第9話 米倉軍曹の死

 の襲撃は皆が寝静まったころに始まった。川口中隊は約百名。進軍の途中で防壁は無い。光弾の綺麗な軌跡が飛び交う中、皆が飛び起きてそれぞれに反撃を開始した。けれども敵の規模も装備もはっきり分からない中で、ほとんどの人間が浮足立っていた。私は自分の居場所を確保したい一心で、必死にに精神を充填しながら、反撃していた。


「土方少尉!」


 米倉軍曹が走って来た。

「少尉!体が丸見えです!物陰に隠れてください!」

「敵がどこから撃ってきてるかはっきり分からないもの!どこに隠れれば良いのか分からないわよ!」

 私は言葉を出すのも必死だった。

「少尉。敵はも保持しているかもしれません。そしたら丸見えですよ。ともかく伏せてください」

 今言われたというのは、敵の精神の集中を探知する双眼鏡のようなものだ。これで見えれば敵を見つけるのはたやすいけれども、その暗視スコープで見ることにも相当な鍛錬を必要とする。

「そんなものまで持っているの?」

「分かりません。ただそれなりに武装した集団みたいです。用心の為です」

 魔法用武器は基本的に市民には出回っていない。ただ闇のルートで取引はされているらしい。私は岩陰に隠れた。ただの偶然だったけれども、その時丁度その岩に敵の銃弾が「パシッ」という音と共に着弾した。

「言わんこっちゃないでしょう」

 米倉軍曹が言った。私は苛立っていたと思う。

「分かってますから、軍曹も反撃してください!」


 桐野少尉が金髪を振り乱しながら走って来た。

「大丈夫?二人とも」

「桐野大尉!」

 私は桐野大尉を見るとお姉ちゃんに会ったみたいに安心する。実際にお姉ちゃんが居たことは無いし、友達に聞いてもお姉ちゃんの悪口を聞くことが圧倒的に多かったけれども。桐野大尉は銃に精神を集中して、あっという間に引き金を引いた。綺麗な光弾が駆け抜けていった。

「土方少尉。精神を集中し過ぎないように。充填している最中に狙われる危険があるわよ」

「はい。大丈夫です」

 こちらは百人規模なのでそれなりの光弾は放っているけれども、相手は待ち伏せしていたかのように、示し合わせて正確に狙ってきている。私は叫ぶ。

「桐野少尉!これってどうなってるんですか!待ち伏せされてたんですか!」

「それは後で考えることよ。今は反撃しなさい!」

 そう言って、桐野少尉も米倉軍曹も私もを撃ち放つ。光弾の数はこちらが多いけれども、相手の集中的な攻撃に徐々に押されているのが感じられる。私は再び恐怖にかられた。私は恐怖を飲み込むために少しでも前に出たいと思った。ちょうど目の前に一つ小ぶりな岩が見える。私はそこへ目掛けて無意識に歩を進めていた。

「何をしているの!」

 桐野少尉が叫ぶ。

「土方さん危ない!」

 米倉軍曹がとっさに走ってきて、私に覆いかぶさるように押し倒した。

 その瞬間、綺麗な黄金色と共に彼の頭が血の色に染まっていくのが見えた。


「え?」

 黄金色と赤色のコントラストが眩しかった。私と米倉軍曹の意識は、スローモーションのように流れて、魔法を介して一瞬の混じり合いが起こった。


「すみません、土方少尉。ヘマをしました」

「え?米倉軍曹、死んでしまうんですか」

「ええ。頭を完全に撃ち抜かれました。間違いなく駄目です。もう意識もほとんど残っていません」

「どうして…。どうして私を助けたんですか」

「理由なんて要らないですよ。あなたに弾が当たるような気がしたから、無意識に体が動きました」

「でも…」

「良いんです。あなたと話したカレーライスと肉じゃがの話し。何よりの、あの世への土産話になりますね」

「そんな。あんな会話のどこに価値があるんですか!」

「言ったでしょ。こちらの世界では、あれでも贅沢なんですよ。あの会話だけでも、僕は幸せだった」

「そんな…」

「土方少尉。こちらのジパングを嫌いにならないでくださいね。そしてジパングの未来をお願いします…。でも、もっと話したかった…」


 そう言って、彼の意識は消えていった。私は次の瞬間現実に帰り、私の体と彼の体は地面に倒れた。私の戦闘服は彼の血を大量に吸い込んでいた。


「あああああ!」


 私は彼の亡骸を抱きしめた。

「土方少尉!泣くのは後で出来るから反撃しなさい!」

 桐野少尉の声が聞こえる。私は涙で前が見えなかった。その瞬間、私のそばを再び光弾が通過した。私は彼の亡骸を手放し、前の小さな岩に身を隠した。握りしめたに自然と精神が充填されていく。暗視スコープ無しに、相手の精神を探していた。そして米倉軍曹を銃撃した方向へ反撃した。ロケットランチャーほどではなかったけれども、およそ小銃とは思えない直径の光弾が、敵目掛けて放たれた。

「凄い」

 桐野少尉は改めて土方少尉の才能に目を見張った。その光弾が敵に当たったかは分からなかった。けれどもその方向からの攻撃が無くなったのは確かだった。


「土方少尉!一旦ここまで戻って!」

 桐野少尉の声が響く。桐野少尉は銃を出来る限り短い充填時間で連射してくれた。私は米倉軍曹の亡骸を飛び越えて、再び桐野少尉の元に戻った。

「土方少尉。素晴らしいわ。次からは命を惜しみながら攻撃して」

「はい!」

 米倉軍曹を死なせたのは私のミスに等しい。

「桐野少尉。ロケットランチャーはありませんか」

「今取りに行く暇は無いわ。ある装備で攻撃して」

 徐々に物量の差が物を言い始め、徐々に敵が下がっていく感覚があった。自陣からはロケットランチャーも当然放たれている。敵からはそこまで大きな直径の光弾は無い。ただ私は一人でも敵を倒したいと思っていた。出来る限りの精神を充填して、敵に放った。


「土方少尉、威力より手数を優先して!」

 桐野少尉が叫ぶ。

「すみません!」

 私は徐々に冷静さを取り戻してきた。およそ一時間弱の銃撃戦の末、敵の銃声は鳴りやんだ。百名の味方のうち、九名死亡。八人負傷。


 九名の死亡者のうち一人は当然、米倉軍曹だった。

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