月の転生 ~私がジパングで見た「示現剣」の涙~

ひとみ せいじ

第一章

第0話 プロローグ

 ・一つ目の記憶


 川口中隊及び小林中隊の二つを含め、軍は五つの進路に別れた。川口中隊は最も西側の進路を取った。

 私は群馬の暮らしぶりも静岡と同じく貧困を極めていると思った。とてもこの中で生きていける自信はない。改めて軍が恵まれているのを実感する。


「こちらの世界では、もうという感性が出来上がってますね」

 米倉軍曹は自嘲気味に言う。

「男性がただでさえ少なく男女不均衡です。その上公務員以外はその日の暮らしさえ精一杯です。結婚を諦める方が、気持ちも楽に暮らせます。男も女も。こんな世界じゃダメですよね」

 そう言って、彼は月を見上げた。私はいまいち実感として分からなかった。ただ彼が暗く沈んだ様子であることだけは分かった。

「良く分かっていないですけど、要は国が全てを吸収しているということですか」

 彼はこちらを向いてにこりと笑った。

「僕も経済とか詳しいことは分かってないです。でもこちらの世界しかしらなくても、なんて、それがおかしいことぐらいは分かります」


 確かに私も元居た世界で、いつか何となく結婚するのかなとか考えていた。それが贅沢という言葉が全く意識に入ってこなかった。

「あの、私なら自分も頑張って、旦那さんと共働きしますけど」

 米倉軍曹は少し真顔になった。

「偉いですね、土方少尉は。ただ、それが出来るのも、どちらかが公務員でないと、経済的に難しいという世の中なんです。だから暴動が治まらない。イタチごっこになっちゃうんですよ」


 私は、彼が十代で真剣に世の中のことを考えていることに衝撃を受けた。それは彼だからだろうか。違うと思う。時代が、こちらの世界がそうさせているような気がした。

「土方少尉」

 米倉軍曹が急にこちらを向いた。

「横浜帰ったら何食べたいですか?」

「えっ?」

 私は急な話しの展開に目をパチクリさせた。

「えーと、何でも」

「何が好きですか。」

「あのー、お肉とか…」

「良いですね」

 そう言って彼はニコッと笑った。なんだか恥ずかしかった。

「じゃ、ありがちですけど、カレーライスでも良いですか。僕も好きで良く作ってるんです」

 私は勢いよく頷いた。

「うん、うん」

「じゃ、決まり。横浜でカレーライス」

 そう言って彼は鼻歌を歌いだした。

「あ、土方少尉は何を作ってくれます?」

「えーと…」

 彼はクスクス笑う。

「リクエストして良いですか」

「はい」

「肉じゃが」

 私は噴き出した。

「ベタですね」

 そう言って私はこみ上げる笑いを隠せなかった。

「ベタですよ」

 彼は悪戯っぽく笑った。

「そのベタですら、贅沢になる時代だから」


 私は彼の抱えている寂しさをもっと理解してあげるべきだった。彼の言っている贅沢は肉じゃがの事じゃない。


 ◇


・二つ目の記憶


「桐野さん、愛してます」


 私はゆっくりと引き金を引いた。桐野中尉は膝から崩れ落ちた。桐野中尉の声が聞こえた。


「ありがとう」

「どうしてこんなことをしてしまったんですか」

「吉川少佐に呼ばれたでしょ。あの時新田大佐が静岡や群馬に軍の情報を流していたという、かなり確度の高い情報を聞かされたの。そこから逆に考えれば川口大尉も山田大尉も、新田大佐が殺したようなものだと信じた」

「それで暗殺なんですか」

「この時代に他に方法がある?お金と地位があればいくらでも偉い人は逃げられるわ。それを仕方ないとは言いたくなかった。それに…」

「それに?」

「異世界から来たあなたにこの世界の悪い部分を言われるのは、辛かったわ。あなたが抱いていた異世界への憧れを絶望に変えるような人間が許せなかった」

「そんなこと、気にしなくてよかったのに。私は桐野さんと一緒に仕事が出来るだけで幸せだったのに」

「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しい。でも私も信頼している人を続けざまに失うと心が平静でいられなかったわ。部下を巻き込むことは相当苦しかったけど、だからこそできることもあるでしょう。私はそちらにかけた」

「行動を共にした人たちは?」

「彼らは入隊前から知っている人たち。私が甘えられる人たちだった。あなたに甘えなかったのは悪かったと思ってる。でも最後は、私は自分の直感に従った」

「そうなんですね」

「寂しいと思わないで。私たちは少しタイミングが合わなかった。それだけよ」

「…」

「月並みなことを言うつもりはない。私はあなたにジパングの未来をお願いしたりしない。あなたはあなたの幸せを見つけて。信じられる誰かがいるっていうのは、とても有り難いことだったわよ。私は自分の人生に少しも後悔していない」


 そう言って、声は彼方へ消えていった。

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