第8話 群馬へ
結局静岡の暴動は静岡県警と警視庁が対応することで決着し、私たちが再び出撃することは当分無くなった。その代わり新しく発生した群馬県での暴動は、群馬県警から救援が要請され、横浜の基地からも百名以上の規模が選出された。私はこの一報が入ってすぐに川口大尉にメンバーに選んでもらえるようお願いをした。
「どうしたんだ?どういう心境の変化だ」
川口大尉は妙な表情をしながら聞いてきた。
「いえ、やっとこちらの世界で生きていく決心が出来たというか。もう私はここの軍にしか居場所は無いと観念出来ました」
川口大尉は笑みをこぼす。
「それが軍人として良い傾向かは分からんな。ともすれば死に急ぐことにもなりかねんから、十分に注意したまえ」
「ありがとうございます。では選抜頂けますか」
「断る理由はない。その方向で調整させてもらうよ」
私の心は軽くなった。人を撃つことに抵抗が無くなったわけじゃない。でも自分が生きていくのに必死になる、そのことに徐々に慣れてきたのだと思う。
◇
横浜の基地には約五百名が配備されており、いつでも出撃できるよう訓練に勤しんでいる。その中で積極的に出撃したがる人間となるべくやり過ごそうとする人間、流れに任せている人間、千差万別なのがだんだん分かってきた。自分はこの世界では新人なのだから、積極的にならないと受け入れてももらえないと思うようになった。基地にも新しい人員が補充されてきて、なかには私が召喚された存在だと知らない人も珍しくない。そのうち私もどこにでもいるジパングの人間みなされるようになったら、今のような特別扱いも無くなるだろうし、周囲の気遣いも無くなっていくのだろうと想像した。
桐野大尉みたいにフランス系日本人の方が、あからさまに外見が異なる分、むしろ周りの配慮が得やすいようにも思えてきた。徐々に覚悟が決まっていく自分を自覚するようになった。
編成はいつものとおり、川口大尉を始め、榎本少尉、桐野少尉、そして巡回でも一緒でこの前声をかけてくれた米倉軍曹も一緒になった。それが偶然なのか、上の人の配慮なのかは分からない。ただそういうことを考えないようにした。
また横浜基地の副責任者も兼任している新田公大中佐も帯同することになった。正式に川口中隊が編成された。その川口中隊も含め、横浜基地以外からも関東一円から五つの中隊、合計五百名超の大規模派遣だった。
群馬への道のりで私は米倉軍曹と良く話すようになった。
「土方少尉。そんなに少尉の居た世界は平和だったんですか」
米倉軍曹は屈託のない笑顔で問いかけてくる。
「ええ、戦争なんて無縁だった。少なくとも私の居たジパングは。世界を見渡せば戦争もあったけど」
「だから、いろんなアレルギーがあるんですね」
私はアレルギーと言われたのは腑に落ちなかったけれども、こちらの世界の人から見ればそういう表現になるのだと思う。
「アレルギーかは分からないけど、戦争にも戦場にも慣れてない。特に女が戦争に行くことは想定されてなかったと思う」
米倉軍曹は少し俯いて、それからまた私の方を見て言った。
「それはきっと幸せな世界なんだと思います。魔法が男女の差を無くして、あらゆる場所に女性が入って来てるこの世界ですけど、女の人が戦う様子なんて、なんかやっぱり見たくないですから」
彼は少し頭を掻きながら言った。
「私は、今度の戦場ではどんどん前に出て行くつもりです。私が前線にいる事に慣れてくださいね」
私は微笑みながら毅然として答えた。彼の目にほんの少しの寂しさが宿るのを私は見逃した。
「少尉は立派ですね。かないません」
彼は笑いながら言った。
「今度の群馬の戦闘から、横浜に帰ったら、僕に食事を作らせてもらえませんか?」
「え?」
私はキョトンとした。
「きっと少尉はとても疲れて帰ってきますよ。僕料理の腕なら少尉に勝てると思いますんで」
米倉軍曹は胸を張って言った。私は引っかかる。
「あら、私の料理も食べてないくせに、何を根拠にそんなこと言うのよ」
私は少しむくれて言ってみた。
「あ、すみません。冗談です。料理も少尉の方が上のような気がします」
彼は私の顔を覗き込むようにして言った。私も彼の目を見て言う。
「じゃ、横浜に帰ったら、お互い料理を作って、ごちそうしましょ」
「良いですね、それ」
そう言って二人で笑いあった。私はこちらの世界に来て初めて心から笑っていると思う。そんな時間をくれる米倉軍曹に心から感謝した。
群馬県と埼玉県の県境にある軍施設は静岡の施設と同じような、二階建ての建物だったが、敷地面積は広く五百名超を簡単に収納出来た。また地理的にも静岡のように狙われやすい地形では無いので、素人目にも安心出来た。
◇
「テロリストの群馬彰義隊の動きはどうだ」
新田中佐はレポートに目をやりながら問いかけた。川口大尉は直立不動で答える。
「はっきりは分かりません。ただ前橋市を中心として活動を行っているようです」
「静岡の時みたいな下手は打てないからな。今回は警察からの要請に基づいて行動している。逆に言えば、こちらの都合で撤退は出来んわけだ」
「承知しています」
「小林大尉はどう思うね」
小林信太大尉は新田中佐の腹心として信頼が厚い人物だ。
「はい。静岡の件もありますから、ある程度の規模をもって、前橋を包囲するのが良いのではないかと思われます」
新田中佐は足を組み直した。
「そうだな。しかし今回の任務も静岡と同様、治安維持であることにはかわりない。そこが難しいところだ」
小林大尉は頷いた。
「はい。テロリストは市民に紛れています。彼らから名乗り出てくることは無いでしょうから、その点は懸念事項としてあるかと思われます」
小林大尉は川口大尉と比べると、大きくリラックスしていた。川口大尉が口を挟む。
「群馬彰義隊のアジトは割れているのです。こちらから強襲をかけてはいけませんか」
小林大尉は川口大尉を横目で見ながら言う。
「それでは大勢の市民を巻き込む結果になりませんか」
「市民を先に避難させては」
小林大尉は鼻で笑う。
「先に市民を避難させても良いですが、それでは『群馬彰義隊』に攻撃を予告することと同じです。それで効果的な結果を導けるのですか」
川口大尉は押し黙った。新田中佐は小さく頷く。
「私も小林大尉と同じ意見だな。前橋市を包囲するように中隊に分かれて軍を進めるか」
川口大尉が言葉を出す。
「しかし、それでは万一の場合、軍の被害が大きくなります。静岡の時のように移動中に強襲された場合、手数で負ける可能性があります」
小林大尉は「グフッ」と妙な笑い方をした。
「川口大尉。あなたは軍の被害が少なければ、市民の多少の犠牲はやむをえんと言いたいわけですか」
「そういう意味ではありません!」
川口大尉は語気を強め、
「市民の安全が優先なのは当然です。かと言って、隊員達の安全を疎かにも出来ません」
と、小林大尉の方向を見て言った。小林大尉もにらみ返す。
「だから最初からそういう難しい作戦だと分かっているだろう。君はここに来るまで何も考えていなかったのか」
そう言って小林大尉は新田中佐の方を向き直り、
「早速部隊を五つの中隊に分けるよう命じて頂ければと思います」
と話しを切りあげるように促した。川口大尉もそれ以上は言わなかった。
新田中佐は川口大尉の進言のとおり、部隊を五つの中隊に分け、五つの方向から前橋市へ進軍した。
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