第5話 心の持ちよう
「土方少尉。気分はどうだ?」
川口大尉はいかつい外見で、あまり細かい気遣いが出来る方でもない。そういう人に気遣いをされると、有り難いというよりは申し訳ない気持ちになる。
「はい、もう大丈夫です」
私が敵を倒してから数日が経過した。その間巡回は免除された。私自身もとても集中出来る状態でもなかった。人を殺したという事柄に気持ちが追いついて行かなかった。けれどもようやく心が落ち着いてきたように思う。川口大尉は自分のあごを撫でながら、言葉を出していく。
「君も召喚された立場だから大変だろうとは思う。そこについては配慮するが、ここは前線でもあるからな。その辺配慮が行き届いていない場合もあるだろうな」
「いえ、お気遣いだけで有り難いです。本当にすみません」
「余計なことだが、君に言っておきたくてな。自分が人を殺したことにショックを受けている面があるらしいが、それは自分の手を汚したか、汚さなかったかの違いでしかないと思うぞ」
私は言っている意味が分からなかった。
「どういう意味ですか」
「仮に戦争に加担しなくても、戦場に出ることが無くても、人は誰かの食料を分捕って生きている側面がある。君が直接手を下さなくても、君は間接的に人を殺し続けていることにはなると思う」
「…」
私は頷くこともしなかった。ただ、何でそんなこと言うのだろうと思う。
「俺は詳しいデータまでは見ていないが、一説には先進国の国民のみが生きていくことが出来て、世界の約70%に当たる発展途上国の国民は生きていくことすらままならぬ状況があるという。そしてこのジパングの内部においても格差は深刻だ。君が軍でぬくぬくと食事をしているうちにも、一人また一人と死んでいくわけだな」
そう言って、彼はコーヒーを口にした。
「人は生きているだけで、動物もそうだし植物もそうだし、他の人間なんかを食らっているわけだ。自分だけ手を汚したくないというのは、それこそエゴだと俺は思うんだ」
「それと軍隊に何の関係があるんですか」
私は少し突っかかったと思う。
「軍は国民に選ばれた政府の命令により、暴動の鎮圧におもむいている。そして汚れ役を任されているんだ。君はそのことについて、むしろ誇りに思ってもらいたい。暴動と略奪を止めなければいけない。そのことについては君も異論はあるまい」
それについて私も言っている意味は分かる。少し強い者が、弱い者から食料を奪い取ることを許容することは無い。
「だから、命令において暴徒を射殺したことは立派に職責を果たしたということだ。それが人として正しいかどうかは、命令した上官が背負うべきことだ」
彼は私の心理的な負担を軽減するために言っているのだと分かった。どこかで折り合いをつけないといけないと思う。私は自分でも難しく考え過ぎだと思うし、元々そういう性格だったのもある。
「ありがとうございます。仰る意味は分かります。多分、人の死体を始めて見てショックを受けただけだと思います」
私は力なく言った。
「何か聞きたいことがあればいつでも来てくれ。君のいた世界とも違うのだろうしな。しかし同じ人間である以上、本質までは変わらんとは思うよ」
私は敬礼をして、大尉の部屋を後にした。
◇
「桐野さん。土方さんは大丈夫ですかね」
榎本大尉はサンドイッチを頬張りながら言う。
「どうかなぁ。あの子は少し正義の心が強過ぎるのかもね」
「正義の心?」
榎本大尉もサンドイッチをかじる。
「前の世界との比較もあるみたいだけど、国民の貧困に随分関心が向いていたようだから。心情的には暴動に同情する性格なのかもね」
「優しい女の子なんですね」
榎本少尉は卵のサンドイッチはこの世で一番好きな食べ物の一つだ。
「僕はあまり深く考えたことなかったですけど、軍にも暴動に同調する勢力がいるようですし。自分が優遇される側に回るのがそんなにやましいのでしょうかね」
桐野少尉は榎本少尉の方を向く。
「あなたは今の王国の状況をそのままにしておいていいと思うの?」
「そこまでは思ってませんよ。貧困が政府の堕落によるものなら、そこは改善したいですよ。でも、一人で出来ることなんてたかが知れているわけじゃないですか。そんなことにいちいち心を痛めていたら、自分が持たなくなりますよ」
桐野少尉はため息をついた。
「言ってることは正しいけどね。若さが感じられないところが寂しいわね」
「家族もあっての仕事として、軍に居ますから」
「彼女の場合は、元居た世界との比較があるから、尚更難しいのよ。だからあなたには支えてあげて欲しいわ」
榎本少尉はうなずく。
「そこは分かってます。見捨てようなんて思いませんよ。でも僕は彼女の父親にはなれません。敵を倒すのが正しいかどうかなんて、それを考えだしたら、自分の死期を早めるでしょう」
桐野大尉はまたため息をついた。
「この世界の子供は、若さが無いわ」
彼女はサンドイッチを食べ終わった。榎本少尉が付け加える。
「桐野少尉。念のため言いますけど、僕は彼女のことを心から心配していますよ」
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