第11話 静寂
「小林君。川口中隊が前橋郊外の西部で攻撃を受けたそうだ」
新田中佐は小林大尉に言う。彼は表情を変えずに言葉を出す。
「それで施設に逃げ帰ったと聞いています。あきれた腰抜けと言えますね」
「そう言うな」
新田中佐は小林大尉を見据える。
「西部にそれなりの人員が潜んでいるなら、我々も西部にいくらか差し向けるべきだと思うのだがね」
「情報では大半が前橋に潜んでいるとのことでした。一部の掃討のため、包囲に穴を空ける方が、リスクのようにも思えます」
「それは分かるがね、川口中隊が到着せねば包囲自体が完成しない。途中の地点まで迎えに行くのは良いのではないか」
「最終的には当然、中佐の命令に従いますが、私は川口中隊を助けに行くのは気が進みません」
「そうか。じゃあこの役目は佐々木中尉に頼むかな」
そう言って、新田中佐はコーヒーを口にした。
◇
翌日、佐々木すず中尉率いる佐々木中隊は、前橋市西部より川口中隊を迎えに行くため出陣した。同じころに川口中隊も前橋市西部へ向かうため、埼玉県との県境にある、軍施設を出発した。お互い中間地点で落ち合う計画だった。
「十分に用心して」
榎本少尉が私に言う。
「大丈夫。至って冷静」
私は答えた。
「先に紹介しとく。
私は不意に同い年ぐらいの曹長を紹介された。
「尾道です。宜しくお願い致します」
彼女は敬礼をし、私も答礼した。榎本少尉が言う。
「君は、能力は高いけれども、実戦ではまだ不安定だから。彼女をサポートに付けるよ。尾道軍曹宜しく頼む」
「承知しました」
私は唐突に紹介されて、意図が分からなかった。
「どういうこと?」
「米倉のことが常に頭に浮かんでくるから。あいつの意志を継ぐことの一つだよ。特に深い意味はないから」
榎本少尉は米倉軍曹の死以降、私に対する態度が変わった。口調が変わったし、良くも悪くも自分の意志を前に押し出してくる。ただ今はまだ自分が軍人として不安定なのも自覚していたから、部下をつけてもらえるのは有り難かった。
「お言葉に甘えます。尾道曹長、よろしくお願いします」
やがて私たちが襲撃を受けた幹線道路へと出た。部隊員に緊張が走る。進軍のスピードが遅くなったように感じられた。けれどもいつまでたっても銃声は聞こえてこなかった。そうこうしているうちに佐々木中隊との合流地点に到達した。程なくして佐々木中隊も到着した。部隊員たちは安堵するとともに拍子抜けしたような気分があった。
◇
「川口大尉。ご無事で何よりです」
佐々木中尉は長くて黒い髪がチャーミングな女性だった。それでも中尉まで昇進しているのだから、人は外見では分からない。
「佐々木中尉、出迎えありがとう」
「襲撃が無くて何よりでした。安心しました」
「そう。まるで狐につままれたような気分だよ。なぜ今回は襲撃が無いのか」
川口大尉はどこか納得がいかないような気持ちだった。佐々木中尉は微笑んで答える。
「まあ、そう言われないでください。テロリストも確固たる基地があるわけでもないでしょう。拠点を転々としている可能性が高いです。川口中隊が前回襲撃されたのは、そういう運の巡りだったということだと思います」
「そうか」
川口大尉は一つため息をついた。
「川口大尉。私は大尉の性格を良く理解しているつもりです。部下の昇進をあまりにも気にし過ぎないようにしてくださいね」
「ありがとう」
「本日この地点に待機した後、翌日は前橋市に合同で入ります。大尉も休まれてください」
「すまんがそうさせてもらうよ」
翌日、川口中隊と佐々木中隊は合同で、前橋に入った。五つの中隊で前橋を包囲する陣形が整った。
◇
私は翌日まで待機の命令が下ると、肩の力が抜けるような気分だった。勿論こちらが休憩に入ったからと言って、敵の攻撃が来ないというわけではないけれども、およそ危険が身近に迫っていないという判断だろうとは思った。尾道曹長は言う。
「土方少尉。ゆっくり休まれてください。私は銃の整備などをしています」
「曹長は寝ないのですか」
「目がさえて眠れません」
そう言って彼女は笑った。私と同じくらいの年なのに、皆実戦で鍛えてあるように見えて、頼もしいと思うのと同時に、切なく思った。私の元居た世界で、こんなにしっかりした若者がいただろうか。厳しい時代は、人を否応なく大人にさせる。
そのことをだんだんと理解するようになった。
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