第1話 出会い

 土方美月は目を覚ました。薄っすらと開けた目に簡素な医療器具の数々が飛び込んでくる。


「ここは?」


 美月は段々とはっきりしてくる意識の中で、軍服らしき男の姿を捉えた。とっさに上体だけ起き上がって、その男を凝視した。


「目を覚まされましたか」


 軍服の男はにこやかな表情で声をかけてくる。

「自分は横浜歩兵連隊所属の榎本一郎少尉です」

 そう言って彼は敬礼をした。年齢は自分と同じくらいに見える。

 至って普通のルックスをした男だったが、軍服を着ている分、威圧感がある。状況は良く分からなかったけれども、どこかで聞いたことがあるような声だと思った。彼の声の感じから、自分に敵意は無いらしいというのが、おおよそ想像できた。けれどもここはどこだろう。

 段々とはっきりしてくる意識の中で、自分がベッドに座っていることが分かった。そして周囲に彼の他に三名の軍人が居ることも分かった。

「榎本少尉…ですか?」

「はい、榎本です。先ほど召喚の最中にあなたに声をかけた者です」

 召喚の最中?何を言っているか分からなかった。

「召喚ってどういうことですか」

 召喚という単語は知っている。けれども、自分に向けて言われると何のことかさっぱりだった。榎本少尉が答える。

「我々がこちらの世界にあなたを召喚したのです。あなたは元居た世界から、別の世界へ転移されました」

 頭がついていかなかった。

「別の世界?私の知ってる世界とは違うのですか?」

「はい。別の世界です。パラレルワールドという言い方が一番近いかもしれません。ここはもう一つのジパングです」

 もう一つのジパング?日本ではないのだろうか。周囲を見渡しても、部屋の中にあるすべての物は、見覚えが無いし、何か自分の知っている世界とは違うという感触がある。私は慌てて言葉を発した。

「ちょっと待ってください。元居た世界に戻してもらえませんか。」


 私はさっきまで何をしていたのか。おぼろげに思い出されてきた。私は予備校へ向かうために、雷雨の中自転車に乗っていたんだ。そこで急に頭の奥の方から声が聞こえてきて、そこから記憶がない。

 榎本少尉は事も無げに言う。

「それは出来ません。正確には我々にはその技術がありません」

 彼は腰から刀を下げているのが分かる。私は唖然とした。

「出来ませんって。これは何かの悪ふざけですか。何を言ってるんですか」

 私は家に帰れないかもしれない不安で、泣き出しそうになった。

「あなたが私の声に応えてくれたのです。我々が呼びかけたことではありますが、それに応えたあなたにも責任の一端はあるかと思います」

 榎本少尉は冷徹な言葉を発した。私は冷静になるよう努めて、言葉を探した。

「一から説明してもらえませんか。ここがどこで、どうやったら帰れるのか」

 彼はニコリともせずに言葉を繋げていく。

「まず先ほども申し上げたとおり、ここはあなたが居た世界と別の歴史を歩んだパラレルワールドです」

「は?」

 私は変な声を出したと思う。

「あなたの居た世界と違い、こちらの世界の最大の特徴は魔法にあります」

「魔法?」

「はい。です。お見せします」


 そう言って彼は帯刀していた剣を抜いた。そして神経を集中させるような仕草をした。私は自分の身に危険が降りかかるのではないかと心から怯えていたと思う。彼が持った剣は、みるみる光を帯びていった。それは一目で科学の力ではなしえない、非科学的な何かだと直感的に理解出来た。彼は光り輝く剣を私の目の前で振りかぶってみせた。

「このとおりです。召喚されたあなたであればそのうち、これが魔法であることを理解していただけるはずです」

 私はあっけにとられた。そして自分が確かに全く見ず知らずの世界に足を踏み入れていることが分かった。私はすぐに叫んだと思う。

「困ります。元の世界に返してください」

 元に戻れないと言われると、今まで邪険に思っていた両親や弟や友達が急に思い出されてきた。確かにずっと心の中で、家族を敬遠する心があったのは確かだった。こんなつまらない日常が続くなら、誰かが異世界へ連れて行ってくれないかと思っていたのも確かだ。けれどもいきなり異世界へ連れて来られては、恐怖しか感じようが無かった。

「先ほど申し上げましたが、それは無理です。それに、あなた自身がこちらに来ることを了承されたのですよ」

 彼は剣を鞘に納めて、語りかける。優しい目をしてはいるが、言葉は冷たかった。

「了承って…。確かに異世界に行ってみたいとは思ってましたけど、本当に来るとは思ってなかったんです…」

 榎本少尉は優しく微笑んだ。

「大丈夫です。召喚されたあなたならすぐに慣れます。こちらの世界へ来た意味も分かるでしょう。あなたは呼びかけに魂で応えてくれた方です。説明を聞いて頂けますか」

 私は恐る恐る聞いた。

「もし、聞くことを断ったらどうなるんですか」

 彼は表情を消して答えた。

「それは我々にとっても困ります。あなたが元の世界に戻れないという事態は変わりませんし、こちらの世界でも路頭に迷うことになります。そうなれば召喚した我々も責任を問われて、ただでは済まなくなるでしょう」

 そういって彼は再び剣を鞘から引き抜いてから言った。

「不本意ではありますが、あなたがどうしても説明を聞くことを拒むというのであれば、あなたのためにもこの場でお命を頂きます。あなたもお一人ではこちらの世界で生きていけませんから」

 私は言葉を失った。

「あなたは説明を聞くほかないのです」

 そして彼の剣は再び光を帯び始めた。私は恐怖に慄くと同時に、光り輝く剣が美しいと思った。

「とにかく説明を聞けば、死なずに済むんですね?」

「はい、今はそれだけで結構です」

 元の世界に戻りたい。けれども今は説明を聞くことが、自分の身を守ることらしい。それを理解した私は、ともかく聞くだけは聞いてみることにした。

「分かりました。説明お願いします」

「ありがとうございます。度々の無礼、お許しください」


 そう言って彼はまた剣を鞘に納めた。

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