第4話 銃撃
「土方少尉。そんなに落ち込まなくて良いわよ」
桐野少尉が慰めてくれる。私は部屋で、膝を抱えて丸くなっていた。
「落ち込んでいるわけじゃないんです」
私は落ち込んではいる。けれども戦闘に参加出来ずに落ち込んでいるのとは違っていた。
「私、この世界で一か月以上過ごして、だいぶ元の世界への未練とか断ち切れてきてたんです。それでだいぶこちらの世界へ馴染んできたかなって思ってたんですけど。あんなふうに腰が抜けて動けなくなるようなら、わたしこっちの世界でも生きていけないんじゃないかと思って」
そう言って私は両手で顔を隠した。
「それは一回目の戦闘だから仕方ないわ。私も一回目の実戦はまともに戦えなかったわよ。だから気にしないで」
桐野少尉は私の髪をそっと撫でてくれた。
「それにトラックで銃撃されると足場から不安定だからね。一回目の実戦であれだと、立てないのも仕方ないわ。徐々に慣れていくものよ」
私は覆った両手の隙間から桐野少尉を見た。
「そうなんですか」
不思議と涙は出て来なかった。ああ、自分はやっぱりこんな程度かなという感情に包まれていた。桐野少尉は私が寝付くまで傍に居てくれた。
◇
翌日、市内の巡回のため十人一組の班に分かれて外に出た。相変わらず榎本少尉と桐野少尉は一緒に居てくれたけど、むしろ二人に迷惑をかけているようで申し訳なかった。歩く足取りも重くて、休憩だけが待ち遠しかった。
だいぶ歩いてのども乾いたころ、私はどこかで魔法力が充填されているのを感じた。相手の魔法力を察知する訓練は何度もこなしている。この世界では銃も弾丸も存在するが、銃にも弾丸にも訓練された者が魔法を込めて発射する。それを
「あの、どこかで魔法力が充填されてませんか」
私は榎本少尉に言った。
「え?魔法力は特段感じませんけど」
榎本少尉は事も無げに言った。
「そうですか」
自信を無くしていた私は、自分の勘違いだろうと思った。班長をしている川口大尉も、
「ん?何か気になるものでもあったか?」
と言った。私は穴があったら入りたいと思った。
次の瞬間「パンッ」という音と共に綺麗な黄金色の光弾が班の真ん中を通り過ぎていった。
「伏せろっ!反撃しろっ!」
川口大尉が叫ぶ。光弾は綺麗な軌跡を描くので、どちらから撃たれたのかが分かりやすい。
「あの路地裏から来たぞっ!」
私は更なる魔法力の充填を感じていた。その時にとっさに訓練で何度も繰り返した、自分の銃への充填を、無意識のうちにしていた。
「土方少尉!伏せるんだ!」
私は役立たずになりたくない一心だった。戻る世界が無いなら、この世界で頑張るしか自分の居場所は無い。だからこういう時に頑張らないと、もうどこでも生きていけない。そう思った。私は相手の魔法の充填を感じながら、あと十秒ほどで相手の充填が終わるのが分かった。多分相手は拳銃。私は五秒ほど魔法の充填をして、路地裏に向けて自分の歩兵用の魔気銃を対象へと向けた。そして訓練のとおり冷静に引き金を引いた。
大きな音と共に私の銃口から綺麗な黄金色の弾道が尾を引いて行った。路地裏の建物を掠めて飛んで行った弾丸は何かに当たったようだった。そして微かに人が崩れるような音が聞こえた。
「やった。」
私は頭が真っ白になった。
「おい、やったのか?」
川口大尉が目を丸くしてこちらを見てくる。
「この正確さ、凄い」
榎本少尉も呟くように言った。私は周りから次々に発される賞賛の声がどこか遠くに聞こえていた。けれども必死にすがった成果だと思った。全員で銃撃してきた人間の確認に行った。
「周囲に気を付けろ!」
川口大尉の声が響く。周囲に見物人は居ない。私は自分が狙撃した人間を見た。初めて見た人間の死体だった。そう、私はこの時初めて気が付いた。訓練と違って、実戦では狙撃が成功すると人が死んでいる。私は強烈な吐き気とめまいでまた地べたにへたり込んだ。緊張の糸がまた切れたのかもしれない。
「土方少尉、大丈夫?」
桐野少尉が声をかけてくれる。
「おい、桐野。こいつを連れて軍施設へ戻ってろ」
また役立たずになったと思った。
「はい、承知しました」
桐野少尉は冷静な声で答えた。それから桐野少尉はいろいろと気遣いの言葉を発してくれていたが、初めて人を殺した事実に圧倒されて良く聞き取れなかった。
◇
「落ち着いた?」
私は桐野少尉が作ってくれたお粥を食べていた。風邪でもないのに寝込んでしまった。
「仕方ないわ。いきなり異世界にやってきて、さあ血の匂いを嗅げと言われて、どれだけの人間が出来るでしょうね。私があなたの世界にいきなりやってきて、軍に入れられても同じように出来る気がしないわ」
そう言って、桐野少尉は私の背中をさすってくれた。私はポツポツと言葉を出していた。
「私…、実戦で標的に弾を命中させたら、誰かが死ぬって知らなかったです…」
桐野少尉はキョトンとした顔をしていた。
「よほどに、あなたの居た世界は平和なのね。羨ましいわ」
そう言って桐野少尉はまた背中をさすってくれる。
「私・・・、何でそんなことも忘れてるんでしょうね…」
「あなたの気持ちははっきりとは分からないかもしれないけど、でも一つ言えることは、あなたが撃たなければ、班の誰かが死んでいたかもしれないということ。もしかしたらあなただったかもしれない。だから班の皆はあなたに感謝しているわよ」
私は俯いたまま言葉を出さなかった。
「人を殺すと言うことは重いことかもしれない。けれどもあなたは法に従って軍に入っている。そして上官の命令に従った。それ以上のことは、あなたが個人的に背負うようなことではないわよ」
私は全身の力が抜けるような脱力を感じていた。そして知らないうちに涙があふれてきた。私が撃ったあの人にも生活があって、家族が居たと思う。私はそれを断ち切った。
私は桐野少尉の胸で泣いていた。
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