第三章

第13話 横浜へ帰還

「尾道曹長。土方さんの様子はどう?」


 桐野少尉は尾道曹長に尋ねた。

「ふさぎ込んでます」

 そう言って彼女は首を横に振った。

「まさかあの距離で、テロリストの意識が彼女に流れ込んでくるなんて、あなたは本当だと思う?」

「さすがにそんなこと嘘をつくわけもないでしょう。それに彼女の魔法力の高さを考えれば、まったくあり得ない話しではないですから」

 そう言って彼女はため息をついた。

「そうね。そんな嘘を言っても、彼女に何の得もないし」

 桐野少尉は腕組みをした。

「土方少尉が心配ですよ。最期の意識が流れ込んでくるって、遺書をリアルタイムで聞かせられるのと同じですから。彼女がパンクしてしまわないか心配です」

「そういうことよね。私も彼女はただ感受性が強いだけの女の子かと思っていたけど、それが、魔法力が増幅されて、いろんな人の思いが彼女に流れ込んでくるようね。確かにそれでは、誰だって戦闘が辛くなるわよ」

 尾道曹長が頷く。

「私だって、敵の断末魔を一部始終聞かされたら、引き金を引く力が鈍りますよ」

「どうすればいいのかしら」


 ◇


 私はどうでもいいことを考えていた。群馬での往復の行程で、いろいろと気付いたことがある。

 例えば魔法による軍での男女の平等が実現している点。それでも引き続き男性が有利であることがはっきり分かった。それは火器や食料を運ぶ体力の面。また戦闘時に異動する時の同じく体力の面。いざ弾丸を発射する時ならば男女差は無いけれども、それまでの運搬のような体力が必要とされる面では相変わらず男性が優位にあった。その点について軍は慎重に部隊の編成を考慮しているようだった。中隊にしても極端に性別に偏重が無いように注意しているみたい。その点は面白い発見だと思った。


 群馬で流れ込んできたテロリストのリーダーの遺言。彼の意識に悪意が感じられなかったのが、私をおおいに困惑させていた。軍からは凶悪なテロリストと説明を受けていただけで、それ以上の知識は無かった。ただテロにも理由があることが分かり、結局私は戦闘を続けていく動機をどこに持つか、途方に暮れた。

 榎本少尉が私の部屋を訪ねてきた。私は挨拶をする元気もなく、部屋の片隅に小さくなっていた。

「土方少尉。何か食べないと力が戻らないよ」

 彼は果物を持ってきてくれていた。勝手に台所を使い始め、リンゴの皮をむき始めた。

「気を使わないで」

 私は弱々しい声で言っていたと思う。

「気は使ってない。純粋に俺がしたいことをやってるから」

 彼はそう言って皮むきを続けた。彼の一人称が俺に変わったのが、未だに理由が良く分からないし、何だか慣れていなくて面白いとは思う。でも今の自分はそのことに触れるのも面倒だった。

「土方少尉。テロリストから何を言われても、それを真っすぐに聞かなくて良いから」

 彼は唐突にそう語り始めた。

「人に何か理由があるのは、いつの時代もどこの世界も同じだと思う。だからと言って、法律を破って市民に迷惑をかけて良いことにはならない。彼らは確かに法律を破っていたのだから、こちら側にも、軍にも彼らを鎮圧する理由はあったよ。だから君が何かを背負う必要は無いんだ」

 私は彼の方を見た。彼はリンゴの皮むきを終えて皿に並べて持ってきてくれた。

「俺が君に初めて作る料理だ」

「え?」

 榎本少尉は落ち着いた様子で話す。

「米倉は無二の親友だった。あいつが君に料理を作る約束をしてたのは知ってたよ。だからあいつの代わりに君に料理を作りたかった」

 私は涙が溢れてきた。と同時にそれが皮をむいただけというのが愛おしかった。

「それがリンゴだけ?」

「これ以上はこれから練習するよ。これでも皮をむくスピードは早くなったんだ」


 そう言って彼は頭をかいた。


 ◇


 横浜は全体で五百人超の規模を収納する基地だ。およそ五から六の中隊がこの基地に収納される。その中隊の中で、人員のやり取りも行われた。

 私と榎本少尉、桐野少尉、尾道曹長等は皆小林中隊へ編入された。要するに小林大尉が川口中隊から成績優秀者を引き抜いた格好だった。私の上官は小林大尉となる。その上は新田中佐の新田大隊ということとなった。また桐野少尉は今までの戦歴が認められ、中尉へ昇進となった。川口大尉はさながら新兵の教育係のような立ち位置とされた。これは事実上の降格だった。


「桐野アデール中尉」

「はっ!」

 小林大尉が桐野中尉をまじまじと見る。

「君の噂は聞き及んでいた。相当出来るらしいね」

「ありがとうございます」

「君は私の管轄となった。これよりは私の命令に従ってくれたまえ」

「承知しました」

 小林大尉はニヤニヤしている。桐野中尉は何がおかしいのだろうと思った。

「それから、榎本少尉と土方少尉について。この二名については、君の直轄としたまえ。特に土方少尉はだ。彼女を順調に成長させれば、君の昇進にも大きく寄与するぞ」

「はい」

 桐野は彼の言い方に好感が持てなかった。

「榎本少尉についても、召喚した者でもあるし、魔法力は群を抜いているな。それぞれ私の腹心となれるよう、成長させてやってくれ」

「かしこまりました」

「何か質問はあるかね?」

 桐野は少し考えてから言葉を出した。

「大尉は何故私達を引き抜かれたのでしょう。特に私が中尉になったのには我がことながら、驚きました。差し支えなければお教えください」

 小林大尉はニヤニヤしながら椅子に座り、足を組んだ。

「まあ、そうかしこまって考えないでくれ。優秀な人間を引き抜きたいと思うのが、不思議なことかね。君の昇進も適切だ。特に私が口添えしたわけでもない。後は君が昇進へ向けて努力してもらえば良いだけだ」


 桐野は彼の笑い方が苦手だと思った。


 ◇


 私は川口大尉に挨拶に行った。

「川口大尉。大尉の下から外れるのは残念です」

「そう言ってもらえば、しごいたかいがあるってもんだな」

 そう言って彼は笑った。

「大尉に細かく指導いただいたおかげで、どうにか今やってこれてます」

 川口大尉は私の顔を覗き込んだ。

「しばらくまともに顔を見てなかったが、急に大人の顔つきになったな」

 そう言って彼は優しい目をした。

「はい。いろいろ経験しましたから」

 私はうつむきがちに答えた。

「そうか。それは少し悲しい話しかもな」

 川口大尉は窓から空を見た。春の香りが見える。そして再び私の方を見た。

「元居た世界からすれば、こちらの世界は厳しいだろう。こちらの世界の厳しさがお前を無理矢理大人にしてしまったのなら、それについてはお詫びしておくよ」

「いえ、大丈夫です。後悔しているわけではありませんから」

 彼は小刻みにうなずいた。

「そうか。土方。くれぐれも言っておくが、命を粗末にするなよ。命が無くては何の話しも始まらん。たとえお前がこの世界に嫌気がさしてもだ」


 彼は良く理解してくれていると思う。私はありがたいと思った。

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