第3話 出撃
私は訓練において成績優秀であったため、静岡地方の治安維持のため実戦配備された。横浜の訓練生及び配備されている兵からの選抜であったため、榎本少尉と桐野少尉も同時に選抜されたのが心強かった。ただ横浜から静岡へ行く道のりは心が詰まるような思いだった。都会の軍施設でほとんどの時間を過ごしていたため、こちらの世界の庶民の実生活を知らなかった。一言で言えば皆、貧困で苦しんでいた。私は静岡へ向かう車中で尋ねた。
「榎本少尉。どうしてここまで皆さん貧困で苦しんでいるように見えるのですか」
私は具体的な生活を見ていないが、皆服装がぼろきれのようになっているのが見えた。榎本少尉は至極冷静に言う。
「こちらの世界ではイギリスで魔法革命がおきました。それによって科学技術から魔法技術中心の文化へと変貌したのです。ただ諸外国の政府はその魔法を、人々の生活向上には使わず、ひたすら武力に追求しました。結果人々の生活は困窮を極める時代が出来上がりました」
「それはどうにか出来ないの」
私は元居た世界で、人の生活に興味など持ったことが無かった。ただあからさまな貧困を目の当たりにすると、一言、言わずにはいられなかった。
「どうにかするというか、だからこそ我々が治安維持に向かっているのです。人々は困窮から反政府運動をしています。それはいつしか王政打倒運動へと変貌を遂げる場所も出てきました。我々の任務はその鎮圧なのです」
私は言葉を失う。軍というものを正確に理解できていたわけじゃない。ただどこかで正義のために戦える自分に、高揚したような気分があったことを否めない。それが武力による鎮圧部隊と言われると、一気に気が滅入るような気持ちが出て来た。今までの高揚した気持ちはなんだったんだろうと思う。
隣で聞いていた桐野少尉が割って入る。
「土方少尉。気を落とさないで。別に誰だってこの現実が良いとは思っていないわ。それは国王陛下であってもそうよ。ただ我々の世界は科学の進歩を疎かにしてしまった。そして人々の生活を後回しにした。そのツケを払わせられているの」
私は陰鬱とした気持ちになる。桐野少尉は続ける。
「誤解しないで欲しいけど、軍にも現状に不満を持っている人間は大勢いるわ。どうしてか分かる?」
「分かりません」
「軍にいる兵の実家も、当然貧困に苦しんでいるところが多いのよ。だから資金と魔法を軍に集中する今の王国の政策に皆不満を持つの。だから今回起きている静岡の暴動に対してもみんな同情的よ」
「でも鎮圧は止められないわけですよね」
榎本少尉が割って入り、言葉を紡ぐ。
「暴動について気持ちは分かるのですが、だからと言って他の家の物を盗っていいことにはなりませんからね。国の不作為の責任ですが、それもまずは暴動と略奪を鎮圧してからのことになります」
「榎本少尉の言い方って冷たいですね」
榎本少尉は俯いて言葉を出さなかった。私は言い過ぎたかなと思った。暴動について彼に責任があるわけじゃない。
◇
山間の道をひた走る車列に向けて突然銃声が鳴り響いた。綺麗な黄金色の軌跡をまとって、中空を弾丸が通り抜けていった。
「敵襲だ!」
隊長の川口芳樹大尉が叫んだ。車列は速度を上げて走りぬけようとしたが、こちらのトラックへ向けて数発の軌跡が撃ち込まれていく。一台のトラックには総勢十名程が乗っている。全体で約百名の部隊だ。
「土方少尉、応戦しますよ!」
榎本少尉が叫んだ。私は訓練のとおりに魔気銃を構えて窓から応戦しようとしたけれども、足に力が入らなくなっていた。自分でも何をしているのか分からなかったけれども、しばらくして、いわゆる腰が抜けたという状態になっている自分に気が付いた。それに気が付いた自分は、直後に凄まじい震えが襲ってきた。命の危険を感じて、素直に怖いという言葉が頭を駆け巡った。訓練のように相手はじっとしていない。訓練では相手が弾を撃ってきたことはなかった。動く敵が銃を撃ってくる、そのことは訓練では口頭で言われただけで、具体的にイメージ出来ていなかった。
こちらの車列から複数の反撃が、こちらも魔法の力を帯びて開始された。そのどれもがうっとりするほど綺麗な軌跡を描いていた。映画でも見ているようだと思った。桐野少尉が近づいてきた。
「大丈夫?立てなければ伏せていなさい」
「だ、大丈夫です…」
涙が出ているのか、鼻水が出ているのか分からなかった。
「敵も相当の火力を持っているぞ!ただの暴動じゃない!」
川口大尉がまた叫ぶ。そう、ただの暴徒であれば、魔法力を有した武器は持たないはず。魔法取締法によって武力になる魔法の一般使用は禁止されている。その辺の事情は、はっきりは分からないけど、数十の光弾がこちらへ襲い掛かってくるのが見えた。私はトラックの中で、必死に這いつくばるしか出来なかった。榎本少尉と桐野少尉は勇敢にも反撃している。
「これでも食らえ!」
川口大尉がロケット砲を取り出して構えた。次の瞬間、直径三十センチメートルはある光弾が発射され、山の中腹に着弾した。轟音と火花がまき散らされる。敵にどれくらいの損害が出たのか分からないけれども、それ以降敵からの銃声と光弾は明らかに少なくなった。
そのまま車列は静岡市近郊の軍施設へ到着した。
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