものかとあきれる。通した軍も何も考えていないことが良く分かる。私の立場で言うことでもないがね」
小林大尉はニヤリとして言う。
「中佐。この作戦が終わった後は、私の少佐への昇進についてよろしくお願いしますよ」
「それは分かっている。ただし相手があることだ。結果次第では、保証は出来んぞ」
「承知しております」
小林大尉は新田中佐のことを度胸のない人間だと思う。
「指揮官は吉川だ。あれも頭が固いからな。のろまというか」
「上手くやってみせますよ」
「君は楽観主義者なのかね」
「楽観は意思によるとの言葉があります。私には確かな意思があります」
「君と話していると、自分がずいぶんと年寄りに思えてくる」
そう言って新田中佐は苦笑いをした。
◇
私は桐野中尉の部屋に遊びに行った。中尉の部屋は綺麗に飾り付けがしてあった。
「綺麗な部屋ですね」
「うん、服装でも着飾れないでしょ。部屋を飾るぐらいしか出来ないからね」
そう言って桐野中尉は笑った。私は自分の部屋を飾ることすらしていなかった。これからは中尉を見習って、部屋を飾ってみようと思う。
「中尉昇進おめでとうございます」
私はそう言ってお菓子を渡した。
「ありがとう。でも素直に喜べないわ」
「どうしてですか?」
桐野中尉は少し言葉を探しているような雰囲気だった。
「だって、どう見ても一連の人事って川口大尉に対する嫌がらせに見えるから」
私はそういう考えがあることすら気が付いていなかった。
「そんなことってあるんですか?」
「分からない。川口大尉もはっきりその辺は言わないしね。でもあなたも含め川口中隊の優秀な兵をほとんど小林中隊に移して、なお出撃命令を出すなんて、いくらなんでも不自然だと思うのよね。ただの組織で考えてもあり得ないと思わない?」
「学校のクラスで成績が優秀な人だけを集めているようなものですか」
桐野中尉は笑った。
「まあ、例えが適切か分からないけど、およそそのようなものよね。成績が悪い人を川口大尉におしつけて、さあいきなり試験だって言われて、川口中隊の成績が上がるわけはないわ」
確かにそう言われればおかしいと思う。それにしても上官にとって暴徒鎮圧というのは試験なのかと思った。人の命がかかっているのに。
「これが軍だと言われたらそれ以上何も言えないけど、正直合理性もなにも無いと思う」
◇
小林中隊及び川口中隊は吉川少佐指揮の元、静岡の暴徒鎮圧に向かった。
その道程で伝達されたのは、静岡の暴徒は自らを「静岡青龍隊」と名乗っていること。組織されている武装兵が約百人は存在することだった。また拠点は判明しているので、今回の任務は群馬の時と同じように、その拠点を破壊することだった。吉川少佐の本体約百名を神奈川県と静岡県の県境に残し、小林中隊と川口中隊は静岡市の近郊にある静岡青龍隊の拠点へと二手に分かれて進軍した。
私達がいる小林中隊は南側の進路を、川口中隊は北側の進路を取った。間もなく軍が把握している「静岡青龍隊」の影響範囲に入ろうとする頃、こちら側から銃による攻撃が一斉に始まった。複数の光弾が夕闇の中飛び交っていた。小林大尉は叫ぶ。
「総員攻撃せよ。抵抗する者は全て鎮圧するんだ!」
私も流れるように魔気銃による銃撃を開始した。もう迷わなくなってきた。
ただこれまでの戦闘と違ったのは、こちらの方がむしろ準備を整えているようだった。敵の光弾の飛び交う様子を見ても、明らかに何処を攻撃するべきか迷っているような、乱雑な軌跡が見えた。
「隙を見て、拠点を制圧するんだ!」
小林大尉の怒号が聞こえた。榎本少尉は私の傍に来て言う。
「今回は群馬より敵が弱いようだ。無理をする必要は無い」
「分かってる」
私も戦況がすぐにつかめるようになってきた。精神を充填しては早めに攻撃を繰り返していると、徐々に敵が後退していくのが分かった。進撃するうちに拠点の入り口が見え始め、こちらの軍は一斉にロケットランチャーでの攻撃に切り替えていく。拠点は地下に穴を掘るような構造になっているらしい。
「入り口にロケットランチャーを!」
尾道曹長が叫ぶ。私はロケットランチャーに持ち替えて、充填もそこそこに狙いはきっちり定めて、拠点の入り口目掛けて攻撃した。複数の衝撃と爆発音が起こり、中から敵兵が数名出て来た。投降者からも知れなかったけれども、味方はあっという間に彼らを射殺した。小林中隊はほぼ損傷なく、拠点の入り口に到達出来た。
「油断しないように」
榎本少尉がささやく。
「大丈夫」
彼は必要な言葉だけ簡潔に渡してくれる。入口から見える拠点は入り組んだ構造に見えた。制圧は間違いないけれども、数人は中に潜んでいる可能性がある。榎本少尉が言う。
「俺が先に行く」
「気を付けてよ」
私も榎本少尉の後を続く。その時中から爆発音がした。爆風がこちらまで到達する。
「自爆だ」
桐野少尉が言う。結局この作戦で二名の戦死者を出したけれども、実質小林中隊のみの百名で制圧した。
私は正直軍事的な戦果に今まで興味は無かったけれども、少ない戦死者で最大の戦果をあげられたことに、ほんの少しだけ誇りを覚えた。そんな自分に少し戸惑いもした。
「ほぼ完璧な作戦だったな」
榎本少尉が安堵したように緩んだ声で言う。桐野中尉も続ける。
「そうね。少し拍子抜けみたいな感じだったけど、それはありがたいことね」
私は一つの疑問をぶつけた。
「敵は百名程って言ってたよね。ここには二十名も居なかったんじゃ?」
榎本少尉が言う。
「最初の銃撃の時におおかたは逃げたのかもしれないな」
「でもこの拠点も、食料も武器もほとんど見当たらないけど」
榎本少尉もあたりを見回す。
「そう言われれば、拠点というにはあまりにも貧弱な気もするな」
私達は拠点をくまなく調べたけれども、異常を発見することは無かった。ただ既に武器や食料を持ち運んだ後ではないかとの推測だけが残った。
「撤退するぞ」
小林大尉が言った。
「川口中隊は待たないのですか?」
桐野中尉が尋ねた。
「軍としての作戦は完了している。この場に留まっておくほうが、むしろ命令違反を問われる」
川口大尉が戦死したとの情報が入ったのは、神奈川県境にある本体に合流してしばらくしてからだった。
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