第7話 整理整頓
「川口大尉。状況は聞いたよ」
吉川クマラ少佐は、スリランカ系の日本人だ。
「はい。かなりの火力を有していました。あれを本気で鎮圧するなら、中隊一つでは心許ないかと思います。それに組織立っているようにも感じました。それなりの組織が出来上がっている可能性があります」
川口大尉は直立不動で話す。
「そうか。直接軍が攻撃されたんだ。こちらとしては本気で鎮圧するために、静岡に派遣したいのだよ」
川口大尉はうなずく。
「警察が反対しているのですね」
「そういうことだ。縄張り争いをやっている場合でもないだろうに」
「個別の警察官は我々の派遣を切望しているとは思いますがね。あの武器であるなら。警察だけでどうにかなるようには思いません」
「現場としてはそういう判断になるだろうね。後は上の面子の問題なんだろう」
そう言って、吉川少佐は窓から空を見上げた。一月の透き通った青空が見える。
◇
私は横浜の家に戻って、まず掃除をした。それから軍服や戦闘服の洗濯をした。軍服や戦闘服の洗濯は、気分転換以上のおまじないみたいなものだった。返り血が着いたわけじゃないけど、自分の迷いを洗い流したいような、そんな気持ちだった。
私はこの世界で生きていくしかない。軍人として以外で生きていく道はあるのかもしれないけれども、庶民の貧困を目の当たりにして、自分があの中に飛び込んでいく勇気もない。それは一番自分が自覚していた。自分の中にある卑怯を抱きしめてあげるしかない。
「土方少尉」
ふいに男性の声がした。巡回で一緒に回った米倉翔太軍曹だった。すっきりした顔立ちで敬礼をして立っていた。私も立ち上がって答礼した。
「ご苦労様です」
「洗濯中ですか」
洗濯は部屋の外で、手作業でしている。
「はい、だいぶ汚れていたので」
汚れているのはどこだろう。
「では、手短に申し上げます。静岡での少尉の活躍、大いに刺激になりました。いずれ追いつきたいと思っております」
私はポカンとした。
「活躍?私何かしましたか」
「巡回中は命を助けて頂きましたし、先の武装集団の襲撃では、ロケットランチャーを放つところを拝見しておりました」
私は彼の命を助けるなんて意識は微塵もなかった。ほとんど無意識でやっていた。
「いえ、巡回はまぐれですし、襲撃時は榎本少尉の後ろから、ほぼ適当に撃っていました」
米倉軍曹は首を横に振った。
「それは謙遜です。まぐれであの射撃精度は出せません。ロケットランチャーもそもそも私はあのような出力を出せませんから」
そういって彼は目を輝かせながら笑った。私は複雑な気分だった。
「謙遜ではないですよ。召喚された人間なので何かの素質はあるのかもしれませんけど、そもそも戦争に意識が追いついていないんですよ」
米倉軍曹は頷いた。
「榎本少尉から少しだけ聞いています。召喚される前のジパングは、とても平和で豊かな国だったそうですね。そこから来ているのですから、様々馴染めないのも仕方ないかと思います」
彼は真剣なまなざしで言った。
「差しでがましいですが、私からお礼を伝えることで、少尉の心が少しでも晴れるならと思い、勇を鼓してお伝えに上がりました」
私は彼の気持ちが温かく流れているのが分かった。少し恥ずかしくなってうつむいたかもしれない。
「ありがとうございます。そう言って頂けると、この世界で生きていく自信になります」
「自信も何も、あなたは既に我々に無くてはならない存在になりつつあります。私で良ければお話しは聞きますので、いつでも仰ってください」
そう言って、彼は敬礼をして立ち去った。彼のお礼は確かに有り難かった。私は自分が奪った命、奪った未来にばかり目を向けていたけれども、自分が活かした命、確保した未来があることも知った。
私は彼の去っていく姿をずっと眺めていた。
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