第2話 教練

「疲れましたか?」


 榎本少尉が尋ねてきた。


「ええ、少しだけ」


 私は異世界でもう一か月は暮らしている。元の世界に戻る方法を自分なりに探してみたけれども、こちらの世界の人が元に戻す術を持たないというのは本当らしい。

 私は私で生きていかないといけないので、ともかく榎本少尉の言われるままに、生活のサイクルを組み立てるしかなかった。

「土方少尉の教練の成果は抜群です。上からも注目されていますよ」

「それは榎本少尉の教え方が上手だからですよ」

 私は、はにかんで答えた。私はこの世界のジパングで軍に所属することになった。

 そして階級も少尉を与えられた。召喚をした主体が軍であり、軍からの配慮で階級が高い方が何かと都合が良いだろうという配慮からだった。

「土方少尉の『魔気銃まきじゅう』の命中精度、威力共に、圧倒的ですね。『魔気剣まきけん』についても出力は歴戦の勇者をしのぐ勢いです。いかに『被召喚者ひしょうかんしゃ』とはいえ、こういう成績を出されては、私も含め男の立場はないですね」

 そう言って、榎本少尉は笑った。


 、共に見た目はただの武器でしかない。ただ使用者の精神を威力に変換される、魔法の仕組みを有している。精神力が高いほど、威力も高まるというわけだ。そういう魔法の回路を有している武器を、通常の武器と区別して、と言う。


 私はこちらの世界にきてずっと疑問に思っていたことを彼に聞いてみた。

「榎本少尉。一つ聞いて良いですか」

「どうぞ」

「何故軍にはこれほどまでに女性が多いのですか。魔法の文明が男女の体格差を無意味にして、軍における女性の地位を大幅に向上させたのは分かっていますけど、それだけで軍にこれほど女性が入ってくるものなのですか」


 私は軍の訓練に参加しているが、過半数は女性だった。榎本少尉は小さく頷いて答える。

「こちらの世界では、詳しい話しは省きますが、男に遺伝子異常が発覚しまして、男性は女性の八割しかいないのです。なので一部で男子に保護政策が取られています。女性が軍にいる事については、そのことが最大の要因でしょうね。それに仰るとおり魔法が男女の体格差をほぼ無意味にしてしまいました。軍事の作戦においては精神力の有無が大きな比重を占めています。そうすると軍としても無理に男子を徴兵する必然が無くなったのです」

 私はまだ納得がいかなかった。

「それでも女性が進んで軍に入りますか。女性が半数を超えるというのが、にわかに信じがたいのですけど」

「そうですね。我々と同じ19歳の兵も多いです。その質問に簡単に答えるならば、軍がもっとも安定して稼げる仕事だからでしょうね」

 私は虚を突かれたような気分になった。

「安定した職業だから軍に入るんですか」

「軍の給料は公務員の中でも最も高いです。それに戦死した場合、遺族に恩給が出ます。経済的に困窮した家庭の女性ほど、軍へ入ることを望みますね。それがこちらの世界の現実です」

 私は複雑な気持ちになった。戦死したら、お金が家族に入るから軍の待遇は良いって、そんな切ない就職があるのだろうかと思った。そしてもう一か月も会っていない、自分の家族が思い出された。

「私は元居た世界でもう死んだことになってるんでしょうか」

「それは我々もはっきり把握できていません。ただあなたの魂は現在ここにあるわけですから、死んだと認識されているか、良くても意識不明で入院しているかという具合だと思います」

 あんなに嫌っていた家族が今会いたくて仕方がない。なんて身勝手なんだろうと思う。家族を心底嫌ってきた罰でこっちの世界に来たのかな、そう考えた。こんなことになるのなら、親孝行ももう少し考えてみれば良かった。


 榎本少尉が顔を覗き込むように聞く。

「ご家族の事ですか」

「そうですね」

「我々もそこは申し訳ないと思います。ただ何度も言いますが、あなたは『被召喚者』の資格をお持ちだからこそこの世界に呼ばれることとなりました。なのでこの世界にこそあなたの使命は存在するはずです。あなたがあなたの場所を見つけるため、私もお手伝いをします」

 そう言って榎本少尉優しく微笑んだ。訓練ばかりの日々に、彼の微笑みが心地よかった。だんだんとこちらの世界の生活に慣れてきている自分がいる。魔法が発達しているせいで、逆に科学技術は元居た世界より百年近く遅れているような感じがする。ただ周りの人の助けで日々の生活も回るようになった。

「榎本少尉。私がこの世界に召喚された理由ってなんですか」

 榎本少尉は少し考えてから言葉を出す。

「それは具体的には我々もはっきり答えられません。ただ我々の魔法文明も我が国ジパングも、魔法に頼りきりの体制に閉塞感を抱えています。だからどこかの時点で、時代があなたのような人を必要とするのだと思います。ただそれが何なのかは、私も含めてこれから見つけていかないといけません」


 ふいに後ろから女性軍人が声をかけてきた。

「土方少尉」

 後ろに立っていたのは、金髪で青い目をした、桐野アデール少尉だった。

「相変わらず抜群の成績みたいね」

 そう言って彼女は敬礼をした。私もすぐに立ち上がって彼女に敬礼した。

「はい。皆さんの足を引っ張らないようになんとかやってます」

 桐野少尉は噴き出した。

「足を引っ張るって。あれだけの成績を残しておいて、足手まといにならないように気を付けるのはこちらの方ですよ」

「そう思われてるんですか」

 自分の成績が良いことは承知していたけれども、実際役に立つのか不安で仕方ない。桐野少尉は実際の身の回りの世話をしてもらっている。男性では気が付かない、女性の生活ならではの苦労は、桐野少尉のおかげで解決できていた。彼女は言う。

「榎本少尉。土方少尉の実戦配備は近いのでしょうか」

 榎本少尉は首を振る。

「さあ、分かりません。土方少尉は戦力として貴重ですが、だからこそ上も簡単には死なせたくないと思うでしょうし。私には上の判断は読めません」

 私は桐野少尉に聞いた。

「実戦配備って。この世界で一体何があってるんですか」

 桐野少尉は言う。

「何というほどのことは無いですよ。単にテロリストからの警備であるとか、そういった簡単なものです」

 警備が簡単と言われても頭の中で理解できない。私は言葉が出せないでいた。榎本少尉が口を挟む。

「桐野少尉。土方少尉を怖がらせるような言い方はやめて下さい」

「別にそんなつもりじゃないのだけど。これだけ訓練の成果が出ていれば、実戦に出したくなるのも当然じゃない」

「それは我々が気にすることではありません」


 榎本少尉は言葉を遮るように言った。彼は私の精神状態も心配してくれる。

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